友瀬さんは口を滑らせてしまいました
◇
由佳ちゃんから『遅れそうだから先に行っていて』という連絡を受けたわたしは、ひとりで多目的ルームへ向かった。
「……?」
なんだろう、室内がやけに盛り上がっているような?
「おはようございます」
少し力を入れただけで、カラカラと軽い音を立てながら開いた扉の向こう側では……染矢くんがあちこち駆け回っていた。
いや、走り回って暴れているというわけではなく。
あちこちで会話に混ざり、時に王子くんにツッコミを入れながら、会の運営をお手伝いしていたのだ。
「あの、染矢くんって有志のメンバーでしたっけ……?」
「あ、友瀬さんおはよー。ううん、違うよ。朝から王子くんと一緒に来て、いろいろ手伝ってくれてさ。そのまま流れであんな感じに」
「そう、ですか。あ、由佳ちゃん――姫乃さんは、用事で少し遅れると連絡が」
「姫乃さんは、遅刻……と。おっけー了解、ありがと。ところで友瀬さん、そめやんに何か用事でもあった?」
「そめやん?」
「うん。なんかあたし、正直見た目でちょっと敬遠しちゃってたんだけど……そめやん、ホントはすっごいいい奴でさ。今日だけでみーんな、そう呼ぶようになっちゃった」
やっぱりみんな、ちょっと見た目が怖いなって思ってたんだ……。
いや、だからって安心しちゃだめだよ、わたし。
失礼なことしたのに変わりないんだから。
「ねー王子くん、そめやんって昔からあんなチンピラみたいな見た目なの?」
「誰がチンピラじゃい、誰が」
「中学まではあんな子じゃなかったんです。豊彦は、本当はとってもいい子なんです……!」
「お前は俺の何なんだよ」
「幼馴染だけど?」
「うん、それはそうだな。……いやそうじゃねぇだろ!」
「ふふっ」
「ね、友瀬さん。そめやんっていい奴でしょ?王子くんも……なんか思ってたのとは少し違ったけど、いい人だし」
「そうかも、しれませんね」
受付をしてくれた女の子にそう言われて、わたしは頷いた。
「でも実際、豊彦はいい奴だよ。髪長いのだって、ヘアドネーションしてたからだし」
「へー、そうなんだ」
「いやなんかこう、いちど伸ばしたら、なんとなーく未練が……」
ヘアドネーションとは、平たく言えば子供向けウィッグを寄付する慈善活動のことだ。
事故や病気が原因で髪が生えない子供のために毛髪を寄付して、それを集めて作ったウィッグを無償で提供している。
「わかるなぁ。あたしも中学のとき、一気に短くしようとして躊躇しちゃったもん」
「ヘアドネーションってたしか、結構長さ要るんじゃなかった?乾かすのとか大変だったでしょ」
「あーまぁ、長い時だと腰ぐらいまであったかも?」
「うそー!女のウチでもそんなに伸ばしたことないのに!」
「いまは見る影もないけど、小さい頃の豊彦の髪は凄く綺麗でね。女の子に間違われたこともあったんだよ、いまは見る影もないけど」
「おいコラなんでいま二度言った」
「さすがにチンピラは可愛くも綺麗でもないかなぁ。あ、でも背はそんなに伸びてないよね」
「おう表出ろや!」
「キャーッ、誰か男の人呼んで!」
「お前は男じゃろがい!」
「ねぇ、まさかとは思うんだけどさ。舐められたくないからチンピラスタイルになったわけ?」
「ゔっ……なぜばれたし」
「はっはっは、男兄弟の紅一点を舐めてもらっちゃ困るわね。男子の考えることなんて、あたしにかかればお見通しよ」
「……本当は、もう少し大人しめになるはずだったんだよ。気付いたらガッツリ剃りこみ入れられてただけで」
「今はあまり目立たなくなってるし、早めに整えちゃったほうがいいわよ」
「そうします……」
しょんぼりしている染矢くんを見て、何か話題をそらしてあげたくなって。
つい、気になったことを聞いてしまった。
「じゃあ変な柄のシャツも、サングラスもそうなんですか?」
「変な柄とは失礼な!って、友瀬さんか。おはよう」
「おはようございます、染矢くん」
「……ねぇ友瀬さん。ちょっとこっち来て、席に座って」
「はい、いいですけど……?」
受付の女の子に促されるまま、わたしは王子くんたちが集まっているグループに加わった。
「友瀬さん、いまのそめやんは何を着てるように見える?」
「無地の白いTシャツです」
「じゃあ、サングラスはしてる?」
「いいえ」
「このクラスで私服着て集まるの、今日が最初よね?」
「はい、たぶん?」
「友瀬さん、グラサン柄シャツのそめやんとはどこで会ったのか、聞いてもいいかしら?」
「!」
しまった。
「えー!ふたりともそういう感じなの!?」
「入学ひと月足らずでもうデートを……?」
「うそだろ、友瀬さん」
「涙拭け、そして新しい恋を探しな」
「なになに、何の騒ぎ?」
「いや、そめやんと友瀬さんがさ……」
どうしよう、どうしよう、なんて返せば――
「……水臭いじゃないか、豊彦!教えてくれないなんて、僕らの友情はそんなものだったのかい!?」
その時、王子くんが大声をあげて染矢くんに詰め寄った。
王子くんは染矢くんの両肩をしっかり掴んで、激しく揺さぶっている。
……あれ、いまなにか、ふたりがアイコンタクトをしたような?
「おう、心の友よ。俺らが出会ってから今まで、俺が惚れた女をお前に教えなかったことがあるか?」
「ないね」
王子くんは自信満々に、そして誇らしげに否定した。
「俊一よ、俺の恋愛遍歴を言ってみろ」
「彼女いない歴=年齢で、告白された経験なし。いままでに玉砕が三人、告白前に好きな人がいるってわかったのが一人、すでに彼氏持ちだったのが一人、それから幼稚園の……」
「待て、ストップ、シャラップ、口を閉じろ!そこまで言えとは言っとらんだろうが!」
「自分で言えって言ったんじゃん、つまんないなぁ」
「おま、人の恋路を何だと」
「こと豊彦のそれに限っては、少なくとも他人事ではないね」
染矢くんは大きく溜息を吐いてから、王子くんの目をしっかり見据えて言葉を続けた。
「で、俺がお前に言ってないってことは?」
「うん。ふたりはそういう関係じゃないってことだね」
「……と、いうわけだ。皆さんご理解いただけたかな?」
胸を張ってそう主張する染矢くんの目には、うっすらと涙がにじんでいた。
「あー、うん、あたしが悪かったよ……」
「そめやん涙拭きな?」
「チョコ食べて元気出して」
チョコを受け取った染矢くんは続けた。
「友瀬さんには偶然、買い物に行った先で会ったんだよ。だよね、友瀬さん?」
「は、はい、そうですね」
嘘は言っていない。
「あら、みんなどうしたの?」
「あ、姫乃さんだ」
「由佳ちゃん!」
なんとも言えない空気に包まれてしまった会場に、遅刻していた由佳ちゃんが到着した。
扉の近くで困惑している由佳ちゃんが救世主のように見えて、思わず抱き着いてしまった。
「どうしたの、なつきちゃん?」
「ううん、何でもない」
「そう?」
由佳ちゃんは何か言いたそうにしていたけど、クラス会の主催が音頭を取り始めてしまった。
「さて。姫乃さんが来て、これで全員そろったかな!」
「そうね、そろそろ始めましょうか」
こうしてようやく、A組B組合同のクラス会が始まった。
……約一名の犠牲を出して。
ごめんね、染矢くん。
◇
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