1 激闘その後
「それで結局、領軍に助けられたってわけね」
セレスがやや複雑そうな表情で呟く。彼女としては最後が運任せだったのが不本意なのだろう。
「まあね。渡りに舟って言うか、ホント、助かったよ」
渡りに舟ってことわざがこの世界にもあるのかな、と思いながら俺はそう言った。俺としては誰に救われようとこだわりはない。そもそも魔物を斃したのは紛れもなくセレスなのだから堂々と誇れば良いと思う。
狂乱猛虎との激闘から三日後。
セレスの方から宿屋を訪ねて来て、久しぶりに顔を合わせた彼女とこうして広場の片隅で話しているところだ。
いつもの鎧姿と違い、今日の彼女は珍しく平服だった。鎧は修理にでも出しているのかも知れない。
何故、三日間も会えなかったのかというと、倒れて以降、セレスは運び込まれた領主館でずっと寝たきりのまま過ごしていたからだ。
あの後、戦闘の終わりを察して避難場所から出て来たイングリッド嬢がセレスとナゼル氏を介抱して、二人共何とか命に別状ないところまでは手当てしたものの、元から重傷を負っていたヴァレリー青年を含めて女二人で身動きの取れない大の大人三人を抱え込む羽目になってしまった。到底、全員を連れて行くことはできない。誰かを置き去りにするしかない事態に途方に暮れていると、突然、ファビオ隊長に率いられた領軍が異例の速さで助けに駆け付けたのだ。その中にはあれほど大人しくしていろと言われたのに強引に同行を申し出たらしきフィオナもいたから彼女が案内してきたのだろう。
領軍がこんな素早く行動を開始するなど本来、有り得ないことらしい。ファビオ隊長曰く、相当上の方から指示があったのではないかとのこと。
もっとも相手が難敵の狂乱猛虎と聞き及んでさすがの領軍も殉職者を出すほどの激戦を覚悟していたそうで、既に決着した後と知るとやや拍子抜けした感じだった。
何はともあれ、彼らのおかげで全員が無事とは言えないまでも帰還することができたので、まずはめでたしとしよう。
ヴァレリー青年とナゼル氏はすぐさま医者の下に運び込まれて治療を受けることになり、目立った外傷の無かったセレスはひと先ず自宅である領主館で様子を見ることになった。
俺はセレスに付いていたかったものの、クーベルタン伯爵家の家令を務めるという老紳士から慇懃に断られてしまった。
仕方がないので俺はその間、セレスの代理として冒険者ギルドに事の顛末を報告したり、冒険者達に借りた装備やアイテム類を返却したり、彼らに狂乱猛虎との武勇談をせがまれて酒場で聞かせることになったり、俺の無茶を知った宿屋の女将さんから長々と説教を喰らう羽目になったりした。
一方でヴァレリー青年とナゼル氏のお見舞いにも行き、二人共既に意識は回復しており僅かな時間だったけど話もできた。フィオナやイングリッド嬢から事情は聞いているらしく、特にヴァレリー青年からはしきりと感謝されまくるので却って居づらくなって、早々にお暇することになったのは皮肉と言えよう。
なお、ナゼル氏は冒険者への復帰に問題はないそうだが、ヴァレリー青年の方は本人の回復力次第とのことだった。
ちなみに今回の騒動の原因を作った黒曜級の冒険者三人組は冒険者資格を剥奪された上、近日中に裁判にかけられるという。有罪になれば犯罪奴隷に墜とされ、鉱山や僻地などの危険地帯で重労働を強いられるが、故意ではないということが認められればそうなる確率は半々くらいらしい。どちらにしても自業自得なので、俺には関係のないことだが。
そして今日、ようやく意識を取り戻したセレスと再会できたわけだ。
「さて、言いたいことは山程あるけど、まずはお礼を言わないとね。ユウキ、今回は本当にありがとう。誰も死なずに済んだのはあなたのおかげよ」
「私は見ていただけだよ」
事実はそうではなかったが、とりあえずそのように答えておいた。実際は魔眼を使って限界以上の力をセレスから引き出し、自らをも魔眼にかけて魔物の弱点を見抜いたのだ。
とはいえ、その代償がセレスの昏倒にあるなら、今後も使うかは躊躇われるところだ。
「見ていただけ、か……」
セレスは何やら意味ありげにそう呟くと、しばらく何かを考え込んでいたが、「よしっ」と叫んで、いきなり立ち上がった。
「あ、あの……セレス?」
「決めたわ。ねえ、ユウキ。この先も私とパーティーを組んでいかない? もちろん、あなたが冒険者を続ける気があるならだけど」
これも何かの縁だと思うので、冒険者を続けること自体に異論はない。幸いにも今回の一件で他の冒険者との横の繋がりもできて、皆親切にアドバイスをくれたりするから続けるのはさほど難しくないだろう。もしもセレスと組んだことが有耶無耶になるようなら自分達のパーティーに加入しないかと誘ってくれた冒険者グループもいたくらいだ。だが、セレスとのコンビを続けるとなると話は違ってくる。それは何もクーベルタン市で依頼を受けられなくなることだけが理由ではない。
「ちょっと待ってよ。そりゃ冒険者は続けていくつもりだけど……冷静に考えて無理よ」
「どうして?」
「だって私はついこの間、冒険者になったばかりの駆け出しもいいところの青磁級。セレスは事実上、冒険者トップの黄金級じゃない。とても釣り合いが取れないわよ」
ナゼル氏も言っていたように、冒険者としての実行性は本人の能力プラスそれに見合った経費の掛け方による。幾ら実力があっても必要な投資を怠れば十全な状態とは言えず、思わぬ失敗を犯すことだって有り得る。冒険者の失敗とは即ち命を失うこととほぼ同義だ。つまり、上位冒険者が安い依頼ばかりを受けてはいられないということになる。
逆に実力の伴わない者が上位冒険者に付いて行ったところで、足を引っ張るどころか早々に死ぬのが落ちだ。それは俺も嫌というほど味わった。今度の件で死なずに済んだのは幸運だったからという外ない。止むに止まれぬ事情があったとはいえ、あくまでも例外で、もう一度同じことを繰り返せと言われたら速攻で断るに違いない。
そんなことをセレスが知らないはずはないのだが──。
「問題ないわ。私がユウキに合わせれば済む話でしょ。もちろん、中心となって依頼をこなすのはユウキよ。私は只付いて行くだけ。そうじゃなきゃユウキの経験にならないからね。余程のことがない限り、手出しは控えるつもり」
「でもそれじゃ、セレスの採算が合わないじゃない」
「当分の間はそうなるわね。しばらくはこれまでの蓄えで凌いでいくしかない。どの途、目ぼしい依頼は受けられないから同じことよ。ある程度の間はビスターク商会の息が掛かっていない個人の依頼なんかをコツコツとこなしていくのが経験的にもいいんじゃないかしら? その上で街を出るなり商会に喧嘩を売るなりどうするか二人で相談しましょ」
どうやらセレスの中では俺とパーティーを組むことは既定路線みたいだ。断られるという選択肢は含まれていないらしい。
俺としてもこれほど心強いことがないのは確かなので、もう拒否する理由は見当たらなかった。
「……わかった。引き続きパーティーを組ませて貰うわ。宜しくね、セレス」
「私の方こそ、宜しくお願いするわ、ユウキ。さて、そうと決まれば早速しなきゃいけないことがあるわね」
「しなきゃいけないこと……?」
「特訓よ。少なくとも最低限の知識と身を護る術は身に付けて貰うわ。ビシビシ鍛えるから覚悟しておいて」
「……お手柔らかに」
それにしても何故、セレスは訊ねてこないのだろう? 魔眼を使ったことは気になっていないはずがないだろうに。
「ところでセレス、訊きたいことがあるんじゃないの? あの時、実は──」
「待って、ユウキ。その話は今しなくていい」
「えっ? 何で?」
「確かにあんなことがあったんだもの、気にならないと言えば嘘になる。というか、ちょっと前までは是が非でも訊き出そうと思っていた。ユウキが何かしたらしいことは感じていたからね。でも、もういいの」
「……どうして気が変わったの?」
俺は心底、疑問に思ってそう訊ねた。真相を告げて、叱責されるのも覚悟していたのだ。
「話しにくいことなのよね? けど、それには理由があるんでしょ? でなきゃ、とっくに打ち明けてくれているに違いない。その程度にはユウキのことを信頼しているつもりよ。だから無理に訊こうとは思わない。いつか話しても良いと思える時が来たら教えて頂戴。それまでは内緒でいいわ」
話しても良いと思える時──それはきっと俺が今よりもっと上手く魔眼を使いこなして、何があろうとセレスを傷つけさせない自信が持てた時だろう。
「ただし! 次にあれをする時は前以て了解を取ってよね。また三日間も寝込むことになったら堪ったものじゃないわ」
それについては平謝りするしかない。まさか、あんな副作用があるなんて思わなかったんだよ。
俺はセレスに二度と無断でやらないと約束した。




