02
場所は、街の近くにある冒険者ギルドが管理する森の中。
「あまり危険はないと思うけど、警戒はしていこう」
「はい!」
私は今年、正式に冒険者ギルドに所属することになった。
田舎の父と母の期待を乗せ育てられた私は、必死に勉強と鍛錬を積んだ。幸いなことに父は武芸の才能が多少あり、その才能を受け継ぐことができた。逆に勉強は教えられる人間が村にはおらず、最初のうちは独学で励んでいた。独学で冒険者ギルドに合格できるはずがないと、村の友人からは馬鹿にされることもあったが、いくつかの幸運と、派遣されていたギルド職員の助けもあり、街の学校に通うことができたため、無事合格することが叶った。
試験を突破した時は、父も母もとても喜んでくれた。位階があがれば、ある程度のお金を稼ぐことができるため、早く出世をして両親に恩返しをしたいと思っている。
そんな思いを胸に、下積みを何か月かこなし、本日ようやく森の巡回という外回りのクエストを受けることになった。
『森の探索』クエストは新人が通る、外回りクエストの最初のクエストとなる。近くの森を散策するため危険は少なく、新人に丁度いいクエストとなっている。
それでも、初の外回りのクエストのため、多少は緊張している。
今日のメンバーは、先輩で第七位のヒナタ先輩。そして、同じく新人で第九位のハルト。それと私、第九位のユノ。先輩に引率される形で、森の中を探索することになる。
森はギルドが管理しているだけあって、適度に切り開かれており日も差し込む。一般的な森がこんなものと侮った街の住民が、他方に行き痛い目を見るという話も聞く。
森を散策すること30分程度。特にこれといった問題も起きず、少しずつ集中力が切れてくる頃合いだ。
「ん……?」
「どうしましたか?」
ヒナタ先輩が、訝し気に地面を見つめる。同じ位置を見てみるが、ただ草が生えているだけで、私には何か違和感があるように見えない。
「二人とも、これを見ろ」
「これは……海の雫ですか」
「そうだ」
海の雫。別名ローズマリーというこの薬草は、第十位の位階クエストである『薬草採取』で出されていることが多い。効果は疲労回復や集中力アップ、眠気覚ましと様々な効果がある。私もまだ冒険者ギルドに所属する前は、近くの森に入り小銭を稼ぐために採取していてことがある。
その薬草をみて、ヒナタ先輩は訝し気にしている。
「この薬草は、甘い香りと爽やかな苦みがあり、肉料理によく合うんだ」
「……」
――え? それ今、言うことですか?
「先輩、場を和ませてくれるためのジョークですか?」
私が言いたかったことを、もう一人の新人であるハルトが言う。ハルトは物怖じしない性格なのか、こうして他の先輩ともよく軽口を叩きあっている。私なら、怖くて言えない。
「……その一面もあるが、この薬草はウルフが好んで口にする薬草だ」
ウルフ。
獣型で四足歩行の魔物だ。毛は灰色で、森の中を数匹の集団で彷徨っている。数匹のメスと一匹のオスの集団で生活をしている魔物で、一匹見かけたら3~4匹はいると言われている魔物だ。俊敏性が高く、特に鋭く尖った牙で噛まれた場合は病気になる可能性も高いため、討伐する場合は特に牙に注意が必要となる。
「ウルフというと、ゴブリンと同じくらい雑魚扱いされている魔物ですね」
「そうだ。この森は、そのウルフとゴブリンで縄張り争いをしている。森を散策していると、たまに戦っているのを見つける程度にな」
「それで、その海の雫とどんな関係があるんですか」
「ゴブリンの肉は、マズすぎて食えたもんじゃない。だが、このローズマリーを一緒に食べることで多少、食べられるくらいの味になるんだ」
ええ、ゴブリンの肉……
どんなに腹が減っても、ゴブリンの肉は食べない。そう言われるほど、ゴブリンの肉はまずいらしい。実際に食べたことはないが、食べたことがある人の話を聞くと、食べた後に涙が止まらなくなるくらい不味いらしい。
「ウルフは、ゴブリンの肉と一緒に海の雫を食べるんだ。その海の雫が、食べられずにこれだけ群青している状況が珍しい」
つまり先輩は、本来縄張り争いをしているウルフとゴブリンの生態系バランスが崩れたんじゃないか、ということらしい。だったら最初から、そう言ってくれればいいのに。
そういった、違和感を考えることも新人のためになるので、答えを中々教えてくれなかったそうだ。
「そうはいっても先輩。要はゴブリンか、ウルフが増えてるって程度でしょ。最弱の魔物がいくら増えても、我々の敵ではありませんよ」
「ああ、そうだ。だがこういった違和感は報告していかないと、街の住民の事故の原因になるからな」
多少、気にしすぎな気もするが、私たちは国の代表である冒険者ギルドだ。そう考えると、こういったプロ意識の高い先輩は尊敬に値する。
ふんっ。と鼻を鳴らす同僚のハルト。彼は他の先輩とも仲良く、その先輩方から噂を聞いているため、ヒナタ先輩を少し下に見ている。堅物で融通が利かず、出世街道から外れた人間。周りはヒナタ先輩にそういった評価を下す。今もこうして自分の位階を上げるのに何の評価にもならない、新人とのクエスト同行をしてくれている。
「まあ、さっさと進みましょう。そんなことまで気にしていたら、日が暮れちゃいますよ」
そういって、ズンズンと前を歩き出すハルト。
「ああ、そうだな……まて、ハルト!」
「え――?」
先輩が声をかけたその瞬間、ドンッという大きな音と共に、ハルトが横跳びで吹き飛ばされる。吹き飛んだ体はそのまま木にぶつかり、彼は意識を失う。そして、元々ハルトがいた場所には、私が知っているゴブリンより少し大きなゴブリンが、大きな棍棒を振りぬいた動作で立っていた。
「――ホブゴブリンだ!」