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「……死んでよかったなんてことはないよな」
「え?」
押し殺すような声が聞こえ顔を上げると、ヴィンセントは珍しく険しい顔で、話をする男性たちを見ていた。不思議に思って尋ねる。
「あの人たちが話しているグレースって言う人のことですか? でも、悪い人たちと組んで悪いことをしていたみたいですよ?」
「え? あぁ、ごめんね、シャーリー。おかしなことを言ってしまったね」
ヴィンセントは私のほうを見てはっとした顔をすると、少し困った顔をして言った。そして複雑な顔で続ける。
「確かにグレースは悪いことをしたかもしれないけれど、それ以前はずっと聖女として国や神殿に貢献していたのに、そのことまでなかったように悪く言うのはどうかと思うんだ」
ヴィンセントは真剣な顔で言う。彼の言葉に私はすっかり気分が良くなってしまった。
私も同じことを思ってる。
これまで散々ルーサ王国と神殿のために尽くしてやったのに、ちょっと犯罪組織と関わってお金儲けしただけで、なんで悪く言われなきゃならないのって。
でも、ヴィンセントがそう言ってくれるとは思わなかった。
「そうですよね、ヴィンセント様! グレースは何も悪くないのに、ひどいと思います!」
「え? いや、何も悪くないとまでは言ってないが……」
「本当にこの国の国民どもは何もわかってないわ! グレースを処刑したこと後悔すればいいのよ!!」
「どうしたんだ、シャーリー??」
ヴィンセントには不思議そうな顔をされてしまったけれど、私はすっかり気を良くしていた。
ご機嫌なまま抱っこされて、エヴァンズのお屋敷に戻った。
***
お屋敷の私用に用意された部屋に戻ると、グレースが処刑されたときのことが頭に浮かんできた。
マイラに告げ口される以前の私は、誰からも慕われる聖女だった。
けれど神殿での規律正しい生活はストレスが溜まることが多い。
シスターは常に微笑みを浮かべて正しく生きなければならず、苛立ちを言葉にすることはもちろん、疲れたとこぼすことすら許されなかった。
そんな毎日から解放されたくて、私は時折、街の酒場にこっそり訪れていた。
そのとき隣国から来たと言う数人の平民たちと出会ったのだ。若い男女の混ざり合った集団で、どの人も気さくで気取りがなく、私はすぐに彼らが気に入ってしまった。
彼らのほうも私を気に入ったようで、一緒に仕事をしないかと持ち掛けてきた。
その仕事が違法なものだと気づいたのは、すっかり深みにはまった後だった。
彼らとのやり取りの手紙を見つけたマイラは、神官であるテレンスに告げ口した。
テレンスは神官になったばかりの、まだ三十歳にもなっていない青年だった。以前は随分私をひいきしていたくせに、マイラの告げ口一つで簡単に態度を変えた。
……いや、その少し前からだっけ? なんだかちょっと記憶が曖昧だ。
とにかく、テレンスはこれまで神殿のために尽くしてきた私をあっさり切り捨て、役人に引き渡したのだ。
「グレースは以前から夜になると神殿を抜け出すことが多かったのです。仕事から解放されて気を抜きたいときもあるだろうと見逃していたのが仇になったようで……」
「最近は神殿の極秘情報がなぜか外部に漏れているということが増えていました。おそらくグレースが情報を流していたのでしょう」
「グレースは以前からどこかおかしなところがあって、突拍子のない嘘を吐くこともあり……」
テレンスが役人に対してそんなことを吹き込むせいで、私への疑惑はどんどん強まり、捜査が進むたびに罪状は重くなっていった。
そして最終的に、国民を欺いて他国へ売ろうとした悪女として処刑されることが決まったのだ。




