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それから私は、ヘレンとコーリーとマギーに別れの挨拶をすることにした。ヴィンセントには応接室で待っていてもらい、駆け足で見習い部屋まで向かう。
私の姿を見ると、三人は一斉に駆け寄って来た。
「シャーロット、もう行っちゃうのね……。寂しいわ」
「一週間あっという間だったわね……」
「ねぇ、もう少しだけ神殿にいる期間を延ばせないの?」
三人は悲しげな顔で口々に言う。
「ヴィンセントが寂しがるからもう帰らないといけないわ。でも、これからも遊びに来るから。名前だけだけど神官になったしね」
私がそう言うと、三人は悲しげな顔をしながらもうなずく。
「シャーロット。テレンス様のことだけど、私たちがちゃんと見張っておくから安心してね」
ヘレンは私の手を取り、真剣な顔で言った。
「ええ、お願いするわ。テレンスのことは今までの恨みの分、奴隷扱いしちゃっていいからね」
「奴隷扱いまではしないと思うけど、よく見張っておくわね!」
ヘレンは明るい声でそう言った。横でコーリーとマギーもうなずいている。
散々苦労させられたテレンスをどうにでもできるチャンスなのに。私と違ってとてもいい子たちだ。
「それと、三人とも。昨日も頼んだけれど新しい神官様の補佐を頼むわね」
「ええ、任せておいて!」
三人は元気よくうなずいた。
新しく実質的に神官になる人間には、以前テレンスと並んで神官の候補になっていた修道士を指名した。
結局テレンスのほうが選ばれて神官にはなれなかったけれど、あの人のほうがテレンスよりも随分まともだし、神殿を腐らせることはないだろう。
念のため、ヘレン達三人に補佐兼見張りを頼んでおくことにした。新しい神官が何かおかしなことをするようなら私に報告してもらうつもりだ。
三人には色々頼んで申し訳ないけれど、神官の補佐役になれば身寄りのないことで差別される心配はなくなるし、メリットも多いだろう。
「……それじゃあ、ヴィンセントが待っているから私はそろそろ行くわ」
「うん、元気でね、シャーロット……」
「絶対にまた来てね!」
「手紙を書くから、返事をちょうだいね!」
三人は代わる代わる私の手を握り、寂しそうにお別れの言葉を言う。
私は三人に手を振って、ヴィンセントの待つ応接室まで戻った。
***
「おかえり、シャーリー! お友達に挨拶はできたかい?」
応接室の扉を開くと、ヴィンセントが満面の笑みで駆け寄ってきた。奥のソファでは、部屋に入ってきた私を見て顔を引きつらせるテレンスが見える。
「はい! みんなにお別れを言ってきました!」
「そうかそうか。それならお屋敷に帰ろうね。神官様、シャーリーがお世話になりました」
ヴィンセントは私を抱き上げると、テレンスのほうを振り返って笑顔で言う。テレンスは心ここにあらずの様子で、ぎくしゃくと曖昧な返事をしていた。
神殿を出て馬車に乗り込むと、ヴィンセントは私の頭をぽんぽん撫でながら尋ねてきた。
「シャーリー、一週間よく頑張ったね。シスター見習いは楽しかったかい?」
「はい、とっても!」
「そうかそうか。シャーリーが神殿に泊まり込むと言ったときは寂しかったけれど、いい経験になったみたいでよかった」
私が元気よく答えると、ヴィンセントはにっこり笑う。
「シスター見習いは楽しかったけれど、シャーリーもヴィンセント様と会えないのは寂しかったです。今日は一緒に寝てもいいですか? 寝る前に、この前途中までだった絵本を読んで欲しいです!」
「シャーリー!! もちろんだよ、いくらでも読んであげるからね」
ヴィンセントは嬉しそうにそう言って、私をぎゅっと抱きしめた。
相変わらずやたら強く抱きしめるので、体が押しつぶされて痛い。繊細な幼女の扱いには気をつけて欲しいものだ。
でも、正直に言うとこの感覚は嫌いじゃなかった。
久しぶりだからか懐かしさを感じるくらい。
私はもしかすると、このロリコンで残念な変わり者の公爵が、結構好きなのかもしれない。




