42:第五章
ヒュゥゥゥ、と風が吹く。
その風を受けて、体が少しブルリとする。
「木枯らしか……」
そう呟くのは眼鏡をかけ、如何にも研究者のようないで立ちをした女性だ。場所は森の中で、その女性の服装とのミスマッチが高い。本来、彼女はこういった現場に出るタイプの人間ではないため、こうして外を出歩くことは珍しい。
先ほど吹いた風は、寒い時期の到来を知らせる風。
(ああ、早く任務を終わらせて故郷に帰りたい)
寒い時期は物思いにふけってしまい、帰郷を連想する。任務前だというのに、帰った時のことを考えるなんて、あまりいい傾向ではないだろうか。
「ぐるるる」
彼女の近くに、寄ってくる魔物がいる。その狼のような見た目をした獣は、三つの首と頭を持つケルベロスという魔物だ。位階のランクは四で、見た目通りの俊敏さと、狂暴さで災厄をもたらす魔物とされている。
「あら、優しいのねケルベロス」
彼女はその魔物を恐れず、魔物と抱き合う。その姿は主人とペットのような関係で、ケルベロスも彼女に体を預け安心したような表情をしている。
「大丈夫よ、大丈夫」
(私は、彼女たちのように失敗はしない)
彼女は、とても学があった。その知識を活かし、故郷の医学の発展に努めた。最初こそ無難に過ごしていたが、次第に何故女性が医療の場にいるのか、と目の敵にされることが増える。彼女が、中途半端に優秀だったため起きたことだ。女性がそういった場所で一目置かれるためには、革新的な発見が必要だった。
だから彼女は今まで誰も手を出していない、魔物を研究することにした。
そうして研究に没頭して大分時間が過ぎたころ、彼女は魔物を自分で作ることができた。これにより彼女は、その分野で一目置かれるようになる。ただし新設された分野なので予算も少なく、邪道だと未だに非難されることも多い。
そうして今回連れてきたのは、一番の傑作であるケルベロスだ。
ここでもし、敵地を襲い甚大な被害を出すことができれば、故郷での仲間からの視線も変わる。
この任務は、そういった輝かしい未来の幕開けとなる。だから多少、故郷のことを思い返してしまうのは仕方ないだろう。
「もう少し、もう少し……」
そう、小さくつぶやく。
自国の暗殺部隊が最近失敗したため、この領地は警戒心が上がっている。その中で、ことを起こすのは得策ではない。今はまだ身を潜め、機を伺うときなのだ。彼女はひっそりと過ごしながら、その時を待つ。




