1-5
「シャーリー?」
ヴィンセントは言葉を発しない私を不思議そうにのぞき込む。今は可愛らしい子供のように取り繕う気力は全くなかった。
すると、マイラが私達のほうに顔を向けた。目が合ったように感じ、思わず体が強張る。
しかし、マイラは私など見ていなかったようで、目を輝かせてこちらに走り寄ると、ヴィンセント様に嬉しげに話しかけてきた。
「ヴィンセント様! こんなところでお会いできるなんて嬉しいですわ。お買い物ですか?」
「ああ、シャーリーに洋服やおもちゃを買いに」
ヴィンセントはそう言いながら、頬を緩めて私を見る。マイラはまるで今気づいたかのように私を見遣ると、途端に顔をひきつらせた。
「ま、まぁ……。こちらはどこのお嬢さんですか? 年の離れた妹さん……というわけではありませんわよね」
「シャーリーは私の妖精だ」
ヴィンセントは胸を張ってそんなことを言う。マイラの顔がさらに引きつるのがわかった。
「妖精とは……」
「ああ、失礼。あまりにも人間離れした愛らしさだから、シャーリーは妖精なのではないかと日々疑っているんだ。実は最近森の中で見つけてね。記憶を失っているようで帰る場所もわからないみたいだから、うちで引き取ることにしたんだ」
「まぁ……それは大変ですこと」
マイラは私を一瞬冷たい目で見つめてから、すぐさまヴィンセントに笑顔を向ける。
「あぁ、こんなに小さいのに大変だったと思うよ。記憶が戻るまできちんとうちで預かって育てるつもりだ」
「それはご立派ですわ。けれど、お忙しいヴィンセント様が子供を育てるなんて大変でしょう? 教会に預けると言う手もありますわよ。王都の神殿でも身寄りのない子を預かっていますし」
マイラは頬に手を当てながら言う。あくまでも心配しているという様子を装っているが、つまり私を教会に捨てろと言うことか。相変わらず嫌な女だ。
マイラの言葉にヴィンセントは目を見開いた。
「とんでもない! シャーリーはいるだけで私を癒してくれるんだ。神殿になんて預けるはずがない。それに私が忙しいときは側近もメイドもシャーリーを見ていてくれるから、何も問題はない」
「けれど……」
「マイラ殿。心配はありがたいが、うちの問題に口を挟むのはやめてくれないか」
ヴィンセントの口調に不機嫌なものが混じる。それに気づいたらしいマイラは慌てて出過ぎた真似を、と謝った。
しかしマイラは図々しくも、笑顔で提案してくる。
「失礼なことを申し上げてすみません。けれど、お忙しいヴィンセント様がお体を壊されてはどうしようかと心配になってしまったのです。
そうなったらシャーリー様の生育にもよくないと思って……。
あの、よろしければ私が時折シャーリー様の様子を見にうかがいましょうか? 女性の手があったほうが、健やかに育つと思うんです」
おぞましい提案に吐き気がした。
マイラの目的はなんだろう。私をだしにヴィンセントに近づくことか、それともヴィンセントからいまいましい子供を遠ざけることか。その両方かもしれない。
少なくとも、言葉通り私を心配しているのではないことだけはわかる。
「いや、さっきも言った通り、うちの使用人で世話は足りている。それに君は王都に住んでいるのだろう? こんな遠くまでわざわざシャーリーの世話をしに来る時間なんてないだろう」
「実は先日、神官様の命令でこの街の神殿に赴任することになったんです! ですから心配はいりませんわ」
「いや、しかし……」
しつこく言い募るマイラに、ヴィンセントの顔がだんだん不快そうに歪んできた。
その顔を見て胸がすく思いがする。このままマイラがヴィンセントを怒らせて、怒鳴りつけられたりしないかしら。マイラの憎たらしい笑顔が歪む瞬間が見てみたい。