染矢くんは協力関係を持ち掛けられます
いや、いまなんつった友瀬さん?
よかった……?なんで?なにが?なぜに?
…………俊一の想い人が姫乃さんでよかった?
まさか。
「いやいやいやいや……」
まさか、そんな。
……嘘だろ?
「あのー、友瀬さん?つかぬ事をお聞きしたいんですけれども」
俊一に恋してるのは。
「まさか、まさかとはおもうんだけどさ」
友瀬さんじゃなくて。
「俊一のやつ…………両想い?」
友瀬さんは笑顔を浮かべて、涙をぬぐいながらゆっくりと頷いた。
「マジかよ……」
……姫乃さん。
はえ〜、はぁ、そうですかぁ……。
…………えぇー?
「〜〜〜〜〜〜〜…………………………」
いまの音は何だ、だって?
こっちが聞きたいわ、出所は俺だけど。
「……じゃあ、友瀬さんは俊一が好きなわけじゃないんだね?本当に、本っ当に、友瀬さんは失恋したわけじゃないんだよね?」
俺は最後にもう一度だけ、念押しして聞いた。
「え、えぇ……そうですけど……?」
友瀬さんは少し訝しみながら、そう答えた。
…………あぁ、よかった。
「あぁ、よかった!」
思わず、天を仰いで叫んだ。
「!?」
「あっ、ごめん。びっくりさせちゃった?」
「い、いえ……」
「ホントにごめん。あぁでも、本当に良かった」
失恋なんて、あんなに辛い思いなんて、しなくて済むなら絶対しない方がいい。
「俊一の初恋も、友瀬さんの恋心も……全く予想してなかったけど、姫乃さんの恋まで、ぜーんぶ無事。考えつく限り、最高の結果じゃないか……!あーもうほんっと、最っこ――うゎだぁっ!?」
「染矢くん!?」
ベンチに座ったまま思い切り伸びをしたら、勢い余って後ろにひっくり返ってしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫……」
「……ふふっ、うふふっ、あはははっ!」
盛大にコケた俺を見て、友瀬さんは笑い出した。
気持ちがいいくらい、涙も流しながらの大笑いである。
「ちょっと!友瀬さんひどくない!?」
「ちが、そうじゃなくて……んふふっ、ごめんなさ…………ふふっ」
ふと、俊一の顔が頭をよぎった。
試合のことを思い出したのもあるけど、重要なのはそこじゃない。
あいつが、姫乃さんがいかに素敵な女性であるかについて独白した時のことを思い出したんだ。
『――妖精のような笑い声』
俺もいま、全く同じ感想を抱いた。
ただひとつ違うのは、俺の相手は姫乃さんじゃなくて……。
――ピリリリリリリ!
「……まずい」
友瀬さんはそう呟いて、一気に顔を青ざめさせた。
さっきまでの、花みたいな笑顔は見る影もない。
「もしもし?あのね由佳ちゃん、その――」
どうやら、電話の向こうの姫野さんに何か、言い訳をしようとしているみたいだ。
「――え?うん、見つかったけど……うん、うん。ありがとう、じゃあね」
友瀬さんは拍子抜けした様子で通話を切った。
「どうしたの?」
「いえ、その。由佳ちゃん、さっきは『ひとりで置いて行かれたー!』って不機嫌になってたので、いまの電話も絶対に怒ってると思ったんですけど……」
「特にそんな様子はなかったと」
「はい」
俺は、さっきから視界の端に映っていた、すぐそばの時計塔に目をやる。
「あー、多分だけど……俊一の試合、もう始まってるんじゃないかなぁ」
「……なるほど」
気付けば、観客席を離れてから随分と時間が経ってしまっていた。
もし試合が始まっているなら、姫乃さんはいま、コートで躍動する俊一を堪能するのに忙しいのかもしれない。
……いや待てよ、そもそもの話。
「友瀬さん、姫乃さんをひとりで置いて、こんなとこまで何をしに……?」
「それは、染矢くんを探しにですけど」
「……いまみたいに、電話すればよくなかった?」
「そ、それは……」
心なしか、彼女の顔がすこしだけ赤いような気がした。
「それは……?」
――ピリリリリリリ!
「…………もしもし?……うん、そうなの?よかったね……うん、わかってる。すぐ行くから。じゃあね」
電話越しの姫乃さんは相当に興奮しているのか、スピーカーにしていないのに俺の方まで音が聞こえてくる。
さすがに、何を話しているのかまではわからなかったけど。
「姫乃さん、なんだって?」
「……その、王子くん、シュートを決めたそうです」
友瀬さんは、なんともいえない表情を顔に浮かべて言った。
「そっかぁ……」
俊一の活躍は俺も嬉しい、嬉しいけど。
うん、まぁ……姫乃さんが幸せそうならいいんじゃないかな……。
「……また電話が来ちゃう前に、戻ろっか」
「そうですね……」
揃って微妙な表情を浮かべたまま、俺たちは無言で歩き出した。
「さっきの、染矢くんを探しに来た理由なんですけど」
「うん」
友瀬さんがおもむろに口を開いた。
てっきり有耶無耶で終わると思っていたのに、どうやら話してくれるつもりらしい。
「さっき、みんなが帰っちゃって……染矢くんが傷ついちゃったんじゃないかと思って」
「俺が?」
「はい。その……もし由佳ちゃんが誰かに傷つけられそうになったら、相手がクラスメイトでも誰でも、わたし……怒ってその人に噛みついちゃうと思うんです」
「……うん」
実際噛みつかれたからね、と言いかけたけど耐えた、偉いぞ俺。
「でもそういうときって、由佳ちゃん自身よりむしろ、わたしの方が傷ついてることも多くて」
「……優しい人なんだね、友瀬さんは」
「それはたぶん、染矢くんも同じですよ?……少なくともわたしは、あなたのことを優しい人だと思ってます」
俺の少し前を歩いていた友瀬さんが立ち止まって、こっちを振り返った。
「大丈夫です。わたしはあなたの味方ですよ、染矢くん――」
じっと見つめられ、そう伝えられた瞬間、急に視界がぼやけた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「え?……何が?」
「だって染矢くん、泣いて……」
そう言われて、俺は自分の頬に手を当てた。
確かに濡れている。
しかもどうやら、原因は汗じゃなさそうだ。
「……なんでだろう、自分でもわかんないや」
「どこかに座って休みますか?具合が悪いとかは?」
「いや、大丈夫……だと思う」
「本当に?」
「本当に。でも……それじゃあ少しだけ、ゆっくり歩いてもいい?」
「もちろんです。何かあったら、すぐ言ってくださいね!」
「……ありがとう」
……本当は、どうして涙が流れたのか、わかっていた。
自分の気持ちを……恋心をはっきりと自覚して、同時に失恋したんだから。
そりゃあ誰だって、情緒がどうにかなるよな。
今日が終わったら、しばらくは……友瀬さんと深く関わるのは避けよう。
たぶん、この気持ちのまま彼女と仲良くなるのは、俺の心がもたない。
でもせめて、いまだけは……もう少し、ふたりきりで過ごしていたい。
さんざん俊一のために気を揉んだんだから、そのくらいの我儘は許されるよな、神様?
ふたりでとぼとぼ歩きながら、俺はそんなことを考えていた。
……もちろん、会話なんてできるはずもない。
「あの、染矢くん」
「なに?友瀬さん」
「その……ひとつ、お願いを聞いてほしいんです」
「お願い?」
いやな、予感がする。
「わたしたちで、あのふたりが――由佳ちゃんと王子くんが幸せになれるように、協力しませんか?」
あぁ、やっぱりそうだ。
これから先、俊一と姫乃さんが付き合うまで……ひょっとしたら、それ以降も。
俺は彼女に、友瀬さんに向き合い続けないといけない。
あぁ神様、アンタってやつはなんて残酷なんだ。
「もちろん!」
俺は精一杯、明るく聞こえるように返事をした。
「……うふふ。じゃあ、決まりですね!」
友瀬さんはそう言って、俺に左手を差し出してきた。
小指だけを伸ばした左手を。
「……うん」
自分の左手の小指を、彼女のそれに絡める。
「「ゆーびきーりげんまん、うっそついたら――」」
……惚れた相手の頼みなんて、断れるわけがないだろう。
◇




