4 出発の日
「新しい装備ができたら冒険者ギルドを通じて送り届けてやるわい」
見送りに来てくれた人達の中から前に進み出たギリルがそう言った。
国を跨いで各地に散らばる冒険者ギルドは、そのネットワークと冒険者という人材を活かして荷物を送り届ける物流業務も請け負っているのだ。
運ばれる荷物自体と、それを送ったという発送証明はまったく異なる別々のルートで届けられるため、配達人の誤魔化しはまず利かない。
信用問題に関わることなので、着服が発覚すれば当然、重い処罰が待ち受ける。
従って、この世界では信頼性が高い輸送手段となっている。
もっともギリルは気の利いた科白とは裏腹に、昨日は相当飲んだらしく冴えない表情をしていた。
対照的に隣で見守っているカミラさんはすこぶる調子が良さそうだ。
そういえば昨晩は遅くまでギリルは帰って来なかったようだが、はてさて二人して何をしていたのやら。
でも俺はこう見えて大人なので、そんなことで冷やかしたりなんてしないよ。偉いぞ、俺。
カミラさんからは異世界のキャバクラ『妖精の園』でアルバイトしていた時に使っていたドレスを餞別として貰った。
そういう服装も一着くらいは持っていた方が良いという配慮らしい。
他にもドリルや彼の工房の職人達、『妖精の園』で知り合ったスピナや、それほど親しかった覚えはないのにわざわざ見送りに来てくれたドワーフ三人娘らと別れの挨拶を交わして、俺達は繋いであったそれぞれの馬に騎乗した。
この馬達は旅のために用意したものだ。
王都に着いたらすぐに手放す予定なので、名前などは特に付けていない。
この一週間、旅支度の合間を縫ってみっちり練習したおかげで、俺も何とか最低限の乗馬技術は身に付けていた。
セレスに騎乗は当然問題ないが、ミアも村では普通に飼っていたとのことで、順調に乗りこなしている。
俺だけが覚束ない手綱捌きで、二人の後ろを付いて行くことになりそうだ。
なお、ガルドやスヴェン達冒険者仲間は依頼に出ていてこの場には来ていない。
彼らとは昨日のうちに挨拶は済ませてある。
別れを特別なものとしないために、冒険者同士では見送りをしないのが習わしなのだという。
こうして俺達は幾人かの見送りの人達に手を振られながら城塞都市を後にした。
ハンマーフェローを旅立った俺達は、これからしばらくの間、周辺国の支配が及ばない、いわゆる緩衝地域と呼ばれる辺境を行くことになる。
これには幾つかの事情があって、第一には距離的な理由だ。
ハンマーフェローからルタ王国の王都へ進むルートには二通りあり、一つはクーベルタン領に戻ってそこから向かう道。
旅程の大半を王国内で行けるため、比較的安全な経路と言える。
ただし、これだと方角としては引き返すことになるので、総移動距離が伸びてしまう。
距離の延長は何も時間のロスだけに留まらない。
その分、宿泊や休息の回数が増える。つまりは余分な出費がかさむということだ。
この世界では食費や宿代が旅費全体を占める割合が馬鹿にならないため、のんびりと旅情を愉しむというわけにはいかないのである。
もう一方のルートなら距離は短くなって、かかる日数も少なくなる。
代わりにいずれの国の庇護も及ばない緩衝地域を抜けなければならない。
しかも、この道は両側を山脈に挟まれた谷間の土地なので、途中で進む方角を変えるというわけにもいかない。
無謀な山越えを除けば先へ向かうか、引き返すしか手立てはないのである。
そして、そうした場所には当然の如く障害が立ち塞がる。
「空白地帯があるのは何も国同士の衝突を避けるためだけじゃないわ。人が住まないのにはそれなりの理由があるのよ。大まかに言うと地理的制約、気象条件、そして魔物の存在ね」
セレスの説明によれば緩衝地域とは国が支配を避けるほど魔物が跋扈する危険な場所でもあるということだ。
また、そんな土地だからお尋ね者達にとっては格好の身の隠し所でもある。
「じゃあ、野宿はまずいんじゃない?」
通常、街道沿いには旅人相手の宿場町が一定の間隔ごとに点在するものだ。余程のことがない限り、普通は安全を考慮してそこに宿泊する。
だが、人が住まない危険地帯となれば宿場も存在しないのではないか、そう思い俺はセレスに訊いた。
「全部の行程がそこまで危険というわけじゃないわ。実際に野宿が必要なのは二晩くらいなものでしょう。それにリスクを減らす手立てならちゃんとあるのよ」
その時になればわかる、とセレスは笑って教えてくれなかった。愉しみにしておけということだろう。なので俺も敢えて訊かずにおく。
初日の夜は、危険地帯手前の宿場町に早めに到着して宿を取る。ここを過ぎると、しばらくは村も町も見かけなくなるそうだ。
馬達の飼料はわざわざ積んで行かなくても泊まる場所々々で買い与えることができるので荷物としては減らすのが一般的だ。街道沿いではどれほど小さな集落でもそのように用意してある。
ただ、この先は補給が利かなくなるため、飼い葉は自分達の水や食料などと合わせて予備の分を含め多めに準備しておく。
最後の中継地ということで、ここを無謀に通り過ぎようという旅人は恐らく皆無に近いのだろう。大規模な商隊も投宿していて、思った以上に賑わっていた。
「おい、てめぇ。何してくれやがる」
「ああ? そっちこそ、どういうつもりだ」
そんな中で起こるべくして起こる厄介ないざこざ。
一軒のオープンカフェのような飲食店の軒先。どうやら双方共に五人ほどからなる護衛隊とおぼしき集団が店の席取りで揉めているようだ。
「こっちは危険地帯を抜けて来たばかりで疲れてんだ。少しくらい譲るのが当たり前だろうが」
「そんなの知ったことか。俺達ゃ朝一で出発するんだ。てめえらこそ、席が空くまで大人しく待ってやがれ」
言われてみればもっともだが、ここには何もこれから危険地帯を踏破しようという旅人ばかりがいるわけではない。
そこを抜けて来て、ようやく人心地が付いたという者達もいて当然だ。
よく見ると確かに言い争いをしている片方の連中は、少々薄汚れた格好で疲れているように感じられる。
翌朝早くに出発したいからさっさと飯を済ませて休みたいという側の言い分も、やっと安全な場所に辿り着いてようよう食事にありつけるのに我慢できるかという側の言い分も、どちらもわからないではない。
たかが飯のこととはいえ、どんな危険が待ち受けているか予想が付かない異世界の旅では些細なことでも妥協したくないのだろう。
「喧嘩してる?」
そんな二組の言い争いを見て、ミアが小首を傾げた。
「そうみたいね」
遠巻きに見守る人の輪に混じって、俺は言った。
「止める?」
「放っておきなさい。こんなことにいちいち関わっていたら身が持たないわよ」
ミアの言葉に、セレスがそう言って周りを見るよう促す。
そこには自分達が巻き込まれるのは御免だが、もっと喧嘩が盛り上がることには期待を隠せない野次馬根性丸出しの見物人が大勢いた。
彼らにとってこの種の出来事は格好の娯楽であるようだ。たぶん、見慣れた日常的な光景に違いない。
俺としてもセレスの意見に賛成だ。何も自分達から進んで面倒に関わる必要はあるまい。
と、思っていたらそこへ割って入る者がいた。
「まあ、待ちな。こんな詰まらないことで怪我をしたら、それこそ明日からの旅に差し障ることになるぞ」
そう言いながら両陣営の間に立ったのは、俺の元の年齢とさほど変わらないように見える四十絡みの無精髭面したおっさんだ。
程よく使い込まれた革鎧と、飾り気のない鞘に納まった定番の片手剣からベテランの冒険者であることが窺える。
ハンマーフェローでは見かけない顔だったので、どこか別の街の所属だろう。
だが、そんな説得くらいではどちらも聞く耳を持ちそうにない。
「だったら、そっちに諦めるように言えよ。俺達は絶対に引かねえからな」
「はん! そりゃこっちの科白だ。きっちり白黒つけようじゃねえか」
周囲の見物人からも、いいぞ、やれやれ、と無責任な野次が飛ぶ。
そんな状況でどうやってこの場を収めようというのか興味深く見守っていたら、おっさんはあっさりと解決策を提示した。
「俺達が着いた席を譲ろう。それでどちらも入れるなら文句はないはずだ」
意外な申し出に、言われた方が戸惑っているみたいだ。
そんなことには構わず、おっさんはテラス席にいた仲間達に向かって、おい、お前ら、さっさと席を立て、と怒鳴る。
〈へぇー、奇特な人間もいるもんだな〉
俺は関心と呆れが半々という気分でそれを眺める。
おっさんに急かされて不承不承という表情で立ち上がったのは、全員がそれなりに装備の整った十人ほどの冒険者グループ。
中でも金属鎧の重装な戦士風の男が、全員を代表する形で文句を口にした。
「俺達だって腹は減っているんですがね」
「そう言うな。この奥にもう一軒、食堂があっただろ。そこへ行くぞ」
代わりに今日の飯代は俺の奢りだ、とおっさんが言うと、仲間達から一斉に歓声が上がる。そのまま何事もなかったかのように向こうの方へ行ってしまった。
それを見て見物人達もこれ以上揉め事は続かないと考えたのか、「何だよ、詰まらねえ」だの、「シラケさせやがって」だの、口々に不満を洩らしながら三々五々散って行く。
後に残ったのは毒気が抜かれたように佇む二組の集団。
問題は解決したはずなのに、どちらも事態の急変に対応が追いつかないのか、席に着こうとはしない。
そこへ痺れを切らした様子で奥から出て来た給仕係の亜人のお姉さんが威勢の良い声を掛ける。
「あんた達、いつまでそうして間抜け面して突っ立ってるんだい。座る気がないなら他の客を入れちまうよ。嫌ならさっさとしておくれ」




