32)チャンス
美羽っちは朝、学校に着くと鞄を教室に置き、先ず園芸部が育てる花壇に水やりに行く。
これは日課だった。蓮兄がここに付き添う事はない。
蓮兄フリークの人達から美羽っちが被害を被るのを避けるため、真希ちゃんが蓮兄を留めたから。
勿論、この事は樋口も知ってる。
知ってて3階にある1年の教室から、愛おしそうに見てるんだ。
「おはよ樋口。」
あたしはそんな樋口の後ろに立った。
「おぉ。」
気恥かしいのか、樋口はあたしから離れようとする。
「下に行けば良いじゃん。」
「別に良いよ。」
「・・・樋口は、どうなりたいの?」
その問い掛けに答える気が無いのか、そのまま歩みを続ける。
それをあたしは追った。
「高校一緒になりたくて追いかけてきたのに、ただ黙って見てるの?良いの?」
「・・・。」
「蓮兄は美羽っちの特別になりたいって、抱きしめてキスしてセックスしたいって。樋口の中に
そういう感情はヒトカケラも無いの?」
「・・・何でわざわざ、そういう事言うの?コクる程親しくもなってない俺、煽ってどうすんだよ。」
「親しくなろうって努力してるの?」
樋口の視線が泳いだ。
此処が押し所だ。間違えちゃいけない。
あたしは鞄の中からチケットを取りだす。
パパがお客さんから貰ったとくれた映画のチケットだった。
「4枚ある。あたしは美羽っちを誘うから、アンタは誰か友達、カッコイーの限定だよ。誘って。」
あたしは2枚を樋口の手に押しつけた。
思わず触れた手に心臓が逸る。
「良いのかよ。岩崎さん達と行きたいんじゃねーの?」
「あたしにも出逢いのチャンスをちょうだいよ、樋口。」
あたしは歯を見せてニカッと笑って見せた。
その後、連絡を取り合う為の携番とメアドを交換する。
登録された樋口の名に、妙にソワソワするあたしのこの気持ちは又も理解不能の域だ。