3 監視
晩餐会からの帰り道は、むくれるセレスの機嫌を取るので大変だった。
「ユウキは私よりお金の方が大事なのね」
たかが若者の見栄に付き合うくらいで大袈裟な、と俺は思ったが、正直に口にするとますますセレスが臍を曲げそうなので、それは言わずに黙っておく。
代わりに俺は何とか機嫌の回復を試みる。
「まあまあ、少し王都に到着するのが遅れるだけじゃない。別に急ぐ旅じゃないんだし、ここまで掛かった旅費を清算してもまだお釣りがくるくらいの報酬を払うって言うんだから引き受けないわけにいかないでしょう」
「自分が相手にするわけじゃないから気楽に言えるのよ。彼に気を遣うのは私なんですからね」
セレスはそう不満を述べるが、あっちの世界では接待くらいできないと社会人としては務まらない。当然、俺にだって経験はある。
だが、そんなことは説明しようがないので、別のことを指摘する。
「それに王都に着いたら色々と入り用になるんじゃない? 住む家を借りるとか、日用品を買い揃えるとか。お金は幾らあっても困らないんじゃなくて?」
「うっ、それはそうだけど……」
よし、勝った。このまま一気に丸め込もう。
「冒険者の活動だって軌道に乗るまではどうなるかわからないわけでしょ? 蓄えは多いに越しはことはないじゃない。むしろ、気前の良いヴィクトル様には感謝よね」
「……言っておくけど、『妖精の園』みたいな真似は二度としないわよ。あれはあの時だけですからね」
ハンマーフェローでのキャバクラ嬢体験を引き合いに出しながらセレスがそう釘を刺す。
さすがに俺もそこまで彼女を酷使する気はない。
「わかってるわよ。あくまで今回の依頼は護衛なんだから」
「本当にわかっているんだか」
セレスはまだ何か言いたそうだが、俺は強引に話の矛先を変える。
「ところでセレスは巻狩をしたことはあるの?」
「まあね。クーベルタン領でも定期的に行われていたから。父や下の兄の目を盗んで何度か同行したことはあるわ」
要は勝手に付いて行ったということだろう。
「どんな感じ?」
楽しいわよ、とセレスは答える。自分が追い込む役じゃなければ、と付け加えた。
「領主や身分の高い者は馬上で獲物が現れるのを待つだけだもの。呑気なものだわ」
大変なのは勢子達だとセレスは言った。
「森や林の中を駆けずり回るわけだから基本は徒な上に、反撃に遭って怪我をする恐れもある。かといって自分達で仕留めてしまうわけにもいかない。待ち構える狩り役の安全を考えればある程度弱らせることも必要だし、そこら辺の加減が難しいところよ。その分、上手くやって偉い人達を喜ばせることができれば褒美は弾んで貰えるはずだから、彼らも張り切るんだけどね」
当日の俺達の役割は当主代理であるヴィクトルに騎馬で随行して、間近で見守ることになりそうだ。
建前上は護衛だが、周辺は精鋭の領軍兵で固められることになるだろうから出番はまずあるまい。
話を聞いてミアも当日が楽しみになった様子で、瞳をキラキラと輝かせている。
この分だと自分も狩りに参加しかねないので、俺達は付いて回るだけだとよく言い聞かせておかなければ。
何にしても自分達が手出しする必要がないというのは気楽なものだ。
俺は隣に坐るミアにこっそりと耳打ちした。
「どうせ次期領主様はセレスさえいれば良いんだろうし、私達は優雅に観覧させて貰おうか」
「ん、明後日が愉しみ」
『マスター、何者かが後を付けております』
出発を延期して思いがけず予定が空いた翌日。
巻狩が行われる明日までは特にやることもないので、俺達は市内見物を兼ねて散策に繰り出していた。
市場で美味しそうな果物を物色する傍ら、新鮮な野菜たっぷりのバインミー風の軽食に広場のテラス席で舌鼓を打つ。
そんな最中にアルが心の声で警告を発した。
相変わらず彼(彼女?)は優秀だ。
『場所はどこ?』
俺も頭の中で問い返す。
アルが告げた広場の端にさりげなく視線を移すと、確かにそこには一人の男が立っていた。
もっとも刑事ドラマのように、ひと目で怪しさ満載というわけではない。
身なりはごく普通で、見ているのもあらぬ方角だ。
俺ならたぶん気付かなかったに違いない。
『宿を出た際、傍にいた者の一人です。ただ、それだけでは不信とは思えなかったので、しばらく観察しておりました。報告が遅れて申し訳ありません』
『いや、充分だよ』
これまでのことを踏まえてもアルの判断を疑う余地はない。
〈そうなると、どうしたものか……〉
まず俺達を付ける目的がよくわからなかった。
可能性として一番高い、というより他に思い付かないのはセレスを狙ったものだ。
昨日まではこんなことはなかった点を考えると、やはり領主館に招かれたことがきっかけと見るべきだろう。
わからないことを悩んでいても仕方がないので、俺は二人に打ち明ける。
「二人共、そのまま聞いて。見張られているわ」
「見張られている……?」
それを聞いた途端、ミアが落ち着きをなくして周囲を見回そうとしたので、俺は急いで止める。
「ミア、見ちゃダメよ」
すると、今度はピンと背筋を伸ばして椅子に腰掛け微動だにしなくなる。耳だけが堪え切れないのか、ピクピクと動いていた。
多少不自然ではあるが、遠くから眺めている分には気付かれないだろう。振り向かれるよりは全然マシなのでそのままにしておく。
ミアのことは一旦脇に置き、セレスに男の位置を教える。
「見憶えはないわ。見張られているのは確かなの?」
「アルがそう言っている」
男の姿を自然に視界の端に捉えたセレスが、だったら間違いないわね、と呟き、軽く溜め息を吐いた。
「心当たりはない?」
俺は訊くが、セレスは少し考えて、ないと思う、と答えた。
「あるとすれば私個人というより、家のことでしょうね」
「クーベルタン伯爵家の令嬢とローラン子爵家の次期領主が会ったことが原因?」
「そう考えるのが一番妥当でしょう」
それにしても不可解だとセレスは言った。
「貴族が他家の領地を訪れて招待されるなんてことは珍しくないもの。むしろ、しない方が問題だわ。そんなことでいちいち監視なんてしていたら人手が幾らあっても足りない」
「ローラン子爵家が見張っているということは?」
念のため、俺はそれも訊いてみる。
「皆無とは言えないけど、可能性は低いと思う。ヴィクトル様の望み通り、巻狩には参加することにしたんだし、私達がそれを反故にして逃げ出す理由もない。私達への安全対策なら一人では意味がないし、それほど領内が不穏にも思えないわね」
〈つまり、理由は依然として不明ということか〉
見張られるのは確かに愉快なことではないが、理由が判明していればまだ我慢のしようもある。
何故だかわからないのは殊更、気味が悪い。
特に明日には一大イベントが控えているとなれば尚のこと、気に掛かる。
「どうする?」
俺はセレスに意見を求めた。
「放って置いても大事なさそうな気はするけど、どうせ今日一日は暇なのよね。だったら確かめてみても良いかも。明後日にはここを離れるんだし、上手くいかなかったところで実害はないでしょ」
それで大体の方針は決まった。あとはやり方だが、考え込んでいると、
「直接、問い詰めるって方法もあるけど」
と、セレスがいきなり物騒なことを言い出す。
「ダメよ。万一、相手が有力者だった場合、面倒なことになるかも知れない。私達はあくまで気付いていない体で行動しないと」
それならどうするのか、と問われて、俺は暫し黙考した挙句、こう答えた。
「時間も今日一日しかないことだし、揺さぶりを掛けてみましょうか」




