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翌日、私はこっそりお屋敷を抜け出した。
街まで向かい、人々に話を聞きながらマイラの居場所を探す。街の人は私が声をかけると、みんな頬を緩めてこちらを見た。
けれど、マイラがどこにいるのかはなかなか教えてくれなかった。私がマイラに近づいて危害を加えられないか心配しているらしい。
結局誰も直接教えてくれなかったけれど、おばさんたちの会話の節々から、何とかマイラの泊っている宿を推測することができた。
その宿は路地裏にひっそり佇んでいた。しばらく入り口を見張っていると、運のいいことにちょうどマイラが顔を出す。
私は早速そちらへ近づいた。
「マイラお姉さん!」
「!? なんであんたがここにいるのよ!」
マイラは私の姿を見た途端、不愉快そうに顔を歪める。
「マイラお姉さんにお別れの挨拶をしたくて……」
「何をしらじらしい……! 私はあんたのせいで神殿を辞めさせられたのよ! なんで私がこんな目に遭わなきゃならないのよ!?」
マイラは苛立たしげな口調で言う。私は首を傾げて尋ねた。
「マイラお姉さんはこれからどこへ行くの?」
「どこだっていいでしょ。なんであんたに教えなきゃならないの」
「王都の神殿に行って、神官様に泣きつくの?」
私がそう尋ねると、マイラの動きがぴたりと止まった。彼女は怪訝そうに私を見る。
「……失礼な子ね。何よ、泣きつくって。私は……」
「だってマイラお姉さん、神官様に随分気に入られていたじゃない。グレースが捕らえられた日も、神官様はあなたのことを何度も褒めていたわ。よくぞあの女の悪事を暴いたって。神官様だって裏では私以上にあくどいことばかりしていたくせにひどいわよね」
「え……? ちょっと待って、あんた一体何を言ってるの……?」
苛立たしげにこちらを見ていたマイラの顔が、だんだん引きつってくる。私は構わず続けた。
「神官様に泣きつけばきっとすぐに居場所を用意してくれるわよ。あなたはグレースを処刑に導いた功労者だもの」
「なんなの……? なんであんたがグレースのことを知ってるのよ……」
マイラの目に怯えの色が浮かぶ。私が一歩足を踏み出すと、マイラは後退りした。
「あなたって人に媚びを売るのは上手よね。私もすっかり騙されちゃったわ。普段は人を部屋になんて入れないのに、中に通して背中まで向けちゃって。愚かだったと思うわ」
「何を言って……、あ、あんたまさか」
マイラがかすれた声で言う。私はさらにもう一歩踏み出して彼女に近づいた。
「死んだってどこまでも追いかけてやるって言ったでしょ? 私、地獄から戻ってきたの」
「ひっ……!?」
マイラは怯えた声を出し、私に背を向けて逃げようとする。しかし、急ぎ過ぎたのか足をもつれさせて転んでしまった。
「ひどいわ。久しぶりに会えたのに逃げるなんて」
「わ、私は悪くない……! 私はあんたのやったことを報告しただけよ! 自業自得で処刑されたくせに逆恨みはやめて!」
「そうね。私が処刑されたのは自業自得だわ」
私は腰が抜けて動けないでいるマイラに近づいて、髪をつかんで上を向かせた。
「それでもあなたはムカつくのよ。あなたごときに騙されて殺されたのかと思うと、屈辱で身震いがするわ」
「は……離し……」
「どうしてやろうかしら。あなたも私の魔法の威力を見たわよね? 風のナイフで私と同じように首を落としてやりましょうか。火炙りでも水責めでもいいわよ」
「いやあ……!!」
マイラは足をもつれさせながらやっとのことで立ち上がると、一目散に逃げていく。
私は遠ざかっていく彼女の背中に向かって言った。
「ねえ、マイラ。王都に戻るなら神官様たちに伝えておいてくれるかしら? グレースは蘇ったわ。すぐにあなたたちを追い詰めに行くから待っていなさいって」
よろけながら必死で走るマイラからは、当然返事は返ってこない。
私はマイラの背中が見えなくなるまで眺めてから、エヴァンズ公爵邸に戻った。




