9-1
翌日、朝早くから私を迎えに来たヴィンセントは、応接室でテレンスに突然予想外の話を聞かされて困惑しきっていた。
「シャーロットちゃん……、いえ、シャーロット様は大変素晴らしいお方です! 彼女のように優秀な子供は見たことがありません! シスター見習いで終わらせるには惜しい逸材です。ぜひ、彼女には私の代わりに神官の職に就いて、この神殿を導いていただきたい」
「シャーリーをそこまで褒めていただいてありがとうございます。しかし、神官の職に就くとは……」
「ええ、シャーロット様は私などよりもずっと神官にふさわしいお方ですから、ぜひ役割を譲りたいのです。保護者であるエヴァンズ公爵にお許しをいただけたらと」
「神官様、一体何をおっしゃってるんですか……?」
ヴィンセントは困惑した顔でテレンスを見ている。多分、それはテレンスのほうがより切実に思っていると思う。
テレンスはうかがうようにこちらに視線を向け、私と目が合うと化け物でも見たような顔で慌ててヴィンセントに向き直った。
「お願いします!! 私はシャーロット様の才能をここで終わらせたくないのです!!」
「いや、そうおっしゃられましても……」
ヴィンセントは戸惑いきった顔でテレンスと向き合っていた。変わり者のヴィンセントだけれど、さすがにこの異様な状況は受け入れがたいらしい。
ソファでヴィンセントの隣に腰掛けていた私は、彼の腕にしがみつく。
「ヴィンセント様! シャーリーは神官になりたいです! 神官様がこんなに熱心に勧めてくれているんですもの!」
「いや、しかしね、シャーリー。神官というのは、大人の人がなるものなんだよ」
「シャーリーにだってきっとなれます!」
私がごねると、ヴィンセントは眉尻を下げてなだめるように神官になる難しさを説いてきた。そして、寂しげな顔になって言う。
「シャーリー、神官になるっていうことは神殿でずっと暮らさなければいけないってことなんだよ? 私はずっと王都にいるわけにはいかないから、そのうち領地の屋敷に戻ることになる。そうしたら離れ離れになってしまうんだよ」
ヴィンセントは私を抱え上げて、じっと悲しげな目を向ける。
「それは大丈夫です! 実際には別の人に神官の仕事をしてもらいますから! ヘレンとコーリーとマギーにも、新しい神官を手伝ってあげるよう頼んでおきました!」
「え?」
ヴィンセントはきょとんとして私を見る。
私ははじめから神官として働くつもりなどなかった。ただ、テレンスみたいな犯罪者を神官の座に留めて置くのが危ないと思っただけだ。
テレンスに神官を辞めさせたら、はじめから別の人に仕事を任せる予定だった。
私はグレース時代に処刑されたことで神殿にも王都にもうんざりしているので、再びここで働くなんてごめんなのだ。
それなのになぜ神官の役割を奪うような真似をしたかと言うと、単純に幼女に立場を奪われるなんていうひどい屈辱を受けるテレンスの顔が見たかったから。
つまり、ただの嫌がらせだ。
「ええと、つまりシャーロットが神官になるのは名前だけってことかい?」
「はい。シャーリーは神官になるよりも、ヴィンセント様のおうちで一緒に暮らしたいですもの!」
私がそう言って腕に擦りつくと、ヴィンセントの表情が途端に明るくなった。
「そうか、それなら問題はないな! 本当に神官の仕事をするのかと思って驚いてしまったよ。名誉神官みたいなものかな? うん、シャーリーにふさわしい肩書きだ」
親バカなヴィンセントはそう言って一人でうんうんうなずいている。
そして笑顔でテレンスのほうを見た。
「わかりました。神官様がそこまでおっしゃるなら、シャーリーを神官にしていただいて構いません」
「は、はい……。ありがとうございます……」
テレンスは顔を引きつらせて、ヴィンセントにお礼を言う。その顔には、なんであっさり了承してるんだよという不満がありありと現れていた。
「それにしてもシャーリーはすごいなぁ。シスター見習いに行ったら、神官様になってしまうんだもんな」
ヴィンセントはにこにこしながら私の頭を撫でる。
「えへへ」
「家に戻ったらお祝いしようね。ああ、今日は久しぶりにシャーリーと家に帰れるから楽しみだ」
ヴィンセントはでれでれ顔でそう言った。私は明るい声で喜んで見せる。
テレンスはヴィンセントに甘える私を、おぞましいものでも見るかのような目で眺めていた。




