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「それは大変だったね。こんな森で一人で何も思い出せないでいるなんて不安だっただろう」
「いえ……」
「よかったらうちに来ないか。君が記憶を思い出すまでうちにいればいい」
青年は慰めるようにそう言った。私はびっくりして目を見開く。
冗談じゃない。どうして私が見ず知らずの人間の家に行かなければならないんだ。人間なんてみんな信用していない。いくら慕っていても崇めていても、状況が変われば簡単に裏切るのだ。
しかし、断ろうとしたところで、私の頭にある考えが浮かぶ。
公爵様なんて偉い立場の人、味方に付けたらすごく役に立つのではないだろうか。故郷の愚民共を殺す際に力になってくれるかもしれない。
それに、公爵家で保護してもらえるならお金に苦労することはないだろう。こんな記憶も曖昧な幼い体でも問題なく生きていける。
私は警戒心を押し隠して、強張っていた顔を意図して和らげた。子供らしい無邪気さが出るように意識して、満面の笑みを作る。
それから公爵様のシャツをぎゅっと握って、胸に顔を擦りつけた。
「どうしたんだい? 妖精」
「私、公爵様と暮らしたいです!」
私がそう言ってそっと顔を上げると、公爵様はぱっと顔を輝かせた。後ろの従者は驚いたような困ったような顔をしている。
「そうか! それじゃあ、すぐに屋敷に行こう」
公爵様はご機嫌で歩き出す。従者が後ろから「まずは病院に連れて行って親を探すべきでは?」なんて、ぶつぶつ言っていたけれど、気にしない。
こうして私はヴィンセント・エヴァンズ公爵様に拾われ、彼のお屋敷で生活することになったのだ。
***
「シャーリー、何か欲しいものはあるかい? これから街に行くから買ってきてあげよう」
「街? シャーリーも行きたいです!」
「そうか! じゃあシャーリーも一緒に行こう」
公爵様は嬉しそうに言って、私の頬にキスをする。
私は森で拾われてから、シャーロットという仮の名前を付けられて、公爵邸で散々贅沢をさせてもらいながら暮らしている。
私を拾ったヴィンセントは現在二十四歳で、まだ二十歳のときに爵位を継いだらしい。両親は早めに隠居して、領地の奥の屋敷に移り住んだのだとか。
公爵という立場でこの年齢なら奥方がいてもおかしくないし、そうでなくても婚約者くらいはいそうなものだけれど、ヴィンセントにそういう人はいないそうだ。
この身分にこの容姿なら、寄って来る女なんて山ほどいそうなのに。
私は彼をロリコンなのではないかと疑っている。
幼女姿の私に対するスキンシップが過剰だし、時折幼な子に向けるものには思えない熱のこもった視線を向けられるもの。
彼がロリコンなら、私はもう少し大きくなったら愛人にしてもらってもいいかもしれない。身元の知れない子供が正妻になるのは無理だけど、愛人くらいなら大丈夫だろう。そうしたら公爵家の力をより長く引き出せる。
ヴィンセントのストライクゾーンは何歳までだろうか?
あまり対象年齢が低いと公爵家を利用できる期間が短くなってしまうので、十代前半くらいの年齢までは許容してくれるとありがたい。
「シャーリー、考え込んでどうしたんだい?」
「街に行ったら、ヴィンセント様に何を買ってもらおうか考えていました! お洋服に髪飾りにくまさんのぬいぐるみに、たくさん欲しいの!」
「シャーリーは欲張りだなぁ。仕方ない、全部買ってあげるね」
ヴィンセントはでれでれした顔で言いながら、私の頭を撫でる。エヴァンズ公爵家での私は、ロリコン(仮)のヴィンセントが好みそうな、無邪気で純粋な幼女を演じている。
中身は悪女と呼ばれ処刑された十九歳だなんてバレるわけにはいかない。
「さぁ、シャーリー。馬車に乗ろうね」
ヴィンセントはそう言いながら私を抱えあげる。それから私はヴィンセントの膝の上に乗せられて馬車に乗り、街を目指した。