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アラフォーおっさんの美少女異世界転生ライフ  作者: るさんちまん
クーベルタン市編Ⅳ 初陣の章
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1 ビスターク商会

 腕の中で微かに身じろぎする柔らかな触感で俺は意識を覚醒させた。

 掌から伝わる勘違いしようのない他人の体温で、それがもう随分と絶えて久しい女性と同衾した朝の目醒めであることを気付かせる。

 ただし、以前の記憶とは決定的に異なる部分があった。

 前の晩に性交渉がなかったのは言うに及ばず、今現在も何も起こり得ない、起こり得るはずがない。

 それは俺が紳士だからでは当然なくて、肉体的にほぼ不可能だからだ。

 同性愛(?)に走るなら、あるいはと思わなくもないが、それは話が余計ややこしくなりそうなので止めておこう。

 こうして予期せぬ形でGID当事者の苦労を多少なりとも味わうことになったわけだが、まあ、そのおかげでブグロー──はちょっと対象が幼過ぎるので、ルノワールかラファエロ辺りの作品から抜け出てきたような美少女の寝姿を堪能していられるという役得にも有り付けたんだからひと先ず良しとしよう。

 その鑑賞対象であるセレスは今しばらく起きそうにない。鎧は昨晩のうちに苦労の末脱がしてあるので、現在は俺と同じく薄手のチュニックを身に着けた状態だ。その下がどうなっているのかまで確かめる勇気はなかった。

 クーベルタンの戦乙女と称され、黄金級という通常の冒険者としては最上位クラスの彼女だが、こうして見ていると年相応の只の女の子だ。

 元の姿なら自分の娘であってもおかしくないことが改めて思い起こされる。

 彼女の可憐さに思わず軽く頬を突くと、煩わしさに目を閉じたまま僅かに顔を顰めて何やら寝言を呟き始めた。

「フランシスカ……グレーテル……あなた達、また人のベッドに勝手に潜り込んで……」

 どうやら知り合いの誰かと勘違いしているようだ。妹達かな?

 面白いので起きるまで繰り返そうとしていたら、うーんと俺がいる方とは逆向きに大きく寝返りを打った、その拍子に──。

「あっ」

 そっちはベッドが寄せてある壁際だ。拙いと思ったが、遅かった。


 ──ゴツン。


 割と大きな音を立てて、セレスが額を壁にぶつける。呻き声も上げずにピクリとも動かなくなった。

 たぶん、普段寝ているベッドなら十分な広さがあり、こんなことにはならないのだろう。

 まさか声も上げられないほどの大怪我をしたわけではないと思うが、俺は急いで彼女の様子を確認する。

 口許に耳を寄せると、健やかな寝息が聞こえてきてホッと胸を撫で下ろした。

 ──っていうか。

 安心した途端に無性に腹が立ってくる。ひと言、突っ込まないと気が済まない。

 だが、朝っぱらから大声を出して御近所迷惑になるわけにもいかなかったので、辛うじて胸の裡で響かせるに留めた。

〈あれで起きんのかい!〉


「昨日は御免なさい。ついフィオナやイングリッド達と一緒に居るような気になって飲み過ぎちゃって」

 殊勝気味な態度で額を赤く腫らしたセレスが申し訳なさげに俺にそう言うが、それって彼女達の前では普段からああなのだと告白しているようなものではなかろうか、という疑問がふと脳裏を掠める。

「でも頭が痛くなるなんて初めてよ。そんなに飲んだかしら?」

 これが宿酔ふつかよいかとしきりに首を傾げるセレスを前に、たぶんそうじゃないとは言い辛くなって、俺は黙っておくことにした。

 宿屋の女将さんにも迷惑を掛けたということで謝罪し追加の宿泊代を払おうとしたのだが、セレスの信奉者である彼女は、こんな名誉なことはない、と言って頑として受け取りを拒否していた。

 結局、支払いを諦めたセレスは女将さんの懇願によりまた顔を出すことを約束して引き下がった。その足で広場の屋台へ朝食を取りに向かう。

「お詫びと言っては何だけど、私にできることなら何でもするわよ」

 セレスお勧めのケバブとサラダを生春巻きに詰めたような軽食に齧り付いていると、そんなことを彼女は言い出した。

〈セレスにして欲しいことか──〉

 男の身体なら色々と妄想してしまいそうだが、今はそれをしても虚しいだけなので自重する。

 少し考えて、だったら冒険者ギルドを案内して欲しいと頼んだ。

「冒険者ギルド? 案内するのは構わないけど、ユウキは冒険者になりたいの?」

 フィオナ達はやり方次第だと言っていたが、自分に務まるかはまだ自信が持てないし、未だに決めかねているが選択肢の一つとして考えている、そんな風に話した。

「そうなの……いいわ。それなら私が助言できることはしてあげる。ただし、今の時間は依頼の取り合いで殺気立っているでしょうから行くのは夕方にしましょう。私も一度、家に戻って着替えて来たいしね」

 そういうわけでセレスとは夕方に待ち合わせの約束をして、ここで別れた。

〈さて、待ち合わせの時間まで何をして過ごそうか……〉

 昨日の公衆浴場も魅力的だが、一人で行くには依然としてハードルが高い。

 そういえば昨日は元々セレスとトラブルになっていた商会に行くつもりだったのを思い出し、今日こそ訪ねてみることにした。

 その前に幾つかの忘れていた用事を済ませ、遅めの昼食を取ってから商会に足を運ぶ。今度は道を間違えることなく、正面玄関に辿り着いた。

 ゴシック・スタイルの木製扉を潜って店内に足を踏み入れる。

 さすがに領内で一、二を争う商会の本店だけあって扱う商品も広場の出店とは桁違いだ。

 その中で興味を惹かれた土産物らしき工芸品や何に使うのかよくわからない魔法道具などを見て廻っていたら突然、周囲が騒めき出した。

 騒々しさの源に目をやると、人垣が割れるようにして店の奥から高級そうな身なりに包まれた男性が現れた。何故か真っ直ぐこちらにやって来る。背後には昨日見かけた番頭とおぼしき人も一緒だ。

 俺の前に立つと、尊大な口調で彼は言った。

「私はこの店の主、ビスターク商会の会頭カリスト・ビスタークだ。お前がセレス殿と一緒にいたという娘か?」

〈この男がセレスが面会を断られたというビスターク商会の会頭か……〉

 思ったよりも若い。たぶん、元の俺の年齢よりも若干年下の三十代半ばといった辺り。やり手の商人というより、有能な政治家秘書を思わせる雰囲気だ。

 セレスには居留守だったのに、わざわざお出ましになるとはどういう風の吹き回しだろう。それにセレスと一緒にいたのは迷子になった時を除けば昨日一日だけだ。なのに、もう把握しているとは相当な情報通と見て間違いなさそうだ。

「どうした、娘。口が利けぬわけではないだろう?」

「……失礼しました。確かに昨日セレスと一緒にいたのは私ですが、それが何か?」

 俺がそう答えると、脇で控えていた番頭風の老紳士に、主が名乗っているのだからまず名乗るのが礼儀であろう、と叱責された。

「重ね重ね申し訳ありません。私はユウキと申します」

「ユウキか。この国の者ではないな。それなら礼儀に疎いのも致し方あるまい。それで何の用か、だったな。大したことではない。先日は留守にして失礼した、そうセレス殿に伝えてくれと言いたかっただけだ。伯爵令嬢を呼び捨てにできるほどの仲なら可能であろう」

〈セレスを知らない人からすると、敬称抜きは恐れ多いことなんだろうな〉

 だが、本当にそれが目的なら居留守など使う必要は無いはずだ。彼の言うことを額面通りに受け取るわけにはいかない。

「では、セレスに会っていただけるのですか?」

 試しにそう訊いてみる。案の定、答えは予想の範疇だった。

「生憎だが、私も忙しい身でな。訪ねて貰っても今日のように偶然、居合わせるとは限らん」

「御都合の良い日にお約束させてください。何なら今、この場で決めて頂いても構いません」

 セレスの予定も訊かずに勝手にアポイントを取っては拙いかとも考えたが、昨日の彼女の必死な様子なら大抵の用事に優先するだろうと思い、そう提案してみた。

 だが、それものらりくらりと躱される。

「残念だが予定はずっと先まで詰まっている。どうしてもというのなら無駄足を覚悟で御足労を願うしかない。それで会えるとは約束しかねるがね」

 要するに何度来ても無駄だと遠回しに言いたいようだ。

 魔眼を使えば叛意させることも可能だろうが、これだけ大勢の人前で披露するのは幾らセレスのためとはいえ憚られる。第一、効果は一時間しか持続しないので、正気に戻れば終わりだ。

 それだけを伝えるために現れたのだとしたら彼も相当にセレスのことが気掛かりなのかも知れない。

 たぶん、彼女と一緒にいた俺が商会に顔を出したことで、何か企んでいるとでも疑って動向を探りに来たのだろう。

 その証拠に別段変わった様子がないとわかると、用は済んだとばかりに踵を返して再び店の奥に引っ込んでしまった。

 その行動を見て俺は内心でそっと呟く。

〈セレス、君が相手にしようとしている人物はどうやら一筋縄ではいかなそうだよ〉


 そんなことがあり店を出ようとも思ったのだが、別に悪いことをしたわけではないと気を取り直して再び店内を物色していると、今度は店員らしき女性から声を掛けられた。

「何かお探しの品は御座いますでしょうか?」

 先程までは目の前を通り過ぎてもガン無視されていたので、突然改まった態度を取られると困惑する。恐らく彼女の雇い主である会頭と直接話していたのを見て、俺を上客と勘違いしたに違いない。

 身分格差の激しいこの国では、高級店ともなれば客のあしらいにも天と地ほどの差があるのは当たり前みたいだ。庶民相手の店ではそうでもないんだけどね。実際、貧しい装いの平民が商品を前にして困っていても店員は誰も駆け付けない場面を度々目にする。注意深く観察していると、見下して放置しているわけではなく、店の方針でそうするよう言い含められている感じだ。思わず手助けした若い女性店員が上役らしき人に怒られていた。考えてみれば彼女達だって大半は裕福ではない平民出なはずなので、本意でないのは当然だ。身分の高い人を優遇するための営業スタイルなのだろうが、まったく以て理不尽な話には相違ない。

 それはさておき、只の冷やかしです、と言うわけにもいかず、曖昧に微笑んでその場を立ち去ろうとする。そこに別の女性店員が加わった。

 二人がかりで売り込みを掛けられるのかと緊張したが、後から来た方の店員は最初の店員に別の客の相手をするように言いつけて、自分もさっさといなくなる。どうやら彼女の方がより正確に会頭との話を把握していて、友好的な間柄ではないとわかったようだ。

 その評価が他の店員達の間で共有され始めたのか何となく居心地が悪くなってきたので、そろそろ退散することにした。正直言って品揃えも観光客向けの実用性の低そうな物が多いという印象だったので、これなら手間ではあるがそれぞれの専門店で買い求めた方が良い気がする。

 セレスと待ち合わせた時間にはちょっと早いが、のんびり歩いて行けばちょうど良いくらいに到着しそうだ。

 店を出る時、無言で見送られたのには元の世界での対応に慣れた身としてはやはり違和感しか覚えなかった。

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