03
ホブゴブリン。
一般的なゴブリンと比べ、サイズが2倍程度のゴブリンを差す。ゴブリンと比べ、力や知能などの全体的な能力値が高く、また人間のように武器を使う。人間より筋力が高いため、その一撃を貰うと、その後の戦闘に参加することが困難なほどの傷を負うことがある。
「ユノ、下がって援護しろ。俺が前線をはる」
「は、はい!」
先輩は、ラウンドシールドと片手直剣を手にゴブリンと対峙をする。サイズは、先輩よりホブゴブリンのほうが多少大きいか。
さっき先輩が言っていた違和感の正体は、こいつがこの辺のウルフを狩ったため起きたことだった。ウルフが減ったため、ゴブリンを食べるウルフが減り、薬草が残る。こんな些細な変化に気づくのは新人には難しい。
「ぐうう!」
先輩が、ゴブリンの棍棒を盾で受ける。少し押されているが、対応できそうだ。先輩の直剣がゴブリンを襲うが、ゴブリンは後方へ一歩下がることで避ける。ホブゴブリンは見た目と違い、意外と俊敏に動く。
ゴブリンやウルフが第九位の位階の人間が適正だとすれば、ホブゴブリンの脅威度は位階八位だ。ギルド職員でいえば大体、第八位から第七位程度の人が適正となる。本来、ヒナタ先輩であれば、ホブゴブリンと互角程度の戦いができるはず。だが今回、先輩の後ろには気を失った後輩がいる。そのせいか、うまく立ち回りが出来ずに苦戦しているように見える。
(どうやって援護を……)
ドクンドクンと、初戦闘に胸が鳴る。
私の武器はレイピアだ。心臓に一刺しできれば、倒すことができるが、あの棍棒を潜り抜けて懐に飛び込む勇気がない。
そんな先輩とゴブリンの攻防が、一瞬止まる。
シュッという風の音。
その風の音は、私の横を通り過ぎ先輩へ迫る。
「ぐっ!」
「先輩!」
「後ろ! 弓兵だ! やれ、ユノ!」
後ろを見ると、次なる矢をつがえたゴブリンが立っていた。
(まずい!)
もう一本の矢が、先輩に向かう。矢は無常にも先輩の背中に突き刺さるが、その間に私が弓兵のゴブリンに接近しゴブリンを屠る。
やった!
そう思ったのもつかの間、目の前では先輩とホブゴブリンの戦いにも変化が訪れていた。
ブン、とホブゴブリンの棍棒が横合いに振られる。先ほどまで耐えていた先輩は、弓の影響か攻撃に耐えきれず吹き飛ぶ。立ち上がろうとするが、体が痺れているのか動けない。
「に、逃げろユノ……この状況を、ギルド本部に伝えるんだ!」
「……え」
一瞬私は、何を言われているのか理解が追い付かなかった。
逃げる?
私が?
傷ついた仲間を置いて?
目の前にはホブゴブリン。私の力では、倒せないかもしれない魔物が目の前にいる。私より強い先輩は倒れ、同僚も意識が戻っていない。こんな状況で戦っても被害が増えるだけなので、戻って増援を呼んでくるのは、確かに賢い選択だ。
(でも……)
私の憧れた冒険者は、こういった場面では決して逃げない。
田舎から出てきて、両親の期待を背負って冒険者ギルドに合格した。そうしていつか位階をあげて、両親に恩返しをする。
それが、この二人の犠牲の上で成り立つものなら、私はそんな未来はいらない。
私の目指した冒険者は、もっとキラキラしていて、子供たちの憧れる職業だ。
彼女は、レイピアを構える。
構えは刺突。姿勢を低くして、一撃にかける構え。
「ふぅぅぅぅぅ……」
大きく息を吐く。大丈夫だ、集中できている。腰を落として、グッと足に力を籠める。
「ふっ!」
勢いよく飛び出す。右手で突き出したレイピアに体重を乗せ、そのまま駆け抜けるようにレイピアを突き出す。父が得意としていた技で、私が父から学んだ唯一の技だ。ゴブリンが、辛うじて反応をして体をよじる。レイピアはそのままゴブリンの右手を少しかすめる。
体を元の位置に戻し、再度ゴブリンを睨む。
(当たる……当たる! 私の鍛錬の成果は、報われている!)
次はもっと速く。もっと鋭く。今の自分を超えないとゴブリンに届かない。集中できているのか、視界が狭まりゴブリン以外見えなくなる。
「ふっ!」
先ほどより、少しだけ速く突き出す。
この速度なら――!
「罠だ! ユノ!」
先輩の声が、やけにはっきり聞こえた。私のレイピアは先ほどより速い。だがゴブリンの動作のほうが、先ほどより速かった。
ゴブリンの顔が見える。
口角をあげて、こちらを見下している。
先ほどの攻撃は"わざと"ギリギリで避けていたのだ。
次の攻撃に全霊をかけさせるため。私がもしも逃げてしまわないため。
そうして全霊で挑んできた私を叩きのめす。なんて性格の悪いゴブリンだろう。
一秒がスローモーションのように感じる。ゴブリンの棍棒が私に迫ってくる。
避けられない。
届かない。
ゆっくりと流れる世界の中で、それだけが分かる。ゴブリンの棍棒が先に到達する。
あと2歩。
いや、あと1歩踏み込めれば――!
だが、果てしなくその1歩が遠い。必死にその1歩を稼ぐために足に力を籠め、体を浮かせ、捻じり、飛び込む。
だけど届かない。
そして、私はゴブリンの棍棒に押しつぶされる。
そんな未来が見えた気がした。
瞬間、風が吹く――。
ヒュッと顔の横を通る風、そうしてその後、ドッッ! 吹き荒れる突風が、背中よりふく。
その風は、私の背を押す。その風は、足りなかった一歩を埋める。
その風は、ゴブリンの棍棒を止める。その風で、棍棒の振り下ろしがほんの少し遅れる。
そうして稼いだ一歩分で、私のレイピアはゴブリンの心臓を貫き、体勢が崩れた状態の私は、そのままゴブリンに覆いかぶさり、押し倒すようにレイピア突き刺す。
「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁ!」
渾身の力で更に押し込む。死ね、死ね! そう思いを込めながら押し込む。そうしてしばらくした後、ゴブリンは絶命した。