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凶兆の鳥の告白

作者: 雲生

 1、ただ烏だけが、あの遺骨をくわえて


 子供たちはよく、自分の想像を誇張して話すものだ。でも、それは嘘をついているわけではない。ただ、自分の想像を現実だと思い込んでいるのだ。かつての私のように、悪夢を本物だと信じ込んでいたあの頃のように。


 あの夢の中で、私は人を殺した。家の裏山にあるあの森の中で。でも、これまでその話をすると、私はいつもでたらめを言う芝居がかりだと思われてきた。みんな、私がこの荒唐無稽な話で注目を集め、彼らを怖がらせようとしていると思っていた。なぜなら、私が描写する夢があまりにもリアルだったからだ。ループするあの夢の中で、私ははっきりと見えた。自分の手が血まみれの凶器を握り、もう一人の人間の頭にめった打ちにするのを。血が目尻にかかったときの温かい感覚も、口角に流れ込んだ鉄のような味も、現実とまったく変わらなかった。母親に話すたびに、母は顔を青くしたり白くしたりして怒り、掃除用のはたきを手当たり次第に掴んでは私を強く叩き、二度とそんなことを口にするなと言うのだった。


 同世代の連中が遠くの大都市へ出稼ぎに行く中、私だけが卒業後も残り、町の郵便配達員になった。そうしてあの悪夢もすぐに忘れられたので、これが私に特別な影響を与えたとは言い難い。


 今日の午前十時過ぎ、私はいつものように郵便自転車に乗って町中を走り、通りゆく人を注意深く避けながら、手にした鈴を「チリンチリン」と鳴らし、遠方からの手紙を各家に届けていた。


 町の人々の生活リズムは外の世界とは違う。昼近くになっても、人々はようやく身なりを整え、仕事に出かけようとしているところだ。年の瀬が迫り、手紙は舞い落ちる雪のように日に日に増え、朝夕の仕事時間も数時間延びた。人々が起きる前に全ての郵便を配り終えられないなんて、普段なら考えられないことだ。


 この地区を配り終え、

 あとは家の近くの数件だけだ。私はこの地区を最後に回すことにしている。そうすれば、午後郵便局に戻る前に、家で昼寝ができるからだ。そう思うと、郵便局支給の古い自転車を力強くこぎ出した。車体は重さに耐えかねてきしみ、この自転車の年齢は私の半分はあるだろうが、チェーンが外れたことは一度もない。


「ガァーッ------ガァーッ------」


 車輪が砂利を軋る音に驚いて、道端のカラスが群れをなして飛び立った。彼らは葉の落ちた木々へと飛び、今度は警戒した目で私を見つめる。私が物心ついた頃から、いやそれ以前から、これらのカラスはここに棲みついている。長い年月のうちに、「カラス町」という呼び名は、本来の名前よりも広く知られるようになり、通りすがりのよそ者でさえそう呼ぶようになった。


「お前たち、食べてなよ。」


 私は笑いながら声をかけ、ポケットから潰れた肉まんを取り出し、さっと道端に投げた。

 カラスたちはすぐに群がり、奪い合うようにして温かい肉まんの皮を引き裂いた。彼らは頭を上げ、曲芸でもするかのように破片を高く放り投げ、首を伸ばして正確にキャッチし、一口で飲み込む。ここのカラスがどこでこんな芸を覚えたのかは分からないが、そのおかげで私は小さい頃から彼らに餌をやりに行くのが好きだった。ただ、あの頃は弟を連れて行っていた。弟は最初、これらの小さな生き物を少し怖がっていたが、やがて私と同じくらい好きになった。


 自転車を止め、最後の数通の手紙を近所の郵便受けに入れ、ほっと一息ついて背伸びをした。道端のカラスたちも動きを止め、数十の真っ黒な瞳が静かに私を見つめている。彼らが私の手にある餌を待っているのか、それとも何か別のものを待っているのかは分からない。彼らに手を振ると、彼らは鳴かず、ただ一斉に首をかしげ、羽ばたいて遠くの灰色の空へと溶け込んでいった。


 午前中の仕事はようやく一段落した。


 郵便バッグには、配達不能の古い手紙が一通残っている。午後郵便局に戻ったときに処理しようと思い、今はまず家に持ち帰ることにした。この手紙を外のポストに置いておくと、町のあの小悪党どもに宝物だと思われて盗まれてしまうかもしれないからだ。


 この手紙はかなり年季が入っているようで、封筒は黄ばみ傷んでいた。宛先もなく、差出人もかすれていて、町の者だということだけが分かる。それは、子供の頃に水没してしまった教科書を思い出させた。これはずいぶん昔に郵便局の「箱の底」にしまわれていたものだろう。封筒には差出人も受取人の名前も書かれていない。今回、仕分けを担当した同僚がどうやってうっかり見つけ出し、私の郵便物の中に混ぜてしまったのか、午後は彼をしっかり笑いものにしてやろう。


 真昼の陽射しは心地よく、木々の葉の隙間から差し込み、黄ばんだ封筒に斑らな光の点を落とした。それはまるで、何か古びた暗号のようだった。私は郵便バッグから慎重に手紙を取り出した。陽射しで紙の繊維まではっきり見える。その瞬間、一枚のより硬い紙が破れた封筒の口から端を滑り出した。ちょうど陽射しがその上の印刷された黒い文字を照らし出した------


「受取人------林平リン・ピン


 私はかつてこの名前を持っていた。カラスだけがすべての秘密を覚えているこの町で、私の知る限り、この名前を名乗ったのは私だけだ。そして私は保険など無用のものだと思っていたし、母は保険のようなものについて口を閉ざし深く避けていた。


 これで、この手紙が一体何なのかを知りたいという好奇心が頂点に達した。洗いすぎて白くなった古い郵便バッグから、慎重に封筒を取り出した。黄ばんだ手紙は、アダムを堕落へと誘った禁断の果実のように、私の視線をその名前から離れさせなかった。


 私は封筒をぎゅっと握りしめた。力が入りすぎて爪の先が真っ白になるほどだった。


 ちらっとだけ見てみよう…


 時間に蝕まれて脆くなった封筒は、私の指で揉みほぐされるうちに、岸辺で干からびた魚が無駄に口を開けているようになった。「バリッ」という音と共に、きちんと折りたたまれた保険証券が、封筒の端の破れ目から滑り出し、私の雪と泥で汚れた靴の甲にひらりと落ちた。拾い上げようとしたが、火傷したかのように手を引っ込めた。指先に残るのは封筒のざらざらした感触だけだった。周囲は静まり返り、自分の太鼓のように鳴る心臓の鼓動だけが鼓膜をビリビリと震わせる。「ちょっとだけ…見るだけ。見たらすぐに戻す。自分で落ちてきたんだ…私が開けたわけじゃない…大丈夫だ。」この声が私の頭の中で繰り返し囁く。呪文のように、言い訳のように、最後の職業上のこだわりをあっさりと崩し去った。


「契約者------林安リン・アン


 まさか?これは弟の名前だ。彼はとっくに何年も前に死んでいるはずだ。私の脳は、鋭い錐が無理やり突き刺され、止めどなくかき混ぜられているかのようだった。少年時代ずっと私を苦しめたあの悪夢を思い出した。


 ただ、これまでずっと見ていたあの夢の中で、私が殺したあの人の姿はいつもはっきり見えなかった。とても親しみを感じるのに、夢から覚めると、彼の顔は現像後の古い写真のようにぼやけていて、目が覚めたときには焼け付くような空白と名状しがたい恐怖だけが残っていた。私が彼を知っていることだけは確かだった。そして彼の一挙一動が、私にはとても馴染み深いものに感じられた。


 そして今、ついに彼を見た…


 私と何ら変わらない服を着ている彼を。


 彼がずっとつけていた、私が彼の干支が一回りした年に手彫りした木の指輪を。


 感情ひとつ見せずにまっすぐに私を見つめる、真っ黒な瞳を。そして、草むらに隠れていた、私と何ら変わらない顔を。


 彼は私の弟だった。


 私の弟は確かに死んでいる。でも、なぜ?


 なぜ私はこんな悪夢を見るのだろう?


 震える手で保険証券を破れ目に押し戻した。私は封筒を握りしめ、ほとんど握りつぶしそうだった。


 母は知っているのか?


 この考えが一瞬で私を飲み込んだ。気がつくと、私はもう家の前に立っていた。古びた赤いナツメの木の扉はまるで壁のようだった。唇は乾いてひび割れそうだった。私はただ立っていた。全身の力が指先に集まり、ドアノブを押し下げるまで。


 母は老眼鏡をかけてセーターを編んでいた。針は彼女の手の中で規則正しく動いていた。私たちに、お正月に着せるためのものだ。これは彼女の執念だ。父と彼(弟)がいなくなっても、彼女は毎年「家族全員」に新しいセーターを用意し、一枚も欠かさない。


 私を見上げて挨拶をすると、またうつむき、手元の作業を続けた。


平安ピンアン、今日はどうしてこんなに遅いんだい?」


「年の瀬だから、手紙が少し多いんだよ。」


 私はまっすぐに立ち、ただその手紙をポケットの中でぎゅっと握りしめていた。


「母さん、またあの夢を見たよ。」


 母の忙しく動いていた手が止まり、編みかけのセーターを脇に置き、再び私を見た。


「ん?昔よく言ってたあの夢のことか?」


「ついに、夢の中で俺が殺した奴を見たんだ。」


 母は眉をひそめ、手にした編み針を強く握りしめた。


「誰だ?」


林安リン・アンだ。」


「ありえない、また何を妄想してるんだ?お前の弟は山から落ちてきた石で死んだんじゃないのか?」


 私はずっと母の表情を見ていたので、母が怒っているふりをする前に、瞳がわずかに見開かれ、一瞬不安が走ったのを見逃さなかった。


「母さん、俺と弟の死に関係があるのか?」


「あるわけないだろう?何を考えてるんだ?」


「母さんだって知ってるだろ、あの時俺は全然覚えてないんだ。」


 私は呆れたように母を見た。私がこのことを持ち出すたびに、母はいつも問い返し、決して正面からは答えようとしなかった。


「そんなこと、母さんに分かるもんか。」


 母は不機嫌そうに私を見た。この会話がこうなることはとっくに分かっていた。


「うん、ちょっと休みに行くよ。」


「行け行け、そんなことここで言うなよ。」


 母は嫌そうに手を振り、注意をまた私のと同じくらいの大きさの、編みかけの弟のセーターに向けた。


 自分の部屋に戻り、ドアをそっと閉め、きれいな机の前に座った。机の上に唯一置いてある家族写真を見つめ、突然わけもなく無力感が襲ってきた。静かに机に突っ伏し、右手を頭の下に敷き、左手でそっと写真の中の弟の顔を撫でた。写真の中で、彼と私は両親の背中に飛び乗り、家族全員がとても幸せそうに笑っている。


「平安、平安……」


 ノックの音の後、母がまた私を呼んだ。


秋児リン姉が大学から帰ってきて、お前を訪ねてるよ。」


 リン姉は夏おじさんの娘で、小さい頃から私の良き友達だった。中学卒業後は県の高校に進学し、その後は遠くの大学にも合格したと聞いた。それで彼女は以前、両親が口にした「他人の家の子供」となった。彼女はもう帰ってこないと思っていた。


「わかった。」


 私はふさぎ込んだ声で応え、写真を元の位置に戻し、母の手編みで少し大きめのセーターを羽織った。母は玄関でリンと世間話をしていた。私が出て行くと、リンの目が少し輝いた。彼女も母のくどい癖は好きじゃなかったのだろう。


「小平…平安、こっち、久しぶりだね。」


 リン姉は、もはや小さい頃の私たちのようではなかった。太陽に焼けて黄ばむことのない肌は、もともと白い服の引き立てで一層白く見え、町の他の誰よりも清らかだった。まるでアヒルの巣に落ちた白鳥の雛が、灰色の綿羽を脱ぎ捨てたあとのようで、玄関から差し込む陽射しを浴びるだけで、とても輝いて見えた。彼女はとっくにこの町の者ではなかった。


「リン姉…久しぶり。」


 それを見た母はますます嬉しそうに笑った。母はいつも私に早く家庭を持ってほしいと思っていた。私がきつく断らなければ、とっくに見合いに行かされていただろう。そうでさえも、母は女の子を紹介することを楽しんでいた。


「平安、リン姉と散歩してきなさい。」


 私が外に出る時、私のコートをポンポンと叩き、ほとんど押すようにして、私を外へと送り出した。


「リン姉、どうして帰ってこようと思ったの?」


 私は気まずそうに笑い、時間がもたらした距離を質問でごまかそうとした。リン姉も私の言葉に合わせて話を続けた。


「父の診療所を継ぐためよ。父が亡くなったから、この町には心理カウンセラーが必要だったの。だから私が来るしかなかったのよ。」


「そうなんだ。」


 私はうなずき、冗談めかした口調で彼女に尋ねてみた。


「よかったら、ちょっと見てくれない?昔からずっと見てる夢があって、すごく悩んでるんだ。」


「夢占いはできないけど、もちろんいいわよ。じゃあ、君が私の最初のクライアントってことね。」


 彼女は軽く笑い、頬にえくぼを浮かべた。まるで子供の頃のようだった。


「でも、ここで話すつもりじゃないでしょ?」


 2、枯れ枝を探し求め、亡魂の巣を作る

 南国の冬は雪が降らない。雑草さえもほんのり黄色みを帯び始めただけだ。森の中の木々は夏のように生い茂り、空をすっぽりと覆い隠している。陽射しが木々の枝葉の間から漏れ、木々の幹や岩、私たちの体に斑らな光の柱を作り出している。深く息を吸うと、複雑な匂いの混ざった森の香りの中に、なぜか魂の奥深くに届くような匂いを感じ、顔色が少し青ざめた。


「私、ここに来るの久しぶりだわ。」


 私たちは子供の頃に歩いた小道を歩いていた。彼女の方がむしろ私より詳しそうで、私の前を歩いていた。


「僕も、ずいぶん来てなかったよ。」


 私たちはもう少し進み、子供の頃に山から流れ落ちる小川のそばに来た。腰の高さほどの大きな岩のそばに立つ。子供の頃、私と弟、そしてリン姉がこの岩に登るときは、まだ脇の小さな木の枝を踏み台にして、手足を同時に使って登る必要があった。これもリン姉が教えてくれたことだ。今ではもう全く必要ない。この大きな岩は実は階段でもあり、より高い木々の枝へと続いている。その木の頂上が、本当の私たちの秘密基地だった。そこからは、小川が山からずっと私たちの町へと流れていくのが見えたのだ。


「私はもう登れないわ、ここでいいわね。」


 リン姉は両手で軽く押し、その大きな岩の上に座った。私も彼女と同じように、彼女の隣に座った。


「みんな大きくなったからね。」


「話せば、私に何か相談したいことがあるんじゃなかった?今から始める?」


「どこから話せばいい?」


「うーん、流れに沿って、子供の頃から?」


「じゃあ、話すよ。」


 私は林平安リン・ピンアンという。以前は林平リン・ピンとも呼ばれていた。多分、大水が出た年に生まれた。


 あの洪水は町全体をほとんど飲み込んだ。作物、家畜、家屋、果ては人までが大水に流され、ほとんど何もかもが失われた。水が引いた後、町にカラスの群れが飛んできて、残った家畜や人の死体をきれいに食べ尽くした。町の人々は彼らを嫌っていたが、彼らのおかげで町に起こるはずだった大きな疫病が防がれたのは確かだ。私はちょうどこの頃、弟と一緒に母の胎内から出てきた。私には林平リン・ピンと名付けられ、弟は林安リン・アンと名付けられた。私たちが一生平穏無事に過ごせるようにという願いが込められていた。


 私と弟の関係は、他の双子たちのようにぎくしゃくしたものではなかった。むしろ、私たちは驚くほど仲が良かった。周囲の親戚や近所の人々はよく母に教えを請い、どうやって私たちの関係をこんなに良好に保っているのか尋ねた。母はいつも誇らしげに顔を上げ、自分でもあまり信じていないかもしれない育児の秘訣を得意げに話したものだ。私と弟はドアの内側でそれを聞いていて、その話はいつも私たちを大笑いさせた。


 私と弟に違いがあるとすれば、それは私の方がずっと度胸があったことだろう。私は小さい頃から、家で作った肉まんや饅頭のような朝食を持って、カラスに餌をやりに行っていた。どの鳥調教師が教えたのか、餌を放り投げて食べる芸を覚えていて、毎回餌をやるのが楽しかった。一方、弟は私が餌をやっているとき、ドアの陰に隠れて遠くからじっと見ているのが好きだった。私が振り返ると、彼の真っ黒な瞳が私をしっかり見つめているのが見えた。


「ちょっと待って、割り込ませて。あなた、私に言ってたわよね、あのカラスたちは、あなたが鳥調教師に教わった方法で調教したんだって。」


 リン姉はまばたきをしながら、からかうように私を見た。責めるわけではなかった。


「そんなことあったんだ、すっかり忘れてたよ。」


 私は無意識に左手で頭をかき、少し気まずそうだった。


 とにかく、私と弟は十四、五歳になるまで、何でも話せる関係だった。


 もちろん、それ以降も私たちの関係は悪くなかった。でも、思春期の少年には自分の秘密が増えていくものだ。彼も自分の秘密を守るために、私と距離を置き始めた。しかし、私たちはお互いのことをよく知っていた。一目見ただけで、彼が隠そうとしているのは、誰かを好きだというような小さなことだと分かった。


「誰か?」


「そう、誰かさ。」


 私は彼女を見た。


 その後のことは、私たちみんなが知っている。


 私たちがもっと奥へ遊びに行ったとき、突然大量の落石があり、彼は死んだ。彼が何週間も行方不明になった後、警察は近くの小さな森で彼を発見した。あるいは、すでに食い尽くされた彼の骸骨を発見したと言うべきか。


 そして私は、夏おじさんの診療所で心理治療を受けることになった。


「あの時、私は県都の高校にいたけど、小安リン・アンが死んだ知らせは信じられなかった。あなたはきっととても悲しかったでしょうね。」


 彼女は子供のように揺らしていた足を止め、振り返って、静かな目を私に向けた。


「そうだ、僕は彼と一緒に出かけたんだ。」


「お父さんは全部話してくれたわ。あなたがあの時、ショックが大きすぎて、一時的に自分を小安だと思い込んでいたんだって。」


「でも、あれ以来ずっと悪夢を見ているんだ。それが今日の話の本題なんだけど。」


「方法を教えてあげるわ。」


 彼女は考え込んだ。


「その指輪、見せてもらえる?」


「もちろん、でも前に見たことあるんじゃない?」


 彼女の視線は私の中指に止まった。そこには私が描写したものと同じ木製の指輪があった。よたよたと小さな「安」の字が刻まれている。これは私たちが誕生日に、父の大工道具を使ってぎこちなく、深く刻んだり浅く刻んだりしながら自分の名前を彫り、お互いにプレゼントしたものだ。私はもう大人になり、この指輪はクジラの体にしっかり吸着したフジツボのように固くはまっている。仕方なく手を上げて彼女の前に差し出したが、傷だらけの手にできた分厚いマメが恥ずかしくなり、引っ込めたくなった。


「そんなの、いつだって話よ。」


 彼女はぼそぼそと文句を言い、それから私の手をしっかり押さえ、真剣で集中した表情を浮かべた。


「よく見ててね。」


 彼女はそっと私の指輪をひねった。それは不思議なリズムを持っていて、私の心をすっかり奪い、自然に話し始めた。


 正直言って、あの夢の話をするのはあまり好きじゃない。


 あの夢の時間は夜だった。蝉の鳴き声がまだ完全に消え去らない夏のことだ。何度もあの場所に訪れて初めて知ったことだ。初めてあの夢を見たとき、自分がどこにいるのか分からない恐怖を感じたことを覚えている。温かく粘り気のある空気が、止まることなく私の鼻腔に流れ込み、気管を塞ぎそうで、息が詰まりそうだった。目を開けると、まず木々の枝葉の間からかすかに透けて見える、黄色みがかった微光を放つ満月が見えた。それは無駄にも、この手の見えない真っ暗な夜を照らそうとしていた。この微光に沿って、ようやく周囲がごつごつした木の幹とでこぼこした岩壁だと認識できた。


 私の手には木槌が握られていた。父が病気になる前、まだ仕事ができた頃に一番気に入っていたものに似ていた。


 私は一人の人間が深い穴の中に無力に横たわっているのを見た。私と同じ服を着て、手足はねじれ、膝は生きている人間が耐えられる角度ではないほど曲がっていた。私が持っているのと同じ木彫りの指輪が一枚、枯れ葉の間に静かに落ちている。私の右手もだらりと垂れ下がり、ほとんど使えなかった。それはまるで心臓をえぐられるような痛みだった。しかし夢の中の私は気にせず、冷たく硬直した機械のように、左手にぎゅっと握った木槌を目の前のあの人の頭に向かって振り下ろした。


 一発、二発…


 彼の頭から血が飛び散り、私の顔、手、体にまでかかり、口元にまで飛んだ。温かくて粘り気があり、少し生臭く、塩辛くて鉄のような生々しい味がした。そして、かすかでほとんど気づかれないほどの甘みもあった。


 彼はまだ死んでいなかった。はっきりと見えた。彼が口をぱくぱくと動かし、私の名前を叫ぼうとしているようだったが、ゴロッという音を立てて言葉にはならず、血の泡を吐き出し、それがはじけた。それから私の槌が再び彼の頭に打ち下ろされた。はっきりと見えた。彼のさっきまで輝いていた目が、突然光を失い、深い淵の水面のように何の動きもなく、ただぼんやりと私を見つめ、そのままじっと、まっすぐに私の方に向けられた。


 私ははっきりと知った。彼は死んだ。


 私が彼を殺したのだ。


 私は一気に全身の力を失い、そのまま後ろに倒れ込み、地面に座った。彼のそばに。


 私は泣いた。涙が止まらずに私の目尻から溢れ出し、すでに温かい血で染まった服を再び濡らした。


 カラスたちはとっくに周囲の木の幹に輪になって止まっていた。真っ黒な羽根の陰に隠れ、私は彼らの明るい瞳だけを見つけることができた。死の気配に敏感な彼らが、私が立ち去るのを待ち、この得難いごちそうを待っていることを知っていた。


 彼らを追い払おうとしたが、無駄だった。彼らは鳴らず、私が投げる小石を軽々とかわし、再び枝に止まり、木々の葉の隙間から漏れる月明かりと共に、星々を散りばめた夜空を作り出していた。


 これが私が何度目に話すあの夢か、すでに心の中に深く刻まれた教科書を暗唱するかのように平静だった。しかし、私の話を真剣に最後まで聞いてくれたのは彼女だけだった。彼女は私を見世物好きのピエロだとは思っていなかった。


「君も、僕が言っているもう一人が誰か分かってると思う。」


小安リン・アンね。」


 彼女は唇をきゅっと結び、私を見た。私は彼女の鏡のように澄んだ瞳の中に、自分の顔さえ見えた。今の自分の顔をどう形容すればいいのか分からなかった。怒りと苦しみ、そしてほんの少しの哀しみが絡み合い、すべての筋肉繊維が硬直していた。夢の話をしているときの自分の表情を初めて見た。それはなんて醜いんだろう。私は顔を膝の間に深くうずめ、この憎むべき顔を彼女の見えない場所に隠そうとした。


 ポン、ポン…


 彼女はそっと私の背中を叩き、できるだけ優しい声で言った。


「大丈夫よ、平安。これはあなたの想像よ。うん、つまり、『思う夢に見る』ってやつね。彼と一緒に出かけたのに、彼を死なせてしまった罪悪感が、こんな奇妙な夢に歪んでしまっただけかもしれないわ。」


 私は顔を上げ、ぼんやりと前を見つめた。これは本当に夢なのか?私は分からなかった。


「この夢は、あなたの潜在意識の中にあるトラウマが形になった、ただの怖くて奇妙な光景なのよ。」


 彼女は話せば話すほど流暢になった。まるで教科書のよく知っている箇所を暗唱しているかのように。私は振り向いて彼女を見た。彼女の表情は真剣で集中していた。


「ありがとう。」


 私の声はかすれていた。砂が擦れるように奇妙だった。


「どうして帰ってきたの?」


「ん?」


 彼女は眉をひそめて顔を上げ、目に驚きの色を浮かべた。


「私たちの町の若者は、学校に行かなかった者でさえ、みんな大都市へ出稼ぎに行ってる。君は帰ってくるはずがなかった。」


「あなた…相変わらず鋭いのね。」


 彼女の目には少し諦めの色があったが、それでも優しさは変わらなかった。


「もし本当にその理由なら、とっくに帰ってきてるはずだよ。」


「歩きながら話そうか。」


 彼女は後ろに手をつき、滑り台のように大きな岩の斜面を滑り降りて地面に立った。服に付いた雑草をはたき落とし、振り返って、職業的な笑顔を浮かべ、軽くお辞儀をした。思わず私も表情を引き締め、真剣な顔つきになった。


「えーと、改めて自己紹介を。四季探偵事務所新人探偵------夏秋カ・シュウです。依頼人、同志からの依頼を受け、この件を調査するために戻ってまいりました。」


 私は全身が硬直しそうだった。こんな光景は、家のアンテナをてっぺんに立ててやっと使える古いテレビで一度見たことがあるだけだ。今は手足の置き場に困っていた。


「そんなに緊張しなくていいのよ。実はね、お父さんが臨終の間際、いつもうわごとで『俺の人生で申し訳ないのは小安だけだ』って言うんだ。具体的に聞いても一言も話さないから、帰ってきたの。平安、あなたは私と一緒にこの事件の真実を調べたい?」


 真実を見つけることが私にとって何を意味するかはもちろん分かっていた。もしも…もしも本当に私が彼を殺したのなら、私は刑務所行きになるかもしれない。しかし、弟が私を見つめるあの真っ黒な瞳を思い出すたびに、私は知りたいと思った。私は弟がなぜ死んだのかを知りたい、私のせいかどうかに関わらず。


「君を信じていいのか?」


「もちろんよ。」


 彼女は笑いながら、手を私の前に差し出した。


「僕もだ。」


 私たちの手が一つになった。


 夏おじさんの心理診療所は町の北西の隅にある。午後の仕事を終えた私は、約束通りここにやってきた。リン姉はとっくに家の外で待っていた。つたが診療所の外壁に絡みつき、厚い層を作って、陽射しをしっかりと窓の外に閉ざしていた。私たちが古びたドアをそっと押し開けると、ドアはやはり重さに耐えかねて「ギイィ」と呻き声を上げ、無数の埃を舞い上げ、古い家特有の奇妙な匂いを持ち込んだ。仕方なく鼻をつまみ、分厚い埃が静かに落ち着くのを待ってから、夏おじさんが去ってから何年も人のいなかったこの古い家に慎重に足を踏み入れた。


「帰ってきてからは町の旅館に泊まってたから、あまり片付けてなくて。」


 リン姉は珍しく気まずそうな表情を浮かべ、耳の前の髪を揉みながら私に説明した。


 しかし、これは心理診療所というより、田舎の二階建て家屋の一階に心理診療所の看板を掲げたようなものだった。


 広々としたリビングには、木製の手作りテーブルと椅子が数脚あるだけだった。私は一目でそれが父が昔手作りしたものだと分かった。父が大工仕事をしているとき、私と弟はよく手伝い、大きくなったら誰が父の後を継ぐか話し合ったものだから。ただ、父が去ってから、この町にはもう大工はいなくなった。


 私は習慣的に窓枠の隙間にある夏おじさんの鍵を見つけた。鍵にはすっかり赤茶色の錆が付いていた。奥の部屋へのドアを押し開けると、二階の階段の裏が夏おじさんの診察室だった。この部屋はリン姉によってきれいに掃除されていたが、机の上には暗赤色の血痕がついたノートが開かれていた。夏おじさんが患者の診察で過労した後、二度血を吐いて机に倒れ、まもなく県の病院で亡くなったと聞いたことがある。


「私よりここのこと詳しいんじゃない?」


 ここで治療を受けていた日々のことはあまりはっきり覚えていないが、一度入ると、まるで物の置き場所が分かっているかのように、棚から机の上のものと似たノートを何冊も見つけ出した。私が見つけ出すノートが増えれば増えるほど、リン姉は私をからかうようになった。


「僕はここに長くいたんだ。ほぼ丸一年、夏おじさんの治療を受けていたんだよ。」


 私は答え、それから全てのノートを一か所に積み上げた。全部で14冊あった。きれいに拭いた椅子の背もたれにもたれかかり、机の上に胸の高さまで積み上がったノートの山を見つめ、次第にぼんやりしてきた。


「また夢を思い出したよ。」


「なに?」


 この夢は以前のものとは少し違う。弟が死んで数日後のことだ。


 私の体は数本のタオルで縛られ、右手は無力に胸の前でだらりと固定されていた。肩には心臓をえぐられるような痛みがあった。椅子の背もたれに寄りかかり、椅子の中に縮こまっていた。母は私のそばに座り、目の前で夏おじさんが茶色の革表紙のノートにペンを走らせているのを見ていた。


「夏先生、どうか私たちを助けてください。この子も先生が大きくなるのを見てきた子ですし、父親も重い病で床に伏せています。」


 若い母は悲しげな表情を浮かべ、横を向き、涙でいっぱいの目を夏おじさんの視線からそらし、私の方に向けていた。手に握った真っ白な封筒をそっと夏おじさんの机の上に置いた。この封筒は覚えている。あれほど月日が経ち、ぼろぼろになった今でも、また私の手元に戻ってきた。


「夏先生、これが子供の父親を救う最後の手段です。お願いです、助けてください。助かったら残りは全部先生に差し上げます。」


 母はなんとその場にひざまずいた。幼い私はどうしていいか分からず、ただ呆然と夏おじさんを見つめ、母よりも早く涙を流した。涙は頬を伝い、口元に流れた。塩辛かった。


林語リン・ユイ、私は金のためにやるんじゃないんだよ。」


 これは母の名前だ。ここに嫁いできたとき、父の姓を名乗った。


 夏おじさんは明らかに慌てていた。すぐに立ち上がり母を起こした。眉をひそめ、鼻にかけた眼鏡がさらに少し下がった。私はまだ呆然として一言も発せず、視線は一羽のカラスに奪われていた。それはひらりと窓の外の蔦に止まり、真っ黒な羽が太陽の光を浴びて七色に輝いていた。そこに止まって私を見つめ、私もそれを見つめた。


「夏先生、私はもう一人子供を失いました。これ以上、夫も失うわけにはいきません。」


 母は懇願した。


「まず帰っておいで。老林(父)の世話も必要だろうし、私ももう少し考えさせてくれ。」


「夏先生…」


林平リン・ピンは残れ。君は帰って。」


「ありがとうございます、本当にありがとうございます。」


 夏おじさんが承諾したわけでもないのに、母はむしろ非常に興奮し、地面にひざまずいて二回頭を地面に打ちつけた。「ドン、ドン」という音は私のボールが地面にぶつかる音よりも大きかった。それから夏先生が何か言うのを待つまでもなく、まるで夏先生が翻意するのを恐れるかのように、母は腰をかがめて部屋を後にした。今は私と夏先生だけになった。彼の震える手がそっと私の顔を持ち上げ、唇は噛みしめて真っ白になっていた。


「ごめんなさい……」


 その後の言葉はもう思い出せなかった。


「おかしいわね…」


 リン姉も明らかに頭を悩ませていた。私自身も完全には覚えていないこの夢は、彼女をも悩ませ始めていた。分厚いノートを素早くめくり、私のページを見つけようとしたが、無駄だった。夏おじさんは私に関するページを多分破り取ってしまい、どのノートにも残っていなかった。


「夏おじさんは君に対しても秘密にしたんだ。多分とっくに処理しちゃったんだろうね。」


 私はとっくに予想していた。何しろ私がここにいた頃、リン姉からの手紙は夏おじさんにとって最も大切なものだった。リン姉から手紙が届くはずの時期になると、いつも早々に階下の郵便受けのそばで待っていて、彼の重い足音は当時すでに驚弓の鳥だった私をよく目覚めさせた。だから私は毎週月曜日に早起きし、夏おじさんと一緒にリン姉の手紙を受け取り、それから夏おじさんと一緒に返事を書くことに慣れていた。後に届く手紙は二通になり、これが私とリン姉の長い文通の始まりだった。多分これが、リン姉と私が再会後すぐに打ち解けられた理由でもあるのだろう。


「お父さんがあなたをどう治療したか、覚えてる?」


 リン姉は片手で頬杖をつき、目が少し泳いでいた。


 お前は林平リン・ピンだ。林安リン・アンじゃない。


 ここで治療を受けていたとき、最も頻繁に聞いた言葉だ。


 私は林平リン・ピンだ。林安リン・アンじゃない。


 私は夏おじさんに合わせてそう言った。

 おそらくショックが大きすぎたせいで、当時の私は本当に自分を林安リン・アンだと思い込んでいた。後で自分が林安ではないと思っても、私は林平リン・ピンだとも思えなかった。


 しかし記憶が混乱しているとき、私が思ったことはおそらく精神疾患の副作用だったのだろう。


 当時私を悩ませていたのは悪夢の他に、「私は誰なのか」という問題だけだった。


 しかし長期間の治療は解決策ではなかった。丸一年休学した後、父も亡くなり、母には私しか残されていなかった。


 家にはまだ少し蓄えがあったが、私はこの家を支えなければならなかった。


 だから私の希望と夏おじさんの助言で、私の名前は林平安リン・ピンアンに変わった。


 私はもう林安リン・アンではない。でも、私は林平リン・ピンだとも思わなくていい。私は林平安リン・ピンアンなのだ。


 私は、彼の分も一緒に生きていこうと思った。


「あなた、お母さんと話してみるべきだと思うわ。」


 リン姉はしばらく沈黙し、私を真剣に見つめて言った。


「わかった。」


「私は今夜、もう少し考えを整理するわ。明日、仕事が終わったらここに来て、一緒に彼が亡くなった場所に行こうと思うんだけど、どう?」


 これはリン姉からの退去命令だと分かった。私は簡単に返事をし、席を立った。


「お疲れ様、また明日。」


「また明日ね。」


 この時点で、普段の帰宅時間からは一時間半も過ぎており、夕日も山の向こうに沈みかけていた。家に着くと、母は台所で料理をしていて、美味しそうな鶏肉の煮込みの匂いが私の味覚を刺激し始めた。昼はリン姉と適当に食べただけで、とっくに消化しきっていたので、思わず空っぽの腹をさすり、母のそばに立った。


「リン姉は一緒に来ないのかい?」


 母は私一人で帰ってきたのを見て、少しがっかりした。


「リン姉は用事で忙しいんだ。でも母さん、話したいことがあるんだ。」


 多分母はリン姉の話だと思ったのだろう、快く承諾した。ただし食事のときまで待つように。私が食器を用意し終えると、夕食はできていた。黄色く濃厚な鶏スープをお椀に分け、そっと湯気を吹いて細かい波紋を立てた。


「この指輪、小安リン・アンが彫ったんだったわね。」


 リン姉が教えてくれたあの方法を思い出し、適当に話題を探しているふりをして、指輪をじっと見つめた。母がこっちを見たとき、私はリン姉が実演したリズムに合わせて指輪をそっとひねった。


「母さん、今日変な手紙を受け取ったんだ。」


「どんな変な手紙なの?」


 母は生き生きとして私の話題に合わせ、眉間のしわも伸びていた。私は自分の問題を口にするのが少し忍びなかったが、しばらく考えた末に決心した。


「何年もしまわれていた手紙で、どういうわけか俺のところに届いたんだ。」


「中身は何だったの?」


「なんと保険証券だったんだよ。変だと思わない?しかも俺がその保険の受取人だったんだ。」


 私は冗談のように言った。母の瞳が大きく縮んだのを見た。それからやけどしたふりをして笑いながらごまかした。


「そんなはずないでしょう?」


「契約者は弟だ。」


 私は続けた。


「母さん、本当に僕が弟を殺したの?」


 母は少し沈黙し、また一口鶏スープをすすってから答えた。


「違うよ、母さんは嘘をつかない。林安リン・アンはお前のせいで死んだんじゃない。」


 母は嘘をついていなかった。私には分かった。でも、それは辻褄が合わない。


「でも、母さん、僕はこの保険証券を見たことがあるんだ。夏おじさんのところで母さんが取り出したのを思い出したよ。」


「この保険証券は母さんとは関係ないわ。」


「まさか、この保険証券は彼が自分で用意したわけじゃないだろうな?」


「彼が用意したのよ。」


 母の答えは完全に私の予想外だった。私は目を見開き、衝撃を受けて言った。


「彼は自分が死ぬって知ってたのか?」


「知らなかったわ。」


「じゃあ、なぜ?」


「母さんは知ってた。でも、君には話せないんだ。」


「でも知りたいんだよ、母さん、お願いだ。」


 母は沈黙した。シャンデリアの微かな光の中、彼女の顔のしわがさらに深くなったのが見えた。それで私はこれ以上母に尋ねることはしなかった。何しろ母には私しか残っておらず、私も母しかいないのだ。どうあれ、私たちはお互いがこの世界で無条件に信じられる最後の人間なのだから。


 3、悲しみの叫びは、天秤で量られる

 二日目の朝は何事も起こらないかのように、何事もなかったかのように、静かに訪れた。


 母はいつも通り私を起こし、朝食を用意してくれた。私も何事もなかったかのように振る舞い、普段と変わらない普通の朝のように、郵便局の手紙を配り終えた。今日は元日だ。診療所に着いたときは、もう昼近くだった。私が着いたとき、リン姉は起きたばかりで、目の周りに濃いクマができていた。多分あのノートを遅くまで調べていたのだろう。でも、私を見ると気力を奮い立たせ、興奮して発見を共有してくれた。


「カプグラ症候群とフレゴリ症候群って知ってる?」


 二つの聞いたこともない心理学の専門用語。私は正直に首を振り、無知を認めた。


「うーん、じゃあ簡単に説明するね。カプグラ症候群っていうのは、親しい人や友人が見た目が同じ『替え玉』にすり替えられたと思い込む病気で、フレゴリ症候群も似てて、患者は周囲の人が実は一人の人間の変装だと思い込むの。あなたが当時自分を林安リン・アンだと思っていたことに当てはめると、父はこの二つの病気の治療法を使ったんじゃないかと思うの。」


「だから?」


「私たちは現場に行くべきだと思う。あなたは本当に妄想症だったのかどうか。」


「どういうこと?」


「私の考え違いだといいんだけど。」


 リン姉は首を振り、そう言って話題を終えた。


 弟の遺体は、昨日の小川を越えたさらに奥の森で発見された。小川の向こう側には、一人が通れるほどの薄暗い小道が一本だけあった。名も知れぬ雑草と枯れ葉の間に隠れている。これは山へ登る道で、町の最後の一軒が薪で料理をするのをやめたとき、ここは捨てられた。


「君たち、どうしてこんなところまで来ようと思ったの?」


 リン姉は少し不思議そうだった。なぜなら、より深い場所は親から事故多発地帯と呼ばれていたからだ。山の中に入りたがる私たちが迷わないように、強い好奇心を抑えるため、そこはほとんどあらゆる化け物や妖怪の住処となっていた。しかし効果は非常に顕著で、簡単に越えられる小川の向こう岸は、子供の頃の私たちが一度も足を踏み入れたことのない場所となっていた。


 記憶は私が再びここに来るにつれてますます鮮明になった。


「肝試し大会のためさ。」


 今日はお盆(鬼節)だ。みんな鬼の節だと言う。今夜、小川の向こうに行って、誰が一番度胸があるか比べてみよう。


 彼はそう言って私を誘い、小川の向こうで鬼ごっこをしようと言った。


 私たちはみんな鬼であり、人間でもあった。もちろん彼より臆病だと思われるわけにはいかず、誘いを受けた。あの夜の前は彼を見かけなかったが、それでも彼の誘いを受け、病気の父の世話をしてやっと寝た母を後にして、小川の向こう、私が一度も行ったことのない場所へ向かった。


 私はわざと懐中電灯を持っていかなかった。この小川までの道すら、周囲の環境への慣れと普段より少し明るい月明かりに頼って、やっとたどり着いた。


 彼はまだいなかった。


 私は深く二度息を吸った。周囲の蝉の鳴き声が騒がしく、胸から飛び出しそうな私の心臓の鼓動をかき消した。


 ゲームスタート


「だから彼が君をここに誘ったの?」


「そうだ。」


 私とリン姉は前後に並んで小道を進んだ。小道は曲がりくねっていて、彼が死んだ岩壁のそばまではあと五分ほどの距離だ。私はまたあの夜に戻ったようで、周囲のあらゆる痕跡を注意深く見つめた。


 私はここで少なくとも三十分、もっと長いかもしれない時間探した。


 彼が待ちぼうけを食わせて、そもそも来ていなかったのかもしれない、ただの悪戯だったのかもしれないと気づいたとき、私は振り返った。


 しかしそれで彼を見たのだ。


 彼は黒いレインコートを着て、あの木槌を手に、小川のそばに立っていた。まるで三途の川のほとりで待つ渡し守の物語のようだった。私は彼を嘲笑おうとした。もっと先に進む勇気がなくて、臆病者だと言おうとしたそのとき。彼はよろよろと歩み寄ってきた。彼の体から漂う酒の匂いがまっすぐに私の鼻腔に突き刺さり、私は嫌悪のあまり一歩後ずさった。それが私の命を救った。木槌が私の右肩に激しく打ち下ろされ、鎖骨は真っ二つに折れ、骨の先端が皮膚を突き破って白い棘を覗かせた。


 彼がずっと言っているのが聞こえた。ごめんな、と。


 私は生きたいと思った。だからくるっと向きを変え、さらに奥へと走った。


「彼は君を殺そうとしたのね。」


 リン姉がささやいた。


 私たちは彼が死んだ場所に着いた。高さ十メートルほどの、岩肌がむき出しの崖のそばだった。彼の遺体が見つかったときに張られた立入禁止のテープがぐちゃぐちゃに丸められ、今でも小道脇の茂みの上に転がっていた。


「ああ、彼は俺を殺そうとした。」


 彼が酔っていたのか、それとも周囲の地形に全く詳しくなかったのか、彼が私を追いかけているときに悲鳴を上げ、膝が普通の人が耐えられる角度ではないほどねじれた。しかし彼はまだ起き上がろうとし、私の血のついた木槌を拾おうとした。


 しかし彼は一歩遅かった。私が先にそれを拾った。


 それでも彼は、もがきながら私に飛びかかってきたが、再び躓いた。


 私はもう怖くて頭が真っ白だった。生きたいと思った。


 私は彼を殺した。


 あの木槌で、彼を殺した。


「でも、これじゃ辻褄が合わない。」


 私はうつむいて彼が死んだ場所を見つめ、あの保険証券をまた思い出した。


「もし彼が俺を殺そうとしたなら、なぜ保険の受取人が俺の名前なんだ?」


「本当にあなたの名前だったの?」


 リン姉が突然私の言葉を遮り、私の顔を真剣に見つめて尋ねた。


「平安、あなたは本当に林平リン・ピンなの?」


「僕は…」


 そうだと言いたかったが、本当にそうなのか?


 私は、分からないと思った。


 でも、誰が知っているのかは分かっていた。


 家に着いたとき、早めの家では元日の花火や爆竹を上げ始めていた。それが町の静けさを破り、町のカラスを驚かせて落ち着かなくさせ、次々に木から飛び立ち、さっき私がいた森の方へ飛んでいった。


 母を見つけたとき、彼女は年越しの食事の準備をしていた。


「母さん。僕は本当に林平リン・ピンなの?」


 自分の声帯が止めどなく震えているのが聞こえた。声は爆竹の爆発音の中でかろうじて届いた。母は呆然とし、しばらくしてから首を振った。


「お前の父親のせいよ。」


「どうして。」


「あの時お前の父親が重い病気にかかったのは知ってるだろう。それでお前の兄が愚かな考えを思いついたんだ。お前に保険をかけた。それでお前を殺して、父親の命を繋ごうとした。それで後のことが起きたんだよ。」


 母はおそらくとっくに予想していたようだが、声は震え始めていた。


「じゃあ、なぜ僕は…」


 私は言い終える前に、母に遮られた。


「もう起きてしまったことだし、それに私たちの家は確かにお前の父親の命を救うためにあの金が必要だったんだ。」


「でも父さんは結局死んだ!」


「そうだ、お前の父親は結局助からなかった。でもそれがどうした?助けなかったらよかったのか?」


「でも兄貴は完全に死んだ。誰も彼を覚えていない。みんなが覚えているのは俺だ。死んだのは俺で、生きているのも俺だ。僕は刑務所に行くべきだ、どうしてもっと早く教えてくれなかったんだ!」


「教えたら何になる?一人死に、一人狂って、母さんにどうしろっていうんだ?生きている方を、人間らしく生きさせてやるしかなかったんだ。」


「母さん…」


「お前ももう大人だ。母さんの気持ちを分かってくれるはずだ。」


「分からないよ!」


 私は初めてそんなに怒って母に叫び、部屋に駆け込み、ドアを勢いよく閉めた。今年の元日の団欒の食事は食べなかった。ただベッドに横たわり、あの家族写真を見つめ、涙が止まらなかった。


 夜空には星が瞬き、花火は今も空に打ち上げられては炸裂し、様々な模様の美しい火の花を散らし、爆竹の音も今も天を揺るがすほど響いていた。ドアの外では時折「新年おめでとうー」という呼び声が聞こえ、呼ばれるたびに母が返事をした。


 4、遺骨は落ち、無名の墓に永眠する

 今日はすでに小年(旧暦12月23日または24日)だ。私はもう二週間近く自分の部屋に閉じこもり、仕事もせず、ろくに寝てもいない。食べるのも辛うじて生活を維持するためだけで、毎日部屋に閉じこもり、あの家族写真をぼんやりと眺めている。部屋の木製ドアは少し古びていて、母が時々押し入るとき、耳障りな「ギイィ」という音を立てる。彼女は子供を可愛がるだけでなく、子供の気持ちを理解するタイプの母親だ。だから彼女が入ってくるときはいつも私の後ろに立ち、説得もせず、ただ私と一緒にこの家族写真を見るだけだった。


 部屋の微かな明かりが、私と母の姿をガラスの写真立てに映し出した。顔はやつれて青ざめていた。父は死に、林平リン・ピンはいなくなり、私ももう私ではなくなった。白い光が彼らの顔を覆い隠し、写真立ての中の家族写真には、母と私の影だけが残った。


「平安、今日は雪が降ったよ。リン姉が一緒に散歩に行きたいって言ってるよ。」


 母は躊躇いながらずいぶん悩んだ末、ついに小さな声で言った。


 私は振り返り、視線を彼女に向けた。私も母がやむを得なかったことは知っていたし、母の気持ちも理解できた。彼女はこの数日で私と同じくらい痩せ、眉間のしわはさらにたるんでいた。でも彼女に何と言えばいいのか分からなかった。私は彼女の一人の息子を殺し、そして彼女のせいで私はもう私ではないのだ。


 母は私の視線に、何か悪いことをしたかのようにうつむいた。


 私は長い間考え、あの日以来初めて彼女に言葉を発した。


「わかった。」


 私の返事を聞くと、母はまるで風のように、私が翻意するのを恐れて、とっくに用意してあった温かい昼食を机に置き、真新しい編み立てのセーターを持ってきた。林安リン・アンのものだ。それからかゆの温度を確かめ、くどくどと注意を始めた。


「まだ少し熱いよ。きれいな服を着て、外に出て体を動かしなさい。雪を見るのもいいことだよ。」


「わかった。」


 母が持ってきた温かいかゆを飲み干し、カラスが刺繍されたあの新しいセーターを着た。リン姉はとっくにリビングで待っていた。彼女は母に笑顔でうなずき、私に言った。


「平安、一緒に散歩に行こう。話したいことがあるんだ。」


「わかった。」


 田んぼは細雪で白く覆われ、階段には氷が張っていた。リン姉は支えるように私の手を引いて、久しぶりの雪道を歩いた。


「リン姉、僕、そんなに弱ってないよ。」


 私は少し手を離した。母がまだ玄関に立っているのが見えた。私が振り返ると、彼女はドアの陰に隠れた。


 私たちは再び夏おじさんの診療所に来た。ここはきれいに掃除されていた。


「平安、ごめんなさい。」


 リン姉は突然謝罪し、ほぼ九十度のお辞儀をした。慌てて彼女を起こすと、彼女の目の周りから鼻先まで真っ赤で、泣き声を帯びて続けた。


「こんなことになるって分かってたら、根掘り葉掘り聞かなかったのに。」


「そんなこと言わないで、リン姉。」


 私は無理やり笑顔を作り、言った。


「あの、ずいぶん昔に一度見たかもしれない受取人が僕の保険証券を受け取ったとき、君が帰ってきた。これが多分神様の啓示で、真実を知らせたかったんだろう。」


 ところがリン姉はますます申し訳なさそうだった。細い指で耳の前の髪を何度も揉みながら、しばらく黙ってから、続けた。


「あの保険証券は私が送ったのよ。もともと父のノートに挟まっていたもの。普通、手紙を送った後、受取人の情報がないと、差出人の郵便局に戻ってくるものなの。私たちの町の郵便配達員はあなただけだったの。」


 しばらく沈黙してから、私は彼女の目を見つめて答えた。


「結局、僕も真実を知りたかったんだ、そうだろう?」


「真実…そう、真実ね。」


 私の言葉が彼女に気づかせたようだった。彼女はポケットからくしゃくしゃに丸められ、平らにされた一枚の紙を取り出して私に渡した。夏おじさんのノートだ。


 今日は、小安リン・アンが私の診療所に入って三日目だ。


 ようやく彼の口から、事の全容を知った。父親を助けるために、彼らは小さい頃から貯めたお年玉で保険をかけ、それから一人を犠牲にして、父親が生き延びる望みを得ようと決めたのだ。


 しかし、塵肺がそんなに簡単に治るはずがない。


 この子たちは…


 林語リン・ユイも気の毒だ。


 まあいい、彼女の思う通りにしよう…


「じゃあ、彼は本当に僕を殺そうとしたんじゃなかったんだな?」


 私は呆然とし、声が祈るように震えながら口を開いた。


「そう思うわ。」


 リン姉はむしろ落ち着きを取り戻し、真剣に私の目を見つめた。昔の夏おじさんそっくりだった。


「それはあなたたち二人の決断だったのよ。」


「本当?」


「本当よ。」


 沈黙。


「もしどうしてもダメなら、私の探偵助手が足りないの。一緒にこの町を離れない?お母さんにも話したわ。あなたがどこにいても、あなたがちゃんと生きていてくれればそれでいいって言ってたよ。」


「ありがとう。」


 私はまたしばらく黙った。


「やっぱり、僕は離れないよ。」


「どうして?」


「母さんはまだ僕を失うわけにはいかないし、それに君が最初に帰ってきた理由と同じだ。それにこの町には、まだまともな郵便配達員が必要なんだろう。」


 年が明け、私と母、そしてリン姉は一緒に今年の年越しの食事をし、リン姉は彼女の街に戻った。でも私たちは文通を続けた。私は相変わらず郵便自転車に乗って町中を走り、通りゆく人を注意深く避けながら、手にした鈴を「チリンチリン」と鳴らし、遠方からの手紙を各家に届けた。それからカラスが曲芸のように私の朝食を奪い合うのを見ながら、私はまた彼を見たような気がした。私のそばに立ち、カラスを指さし、得意げに「見ろよ、俺が調教したんだ、すごいだろ?」と言っているように。


 少なくとも、私の家はまだここにある。それでいい。


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