12-1
あれは確か、今から四年ほど前の冬の日のこと。
私は早朝、まだ外も明るくなりきらない時間に神殿の見回りをしていた。
こんな寒い日に見回り当番にあたってしまうなんて運が悪いとうんざりしながら、寒さに耐えて各部屋を回る。
すると、礼拝堂に近づいたところで中に人の気配を感じた。
警戒しながら中を覗き込むと、黒いマントを目深に被った生気のない男が祭壇の前に立っている。
その男は手を合わせて祈るでもなく、祭壇をただじっと見つめるだけ。私は盗人ではないかと心配になった。
それとも、こんな時間に神殿にやってくるなんて相当深い悩みでもあるのだろうか。
私は手のひらからそっと黒い炎を出し、ちゃんと魔法を使えるか確認する。
問題なく使えたので、警戒しながら部屋の中に入ることにした。もしも盗人なら、魔法で捕らえてしまえばいい。
「何をしてらっしゃるんですか」
私は黒マントの男の背中に向かって尋ねる。
尋ねる声が若干不機嫌になってしまったのは仕方ない。だって、こんな朝早くから不審な人物に遭遇するなんて面倒ごとに巻き込まれたくなかったのだ。
「シ、シスター様……?」
「シスターじゃなくて聖女ですわ。私は並みのシスターよりもずっと魔力が強いんです。間違えないでくださいね。グレース・シュルマンを知りません?」
「は、はぁ、すみません。聖女様」
マントの男は顔を上げ、戸惑った様子で謝った。その反応に敵意は全く見えない。
「こんな時間にお祈りですか? まだ礼拝の時間は始まっていませんけれど」
「すみません……。どうしても一人でいると考え込んでしまって、神殿に来たくなってしまったんです」
男は申し訳なさそうにそう言った。どうやらただの礼拝客だったらしい。盗人というわけではないようだ。私は安堵しながら尋ねる。
「何をそんなに悩んでらっしゃるのですか」
「……実は、私はもうすぐ爵位を継ぐんです。けれど私は本家で生まれた子供ではなく、妾の子供に過ぎません。父と正妻との間に子供ができなかったために役が回ってきただけなんです。そんな私がうまくやっていけるのか自信がなくなってしまって……」
どうやらこの男は貴族だったらしい。
確かに平民にしては高そうな服を着ている。男爵か子爵あたりだろうか。こんな元気のない男が高い爵位の家の人だとは思えないし。
「あなた、貴族だったのですね」
「……見えませんよね。最近になって貴族らしい振る舞いを教え込まれましたが、やはり幼い頃からきちんと貴族としての教育を受けた人間にはとうてい追いつけません。
子供の頃は貴族らしい生活どころか、その日の生活もままならないような暮らしだったんです。そんな人間が後を継いでうまくいくのか、不安が消えなくて……」
男は沈んだ顔のまま、自嘲気味に笑う。深刻に悩んでいるのはわかったけれど、私にはどうもピンと来なかった。
「そこまで悩むことですか?」
「え?」
「そんな大層な立場でもないでしょう。妾の子でも何でもいいじゃないですか。継げって言われたんなら、その通りにすれば。そんなに重く考える必要はありませんよ」
思ったまま、正直に告げる。別に家を継ぐくらいでそんなにうまくやれるかどうか悩む必要はないと思った。
だって、この人の父親が継ぐように命じたということは、客観的に見てその能力があると思われているってことでしょう? この人が悩む必要はない。




