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「そう思われますか……?」
「ええ。それに、お父様は今まであなたやお母様の生活の保障すらしてこなかったのですよね? そんな方に正妻との間に子供ができなかったから跡取りになれなんて言われて聞いてあげるのですから、それだけで感謝しろと言ってしまっていいと思いますわ」
躊躇いがちに尋ねてくる男性に、思ったままに告げる。
全て本音だった。だいたい、公爵家とか侯爵家ならともかく、下位貴族でしょう? 貴族の家といったって国にいくつもある家の一つなのだし、そこまで思い悩む必要はない。
いや、実際どんな家柄なのかは知らないけれど、私の直感がこの男の家は下位貴族だと告げているし、そうだと思う。
私が失礼なことを考えながら言うと、男はぱっと顔を上げた。
「……そうですね。確かに、そんな大層な立場じゃない。父の期待に応えなくてはなんて思う必要もありませんね」
「そうですよ。貴族の家だからって気負うことはありません」
「本当ですね! ははっ、私は何を悩んでいたんでしょう。自分の家を大層なものだと考え過ぎていたようです。なんだか恥ずかしいな」
男はさっきまでと打って変わって明るい調子で言う。私は、「そうそう。大したことありませんよ」とうなずいてやった。
「ありがとうございます、グレース様。随分心が軽くなりました」
男は吹っ切れたようにそう言った。
フードで隠れているせいで見えにくかったけれど、笑った顔は案外男前だなと思った。
長い前髪の隙間からのぞく青い目が、やけに美しく見えた。
***
「あ、あああ……」
ぼんやりしていた四年前の記憶をすっかり思い出した私は、頭を抱えた。
ああ、そうだ。あれは確かにヴィンセントだった。今より随分頼りない様子で、目立たない恰好をしていたけれど。あの時ちらりと見えた顔も、一瞬だけはっきり見えた青い目も、目の前にいるヴィンセントとそっくりだったではないか。
なんで思い出さなかったのか不思議なくらいだ。
「私はあの時、グレース様に自分の悩みを大したことではないと言い切ってもらって本当に救われたんです。私が今こうしていられるのも全てあなたのおかげです」
「私は大したことは言っていませんが……」
いや、本当に大したことは言ってない。それどころか、相当無責任なことを言った気がする。
あの時の男は下位貴族だとばかり思っていたのに、よりにもよってエヴァンズ公爵家の跡継ぎだったなんて……。
それは悩みもするはずだ。何がそんなに大層なものじゃないから悩むことはないだ。エヴァンズ家より大層な家のほうが珍しいくらいだろう。




