家を追い出されてしまったけれど悪女は拾われ、愛と野望で成り上がる。捨てるなんて見る目がない!今更媚びへつらわれてもあなた達は許しませんけど?言われないと気付かなかった父だってもうどうでもいい
夕焼け空が茜色に染まる頃、華やかな宮殿の一角で一人の少女が悄然と佇んでいた。名は麗華。皇帝の寵愛を一身に受けた妃の娘として、何不自由なく育ったはずだった。
現実も事実も違う。冷たい石畳を踏みしめる足取りは重く、瞳には深い絶望の色が宿っている。
「王家のものなのに、嘆かわしい」
数刻前、父である皇帝から冷酷な言葉を浴びせられた。
麗華には、特別な力など何もない。武術の才も政治の手腕も、人を魅了する美貌すら持ち合わせていないと。代わりに与えられたのは都から遠く離れた寂れた寺への追放という宣告。
(ふざけるな……何を知っているって言うの!)
心の中で悪態をつきながらも、麗華はただ唇を噛み締めるしかなかった。前世の記憶が蘇ったのは十歳の頃、自分が平凡な女だったこと、トラックに轢かれてあっけなく命を落としたこと。
煌びやかだが冷酷な中華風異世界に皇帝の娘として転生したことを思い出したのだ。前世の知識など世界ではほとんど役に立たなかった。
琴や書道、華道といった教養は身につけたものの肝心の力がなく、能を持つ者が重んじられるこの世界で力を持たない麗華は、次第に家族の中で浮いた存在になっている。
特に、才色兼備の異母妹・明珠は常に麗華を見下し、陰湿ないじめを繰り返した。
(あの性悪女!いつか必ず見返してやる)
寺へと向かう粗末な馬車の中で麗華は静かに誓う、このまま終わるつもりはない。どん底から這い上がり自分を貶めた者たちに、後悔の念を植え付けてやると。
数日後、薄汚れた衣を纏い、埃まみれの顔をした麗華は山奥の古寺に辿り着いた。彼女を待ち受けていたのは質素な寝床と粗末な食事、孤独。
「こんなところで腐ってなんて、いられない」
寺の境内で見つけた古びた剣を手に取り、見よう見まねで素振りを始めた。前世で運動部だった頃の記憶を頼りに毎日ひたすら剣を振るう。
最初はまともに剣を握ることもできなかったが、諦めずに続けるうちに少しずつ体力がつき、剣の扱いも上達していった。
ある日、寺の裏山で稽古に励んでいると物陰から鋭い視線を感じ、警戒しながら振り返ると見慣れない男。漆黒の髪に鋭い眼光、鍛え上げられた肉体には只者ではない雰囲気が漂っている。
「何者?」
警戒心を露わにする麗華に男は低い声で答えた。
「通りすがりの者だ。剣術はなかなか面白い」
男はそれだけ言うと興味深そうに麗華の稽古を見守り始めた。最初は警戒していた麗華も、男の物腰に危険なところがないと感じると次第に打ち解けていく。
男の名は、黎深。諸国を旅する武人だという黎深は麗華の剣術の才能を見抜き、基礎から丁寧に指導してくれた。
彼の指導は厳しかったが的確で分かりやすく、麗華の剣技は目に見えて上達している。
共に過ごすうちに麗華は黎深の優しさや強さに惹かれていった。不愛想ながらも時折、見せる彼の優しい眼差しに凍てついていた心が温まっていくのを感じる。
一方、都では明珠が皇帝の寵愛を独占し、益々その地位を盤石なものにしていた。麗華が追放されたことなど彼女にとってはどうでもいいこと。
数年の月日が流れ、麗華はすっかり逞しく成長し、剣術の腕前は目覚ましく。並の男では相手にならないほどになっていた。黎深と仲も深まり二人の間には愛が育まれている。
「麗華、お前はもう一人で羽ばたける。都へ戻り、お前を貶めた者たちに己の力を見せてやれ」
真剣な眼差しで麗華に告げられる。彼の言葉に背中を押され、再び都へと向かう決意を固めた。都に戻った麗華は変貌ぶりで周囲を驚かせ、弱々しい皇女の面影はなく凛とした美しさと内に秘めた強い意志が感じられると驚かせる。自分を追い出した皇帝に謁見を求め、堂々と宣言。
「ふふ。戻って参りました。過去の私とは違うことをお見せしましょう」
皇帝は麗華の堂々とした態度に戸惑いを隠せない中で現れたのは、麗華の異母妹。明珠。
「姉上、よくもまあ、恥知らずにも顔を出せたものですね」
明珠は相変わらず高飛車な態度で麗華を嘲笑うものの、麗華は微塵も動じない。
「明珠、陥れたことを後悔するから」
教わった剣術を披露した。動きは流麗で力強く。見る者を圧倒し役立たずと呼ばれた皇女の変わりように皇帝をはじめ、居並ぶ臣下たちは息を呑む。
麗華はこの数年間、寺で過ごしながら密かに情報を集めていた事実を突きつけた。明珠が陰で不正な取引に関与し私腹を肥やしていた証拠を皇帝に提出。
「これは!」
証拠を見た皇帝は激怒し、明珠を厳しく問い詰めた。明珠は必死に言い逃れようとしたが、麗華の用意周到な証拠の前に全ては無駄。明珠は地位を剥奪され、冷遇されることが決定。
麗華を嘲笑っていた者たちは手のひらを返したように麗華に媚び諂うようになった。麗華の心は既に過去にはない。
彼女の隣には常に温かい眼差しで見守る黎深がいた。馬鹿にしていた人たちもいつでも、後ろ暗い証拠はまだたんまり、残っているし。
「麗華、よくやったな」
黎深の優しい言葉に麗華は安堵の息を吐いた。復讐だけが目的ではなく、理不尽な扱いを受けながらも、諦めずに努力し。自分自身を高めることで新たな道を開きたかったのだ。
皇帝は麗華の成長と功績を認め、改めて彼女を重要な地位に据えようとしたが麗華はそれを固辞。
「私は、黎深と共に生きていきたいのです」
麗華の言葉に黎深は深く頷いた。二人は、皇帝に別れを告げ、再び二人だけの旅に出ることを決めた。正直、己を見捨てたのは皇帝も同じなのだから近くになど居たくはない。
夕焼け空の下、手を取り合って歩む麗華と黎深。孤独と絶望は今は温かい愛と未来への希望に変わっていたし、理不尽な過去を乗り越えられ。自らの手で幸せを掴んだ瞳は力強く輝いていた。
悪態はもう悲しみや怒りの色もなく、満ちたものへと変わっている。
「まったく、世話の焼ける男」
言いながらも口元には微かな笑みが浮かんでいる。黎深もまた、優しく微笑み返す。
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