41)樋口が決めたこと
玄関先に人が溢れた。蓮兄も柊ちゃんも隣に帰るようだ。
美羽っちは家の中から会釈した。樋口も同様にする。
「じゃーな1年。」
「岩崎さん、俺、樋口です。樋口。」
樋口が柊ちゃんに言い放つ。柊ちゃんはそれを背中で受け取って、右手を軽く上げると
家の中に消えて行く。蓮兄は、言いたげな雰囲気を持ちつつ無言なまま立ち去ろうとする。
「岩崎さん。」
それを引き止めたのは、樋口だった。
蓮兄はゆっくりと足を止め、振り返る。
「俺、美羽さんが幸せになってくれると良いと思います。」
「・・・。」
「貴方以外がそれをしてくれると、俺は幸せだったと思えると思いますけど。」
「俺以外はあり得ない。」
・・・樋口。
今、言葉の端々に過去形が見えてたよ。
樋口が歩き始めたのに、あたしは今の言葉を解釈しようと頭が回転していて一歩を踏み出せない。
「甘糟。」
樋口の左手があたしの手首を引いた。
住宅街から駅前に続く通りに出ると、煌々とネオンが光っていた。
その通りまで来て樋口は立ち止まる。
あたし達は手のひらを重ねていた。
「甘糟に言っておきたい事があって。」
(あたしも聞きたい事があるよ。何で?どうしてあたしと手を繋いでるの?)
「俺、9月から家の近くにある公立の定時制に通う事にしたから。」
繋いだ指を、樋口の親指が擦った。
「定時?」
「・・・うん、やっぱり学費とか厳しくて・・・。匠達もちゃんと高校までは出させてやりたいし。」
ちょっと
ちょっと待ってよ。
何で?何で色んな事が樋口の中では、完結してるの?
美羽っちの事も終わり?双葉も終わり?最後だから、うちに来たの?
「どうしてっ!!」
あたしは繋がれた右手を振り解こうとする。それは叶わなくて、樋口の胸の中に引き寄せられる。
何だか解らなくて、急な事で解らなくて、あたしは自由な左手で拳を作り、樋口の胸を何度か叩いた。