染矢くんは友瀬さんに嘘をつきました
「……あのー、お取り込み中すみません」
後悔に打ちひしがれている俺に声をかけたのは、受付の向こう側にいる巫女さんだった。
営業スマイルを顔に浮かべてはいるものの、彼女の目の奥は少しも笑っていなかった。
「後ろがつかえてますので、どうか――」
恐る恐る振り返ると、そこには受付の順番を待つ大勢の恋する乙女の姿が。
そして、彼女たちの責めるような視線は、ほぼ俺にだけ注がれていた。
いや、まぁ、友瀬さんと俺が並んでたらそうなりますよね……。
この見た目チンピラが、邪魔な位置に居座り続けたわたくしめが悪うございます、はい……。
「ごめんなさい、すぐに退きます」
「え、ちょっと友瀬さん!?」
言うが早いか、友瀬さんは俺の胸倉を掴んで足早に歩き始めた。
「ちょ、シャツ伸びる!友瀬さんシャツ伸びちゃう!これ結構気に入ってるやつなんだけど!」
俺の悲痛な叫びには一切耳を貸さず、友瀬さんはどんどん前へ進んでいってしまう。
……ああダメだこれ、放してもらえないやつだ諦めよう。
神社の敷地の外、駅に向かうバス停の近くまで引きずられたところで、俺はようやく解放された。
しかし、状況は一切好転していないどころか、むしろ悪化しているとまで言える。
友瀬さんによる、俺に対しての尋問が再開されたからだ。
「由佳ちゃんが想い人じゃないなら、いったい誰が相手なんですか」
「その話まだ続くの!?」
「いったい、誰が、相手なんですか」
「いやぁ、友瀬さんに言う必要はないような……」
「いいえ、あります。由佳ちゃんに危害が及ぶ可能性が、少しでもあるなら」
「そんな横暴な!?」
「相手がいないとは言わせません。わざわざここに参拝して、しかもさっきは恋愛成就守りを選んでいたんですから」
「うっ……」
なぜ、俺が俊一を応援するにあたってこの神社を選んだのか。
なぜ、お守りの名目が“縁結び”ではなく“恋愛成就”なのか。
なんとこちらの神社、御利益が“特定の相手と結ばれる”ことに特化しているのだ。
その尖りっぷりは、専門家に『ただの縁結びなら他所に行け』と言わしめるほどである。
まぁ実際にはイメージ戦略的なアレらしいので、縁結びや交通安全、無病息災などのお守りも普通に並んでいる。
だからこの神社で普通の願い事をしても何ら問題はないし、ここに来たというだけならまだ言い訳もできただろう。
だが俺はさっき、わざわざ友瀬さんと同じ恋愛成就守りを選んでいた。
ここから言い逃れようというのは少し、いや、かなり無理がある。
「さぁ染矢くん、白状してください。神様に頼ってまで付き合いたいと思ってしまう、身を焦がすような恋の相手を!」
どうすんだこれ!?
……本当のことを話すか?いや駄目だろう、信じてもらえない可能性があるし、仮に信じてもらえたとしても、俊一の想いが友瀬さん経由で姫乃さんにバレてしまうかもしれない。
俺がもっと友瀬さんに好かれて、いや、嫌われていなければ、多少は協力してくれる可能性があったかもしれないけど……。
じゃあ、適当な誰かの名前を言う?それも多分、意味はないだろう。
嘘をついてでっち上げたところで、きっと後々ボロが出てしまう。
いまの友瀬さんなら俺が挙げたその人について根掘り葉掘り聞いてくるだろうし、そうなったら嘘だとばれた時が怖い。
……いや待てよ、ひとつだけあるかもしれないぞ。
誰にも俊一の恋を悟られず、かつ、この場を切り抜ける方法が!
「さぁ、染矢くん。相手は誰なんですか!」
ええい、これしか思いつかん、もうどうにでもなぁれ!
「どうしたんですか染矢くん、急にわたしを指さしたりして……?」
「俺の好きな人は……友瀬さん、あなたです」
これが、俺の導き出した答えだ。
「そうですか、染矢くんの好きな人はわたし……はい?」
状況をようやく飲み込めたのか、友瀬さんの顔がみるみる赤く染まっていく。
「な、ななな、なにを言ってるんですかあなたは!?」
「だから、俺は友瀬さんのことが好きだって言ったんです」
「それはわかりましたけど!」
「じゃあ、何がわからないんです?」
「そ、それはその、ですね……ぇえと、そう!染矢くんあなた、嘘ついてますね!きっと由佳ちゃんに近付きたくてそんなことを――」
「気持ちを嘘だって言われるのは、流石にちょっと傷つくかなぁ」
「うっ……」
あ、いかん、ちょっと追い詰めすぎたかもしれない。
友瀬さんが今にも逃げ出してしまいそうだ。
この状況、俊一の恋路に影響が出ないように切り抜けるためには、即興で作り上げた設定をきっちりと、一から十まで彼女に理解してもらわねばならない。
だから否が応でも、今からする説明を最後まで聞いてもらう必要がある。
絶対に逃がしはしない。
たとえどんな手段を使ってでも……!
「か、かか、壁ドン……」
「友瀬さん、落ち着いて。お願いだから、ちゃんと俺の話を聞いて」
「ひゃい……」
ここからが勝負だ。
気合いを入れろ、染矢豊彦。
「……友瀬さんにも、誰か居るんでしょ。付き合いたいくらい好きな人が」
「な、なにを言って――」
「さっき、自分で言ってたじゃないか。わざわざここに来て、俺と同じお守りを選んでるんだからさ」
「……あっ」
そう、そうなのである。
この神社に来たということは、彼女にも居るはずなのだ。
神様に縋りたくなるほど恋焦がれる相手が。
……いやほら、俺のことは一旦置いといてさ。
いくら親友を思っての行動とはいえ、他人の恋を応援するために来るような場所ではないんだここは。
つーか、そんな奇妙な人間が俺以外にいてたまるか!
話を戻そう。
普段の学校での様子、そして神社で遭遇してからの反応を見るに。
友瀬さんの恋する相手は、少なくとも俺でないことは明らかだろう。
つまり、このストーリーの主要な登場人物は『俺』『俺に好かれている友瀬さん』『友瀬さんに好かれている誰か』の三人だ。
自分自身の恋路に加え、俺から不意打ちの告白を喰らった友瀬さん。
この特大の情報爆弾を受けて、果たして親友の姫乃さんや、ほぼ接点がないであろう俊一のことにまで頭が回るかな?
少なくとも俺は無理なんじゃないかと思う。
どう見積もっても多少の時間は稼げるだろうし、ここから俊一に被害が及ぶ可能性はかなり低い。
……よし。
とりあえずもう、逃げられることはなさそうだ。
俺は友瀬さんから少しだけ距離を取って、話を続ける。
「俺はさ、友瀬さんのこと応援してるから。友瀬さんが幸せになってくれれば、それでいいから」
これこそがかつて俊一に告白し、儚くも玉砕していった女子たちが遺した言葉!
マジモンの失恋ネタだから解像度が尋常じゃないくらい高いぞ!
女子の発言から引用してるので、男の俺が言うと若干アレかもしれないが……そこはご愛敬だ!
「だから……せめて、友達でいさせてくれないかな?」
この作戦の良いところは、俊一の恋がバレてしまうという危機の回避ができるだけじゃない。
もし、彼女が俺に抱くイメージを『苦手な男子』から『自分を好いてくれている男子』にすり替えることができたら。
友瀬さん経由で、少しでも姫乃さんとの繋がりを作ることができたなら。
この行動は巡り巡って、いつか俊一の助けになるかもしれない。
俺の手札はこれで全部だ。
さぁ、どうなる……?
「……じゃあ、染矢くんはほんとに、由佳ちゃんを狙ってるわけじゃないんですね?」
よし、作戦成功!
……いやだめだ、まだ笑うな疑われちゃう。
なんか言って誤魔化さなきゃ。
「まだ言うの?また壁ドンしようか?」
「と、とにかく!あの子に集る害虫は、わたしが許しませんから」
「うん、肝に銘じます」
「……じゃ、じゃあ私はこれで!」
友瀬さんは、ちょうど停留所にやってきた駅前行きのバスに飛び乗ると、そのまま行ってしまった。
バスが通りの角を曲がり、完全に見えなくなったのを確認した俺は、その場で崩れ落ちた。
「っはぁ~…………」
あぁもう、めちゃくちゃ疲れた!
他人の恋を応援するのってこんなに大変だったかなぁ!?
……いや、以前もそうだったな。
とにもかくにも。
「切り抜けた、って考えて大丈夫だよな?」
一時はどうなるかと思ったが、ひとまずの危機は去っただろう。
……たぶん。
「なんにせよ。とにかくこれで、心置きなく俊一にお守りを渡せる……ん?」
俺は気付いてしまった。
「友瀬さんも俺も、まだお守り受け取ってなくない……?」
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