どうやら永源寺ダム方面に辿り「着かなかった」っぽい
道沿いに進むと正面に崖の壁が見え始めた。手前にある川を縦断している赤い欄干の橋を、ゆるゆると渡る。道は荒れ果てていて、轍が残っているくらいにうっすらと砂利が積もっていた。崖の壁には落石予防網が張られているものの、ところどころ剥がれ落ちかけているのはいかがなものか。
ぎょっとしたのはそこに、パジャマ姿の子供の手を引く老人の姿があったことだ。近づくこちらを避けるように後ろに下がってくれる。なんだろう、この周辺は真夜中に散歩する慣習でも根付いているのか。夜泣きするような年嵩の子供にも思えなかったが、ともかく薄気味悪かったので目を逸らしつつ崖に面する上り坂を進む。
左手は崖で、右手にはガードレールがところどころ欠落して続く一本道。窓を開けると川の流れる音が聞こえてくる。対向車が来たらすれ違えないなと、遥か彼方に続くだろう道に見当をつけてヘッドライトの有無に注意するものの、見かけたところで待機場所がないのだから、とにかく先に進むしかない。すぐにそれは杞憂に過ぎないとわかるわけだが。
それほども進まぬうちに、崖から網が剥がれ落ちていて道路に雪崩れ落ちていた。幸いにして退避ゾーンがそばにあったので車を降りて確認に向かう。落石どころか網が覆いかぶさってくる想像に、そもそも侵入禁止にするべき道じゃあないのかとこれ以上の進行断念をようやく決意。踏み抜いて先に向かうことは可能だろうし、事実、轍の跡が先に続いていたが、この先はさらに険しくなるはずだろうから潮時だ。タバコに火を点けつつ携帯を見ると深夜二時だった。
さて、戻り始めたは良いが、ゆけどもゆけどもあの橋が見えてこない。ただの一本道のはずなのに、行きは右手、今は左手にあるはずのガードレールが無く、同様に崖も姿を消している。通行できる道ではあるのだけれど、身の丈より高い雑草が左右から覆いかぶさってきて、ライトの明かりを全て受け止めてしまい先が見えない。こんな道を進んでも元の道はおろか市道県道にすら戻れないのではないかと焦り始めたその時、カーナビが「次、左です」と新しい指示を出してきた。
雑草の向こう側に道があるのかどうかも疑わしい上に、画面は未だ三角を映すだけだったが、左手が川なのは間違いないのだからと、この後に及んで信じて進む。が、唐突に現れた門にブレーキを踏み込み急停止した。白いペンキが錆で剥がれ落ちたその門は、ごつい鎖で固く縛られていて、もうそれだけで薄気味悪い。もうこれは私道だろうと、ずっとバックで戻る決意を固めてギアを変え、後ろを振り返ったその時だった。カーナビが最大音量でがなりたて始めた。
五キロ以上道なりです五キロ以上道なりです五キロ以上道なりです五五キロ以五キロ以上道五キロ五キロ以上道な五キロ以上道なりです五五ゴゴゴゴゴゴキロ以上道な道な道なりです
カーナビを電源もろとも落としてサイドブレーキを引き、車内ライトを点けた、のはなぜだったのかわからない。心臓が早鐘を叩いて怖気が体を震わせ、とにかく息を吸うことに専念する。震える手で取り出した携帯は圏外。これ以上じっとしていられない、と車を下がらせ続けると、気づかなかっただけなのだろうが折れる道があった。何度も切り返し続けてUターンが成功。戻りはクリープ速度だけで進む。強張った両手がハンドル操作を誤らせそうだったからだ。