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それに一体ここはどこなのだ。
私は確かにルーサ王国の王都の広場にいたはずなのに。この森は一体どこの森だ?
自分の正体も今いる場所も何もかもわからないまま、私はひたすら森を歩き回った。
ちくしょう、どうせ入れ替わりか転生かでこの世に留まれるなら、もっと使いやすい体がよかった。
そうしたら私を処刑したあの愚民共を潰しにいけるのに。
心の中で毒づいても、所詮体は幼女のもの。しばらく歩いているうちに、すっかり疲れ切って歩けなくなってしまった。
木の影にしゃがみ込んで休憩する。
けれど、目の覚めた場所が薄気味悪い森とかではなくて、まだよかった。この森、やけに穏やかで、怖い獣なんて全然出そうにないもの……。
「おーい、大丈夫か? おい、君」
突然男の声が聞こえてきて、私はうっすら瞼を開ける。眠ってしまったのだろうか。ええと、私はどこにいたんだっけ……。確か、目を覚めしたら突然森の中にいて、幼女になっていて……。
そこまで思い出して、跳ね起きた。私は何もわからない状況で森を彷徨っていたのだった。眠り込むなんて、なんて迂闊な真似を。
警戒しながら、目の前の男を見ると、その人は安心したようににっこり微笑んだ。
「よかった、目が覚めたんだね。こんなところで一人で眠っているから、死んでいるのではないかと思ったよ」
見惚れるほど美しい男性だった。銀色の髪に少し薄い青の目をしたその姿は妖精めいていて、まるでこの世のものではないみたい。
年は二十代前半くらいだろうか。しかし十代と言われても三十代と言われても違和感のないような、不思議な姿をしている。
警戒するのも忘れて呆然とその人を見ていると、彼は突然私に手を伸ばし、抱きかかえた。
はっとして私は暴れる。つい見惚れて放心してしまったが、見ず知らずの人間に捕まるわけにはいかない。
「こらこら、妖精。暴れちゃ駄目だよ。こんなところに一人でいたら危ないだろう。家まで送ってあげるから」
幼女が暴れたくらいでは青年はびくともせず、私は諦めて力を抜いた。しかし、妖精とはなんだろう。私のことだろうか。この人の方がよっぽど、妖精か精霊みたいな外見をしているけれど。
「公爵様、その子怖がってますよ」
「何だって? かわいそうに。森で一人でよほど怖かったんだね」
「いや、そうじゃなくて。あなたが突然持ち上げるから……」
青年の後ろから、従者らしき男性が窘める。
青年にも従者らしき人にも悪意は見えず、ただ純粋に迷子を気にかけているだけのようにも見える。
しかし、人々の悪意の中で首を落とされ殺された記憶が生々しく残る私には、人を簡単に信じる気にはなれなかった。
「妖精、怖がらなくていいよ。家はどこか言ってみなさい」
青年は優しい声で言う。なんだか警戒感が薄れそうになる声だ。
しかし、私には警戒心のほかに答えられない理由があった。そもそも、私は自分の家なんて知らないのだ。
「わからないです」
「そうか、どこから来たかわからないんだね。住んでいた街の名前くらいはわからないか? ご両親の名前でもいい。そうだ、君の名前は……」
「違うんです。何も思い出せないんです」
私がそう言うと、青年は目をぱちくりした。そしてしばらく間を置いて、従者と何やら騒ぎだす。
「何も思い出せないって、まさか記憶喪失か!? 一体何で記憶喪失の子供がこんな森に」
「どうしたものでしょう。病院に連れて行くべきでしょうか」
青年は従者としばらく話し合ったあと、こちらに顔を向けた。