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埋もれた短編

草の根転生

作者: 平松冨永




 気が付いたら、どうやら異世界にいた。

 有名なネットミームである某漫画キャラのような反応をしかけて、自制する。


 だって一人ボケツッコミをするより、眼前の不可解現象の解明の方が優先順位は上だから。


「うあーなにこれえええ」


 バグってとあるキャラ画像が画面中を埋めたゲームを思い出す。そのくらい自分の視界を、たくさんの白っぽい吹き出しが乱舞している。邪魔、周囲が見えない、なんじゃこりゃ。

 異世界ってバグ画面なのそれともスマホの中に転位しちゃった的な? 二次元キャラどころか電気信号になっちゃいました的な?


 ほわちゃあ、と意味もなくカマキリ拳法を小さく真似て右往左往。してみて気付く。

 おお自分には手足があるわ感覚もあるわ。靴下なしで堅い靴を直穿き、その下は固いけどどうやら土。地面の上に立ってますね知らん靴で。


 がつがつ、と踵や爪先で土を蹴る。うん、カチカチ。その度にぴょんぴょこポップする吹き出しがウザい。


「読めんわ!」


 叫ぶと同時に、自分の周囲にまた吹き出しが現れる。もういい、邪魔。どけ。先が見えん。

 あと日本語表記でお願いしますなんだこの不思議文字。


 なにがバグだって、自分の体を目で確かめたいのに、目線を動かすとぼこぼこ湧く吹き出しに邪魔されてろくに見えないのだ。

 オーマイガー、怪奇吹き出しポッパー魔人。




 仕方がないので、目を閉じた。ようやく吹き出しの呪いから解放された。

 助かった。


 安堵の息を吐く。

 あ、普通に呼吸してる。

 空気、というか大気成分は同じ───って、異世界どうのじゃなくて、フツーに地球で日本じゃねココ?


 自分の目がちょっくらイカレポンチにバグっただけで、えーと、どっかそこらへんの山とか川原とか。




 目を閉じたまま、両手で全身を確かめる。なんじゃこの服。こんなアイロン必須な素材っぽいもんは衣装ケースに一着もない筈だぞ……クローゼットの喪服とスーツくらいしか。


 あと足元。靴下が! 自分が愛する靴下がないとかどういうことですかぁ!? ノー靴下ダイレクト靴って、誰だっけなんとかって俳優にしか許されぬ陽キャの象徴、じゃないってええっと。


 そうですよ靴がおかしいんですよ、裸足故にバッチリ伝わる、かってぇ感触ですよ。布のような当たりの柔軟さ皆無、プラのような撓りもナシ。革靴のようなフィッティングもゼロ。ゴムや樹脂の素晴らしさを文字通り痛感ですつまり痛い。


 なんだっけ生活文化博物館だったか展示会だかで見た、木靴ですよ恐らくきっと多分。


 一瞬で日本からオランダか、長崎のエンタメパークに瞬間移動させられて民族衣装にチェンジさせられて、田畑でも砂場でもない屋外に放置され視野がバグるドッキリなんてあり得ない。故に我想う、此れ異世界転生也。


 じゃねーよ!


 突然死した記憶もなんもねえよ!


 スマホも財布もメガネもねえよ!


 カードも印鑑通帳も免許証も、パスポートもねえ時計もねえ! 身分証明も換金アイテムも一切合切ございませんがな! 謎の服にはポケットもねえ!




「詰んだー詰んだわー」


 がっくりと膝から崩れたら痛かったので、体育座りをして項垂れる。ケツが汚れようと知ったこっちゃねえ。

 なんだっけほらなんの法則だっけ、空気がないとー水がないとー食料がないとー人間ってどんだけ生きられるんだっけ?




 揃えた膝にデコ着けて、落ち込むこと暫し。恐る恐る目を開ける。


 途端に視界にぼっこんぼっこんポップする吹き出し───あれ、なんか数減ってなくない?


 改めて、謎の吹き出しを見、手尺でタテヨコ測りつつ観察してみる。


 横長の長方形で、縦が十センチ、横が二十センチちょいくらいか。

 あの発言者を示す発生トンガリ(正式名称知らん)は上下左右斜めと、不規則にくっついてる。世界中の無機物が自分に対して喋ってる的な。なんでやねん。

 いや全部声で聞こえていたら、もっと頭がクレイジーだったかも。いやいや無機物に発声器官ねーし、その発想が触るな危険人物過ぎる。


 いやだから落ち着こう自分。雪が降る街並みを、って歌うグループが脳裏で踊るステージを、強引に排除する。脱線イクナイ。


 恐る恐る、空中に浮かぶ吹き出しの一つに触れる。触れることができた。びっくり。おさわり禁止じゃなかった。


 幽霊とか立体画像みたいにスカッと通り抜ける気がしていたので、意外。なんか覚えがあるツルッと感覚で、指先で触れるとポヨポヨとブレる。


 吹き出しは白とグレーの間くらいの色調で、輪郭線はない。

 文字らしい規則性のある並びは───丸と三角と四角、縦線と横線、点で構成されている。規則性があるな間違いなく。

 どれが母音でどれが子音なんだろう。いや表音文字でなく表意文字かもしれない。


 目を細めながら、首を傾ける。狙いをつけている吹き出しをどうにか横から見て。


 厚みがないことに、また驚いた。

 うっすらと線状のものが、凝視してどうにか見える程度だ。一ミリ以下だろうか知らんけど。


 と。


「だあああっ、湧くなウザい!」


 またしてもお呼びでない吹き出しどもがポコポコ湧いてくる。こりゃまた失礼と引っ込んでくれそうにないので、思わず手で払う仕草をすると。


「えっ」


 それぞれの指先が触れた吹き出しが幾つか、ヒュン、と右に滑った先で消失する。


「……えええ?」


 今度は狙って、右手の人指し指で適当な吹き出しに触れ───スマホ画面のスワイプ感覚で、右横に弾くと。


 その吹き出しは横滑りしながら、消えていった。煙がかき消えるような自然現象でなく、画面の表示がぽん、と消えるように。




 立ち上がると、両手指で謎吹き出しの群を片っ端から左右にスワイプして掻き分けていく。

 次から次にリポップしてくるので、両手をパーに開いて当たり判定を最大にする。


 やがて吹き出しの隙間から、ちらちらと周囲が見えてくる。

 空の青さ、植物の緑、人気のなさ、周囲に人類や文明の存在がなさそうで、悲しいやらありがたいやら。


 だって吹き出しに取り囲まれた奴が両手をパーでスワイプしまくってる図なんて、どう考えても頭おかしいし。


 この吹き出し群が他人には見えていないものだったなら、自分は謎のパントマイムを繰り広げるストリートパフォーマーだ。下手すりゃ通報されるやつ。




 吹き出しvs自分のスワイプ大合戦は、延々と続いた。どれだけ払っても消しても、吹き出し野郎は湧いてくる。おのれスワイプは有効打ではないのか、もっと根源的な対策が必要なのか。


 そろそろ両手が辛くなってきた。もうやめて自分のHPだかライフだかはゼロよ、と愚痴りそうになって。


「土と空気と空が自分になんの用件なワケ!?」


 うっかり、あたおかな叫びを上げてしまった。




 と。


 無限ポップウィルス状態な吹き出しが、止まった。いや、湧くスピードががくんと落ちた。


「……え、あれ、なんで」


 減った吹き出しをスワイプしつつ、少しずつ目線をずらしていくと───胸の高さあたりに、グレーに変色した吹き出しが三つ、ふよふよしている。


 吹き出しの下半分がトゲトゲ状態で、謎文字の下には【土】と、ある。

 これは日本語に翻訳された、ということだろうか。

 そんで土の皆さんが「如何にも我らが土である!」と、どこぞの禿頭塾長のように名乗りを上げていらっしゃる、とかですかね。いや塾長の団体様になるのかこの場合。知らんけど。


 もう一つのグレー吹き出しは、逆に長方形の上辺だけがトゲトゲで、同じく「儂らが空である」状態。

 最後のグレー吹き出しは全体がトゲトゲで、「おいどんどもが空気でごわす!」と絶叫していらっしゃる、みたいです。


「……えーと、石、砂、草、風、酸素、窒素、二酸化炭素、日光、雲、太陽、水蒸気、紫外線……」


 思い付く限りを口にする。

 どんどん、吹き出しが翻訳付きのグレーになって自分の胸の高さ、視界ギリギリの下辺あたりにまとまって移動して、リポップ数が減っていくが。


「え、あれ、草じゃダメ? 品種名称じゃないと未確定?」


 推定【草】の皆さんから、抗議のように吹き出しポップが止みません。ちょっと待って固有品種とか知りませんがな、どないしよー。


「えーとあれだ、恐らく異世界ひょっとしたら地球ならえーと、食用になる草! 食用にならない草!」


 ダメだまだぽこぽこ湧くー。


「薬用、薬草、毒草、草食動物の食用植物、人間の食用植物、枯れ草、薬味、コンパニオンプランツ、イネ科、ドクダミ、ミント、猫じゃらし!」


 もうなんでもいい、とにかく記憶にある限りの植物関連用語だのなんだのを口にする。

 限界が来たら目を閉じて一休み、何故か任意でめくれるようになった、グレー固定され重なった状態の吹き出し群の翻訳からヒントを探し思い出しつつ、とにかくリポップ数を減らしていく。


 なんでってそりゃあ、触れる極薄の吹き出しに囲まれてたら身動き取れませんがな。

 これ、うっかり浮いてる未翻訳吹き出し群に突っ込んだら服とか肌とかスッパリいく。気がする。スワイプの当たり判定は指先だけっぽいし。

 側面触って確かめるべきとは思うが、怖くてできません。


 目を閉じたら消えるというのは自分にとってであって、ずーっと周囲に実存してる、可能性がある。もしそうだったら目を閉じて匍匐前進、してたら首がスッパリ落ちてGAME OVER。それは嫌だ。


 もし自分から半径数十センチの空間内には浮かばない、にしても視野を塞がれていては進行方向の危険物を察知できない。吹き出しに囲まれたまま、断崖絶壁に突入したくはございません。


 なので自分が選ぶのは、とにかく吹き出しの数を減らして周囲の確認。

 水場求ム。

 人家希望。

 此処は何処、ワタシは誰、夜が来るだろうから眠れる場所を、身の安全を!




「……ファファニー」


 どうも、なんとか生きてます。

 吹き出しの特定数が規定を越えたのかなんなのか分かりませんが、翻訳文が増えました。あれだね、辞書の同義語紹介とか、類語註釈みたいな。


 お陰で周囲の謎植物の同定が捗り、吹き出しリポップ速度がちょっと落ち着きました。助かりました。食える草がありました。

 どうにか移動できるだけのカロリーは……賄えていません。頑張れ自分の皮下脂肪。今こそ燃える時! ジャンクフード貯金を解放するは今!


 つーかね。


 初日の夕方には渇きで死にかけて、水だの地下水だの水源だの湧水だのを呟きまくりましてね。

 吹き出しがグレーになった場所で這いつくばって、どうにか池塘を見付けましてね。


 腹は下ったとも。




 解毒効果のあるアデク草、殺菌作用のあるカズー草、殺虫薬になるダミド草が近くに生えていて同定に成功していなければ、脱水死してたと思います。

 そうですね池塘からポップしてた吹き出しを無視したのが敗因です。農大菌漫画を完結まで追ってたのに、なにやってんでしょうねー。


 いや薬草齧りながら落ち着いて考えてみたら、食中毒や水中りが草で治るのはおかしいんですがね。機序が異なるということは、やっぱり此処は異世界なんだと思います。


 濾過や煮沸をしようにも、火種も道具もありません。正に徒手空拳。いやそうじゃなくて。


 仕方がないので、吹き出しのリポップを減らしつつ、周辺環境の同定に勤しみながら、やべー水と薬草トリオと生食可能なファファニー草をもしゃもしゃやって、人類を探し続けているわけです。


 木靴の中が血まみれになりました。今はキクスという止血草を詰め込みまくっています。ギブミー靴下。




 少しずつ高原地域の行動半径を広げ、どうやら人家らしきものを発見して助けを求められたのは、環境吹き出しのポップ頻度が一秒当たり数個になった頃。


 恩人たちの謎言語も吹き出し表示されるのを見て、どうやらこれは鑑定スキルの一種だと気付かされた。




 自然物がおしゃべりしてくるファンタジーだと思ったんだけどなあ。


閲覧下さりありがとうございました。

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