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「ああ、シャーリー! やっと会えた! 寂しかったよ!」
「痛いです、ヴィンセント様」
あれからマイラと一時間ほど魔法の勉強(私が前世の知識通りに質問に答えると、マイラに全て否定されるというひどいものだった)をし、ヴィンセントの執務室に行くと、彼は私を見るなり駆け寄ってきて抱き上げた。
力を込めて抱きしめて思いきりほおずりするものだから、幼女の繊細な肌には痛い。
私が抗議すると、ヴィンセントは慌てた様子で謝った。
「ごめんね、シャーリー。一時間も離れていたものだから」
「一時間しか離れてないです」
ついかわい子ぶるのも忘れて、真顔で言ってしまう。
すると、後ろから甲高い声が割って入った。
「あの、ヴィンセント様! シャーリーちゃんのことで大切なお話があるんです!」
「ああ、マイラ殿。……シャーリーの?」
今思い出したようにマイラを見たヴィンセントは、彼女の言葉に怪訝な顔をする。
「ええ、とても重要なことです。……シャーリーちゃんには、使える属性がないようなんです」
「え? それは本当か?」
ヴィンセントは驚いた顔をする。マイラは神妙にうなずいた。
「はい。実はシャーリーちゃんに魔法を教えてあげようと思って、属性検査キットを使ってみたんですが……。シャーリーちゃんはどの魔法石にも反応しなかったんです……」
マイラはヴィンセントに抱き上げられている私をちらちら見ながら、いかにも深刻そうに言う。
思いきり反応していただろうがという言葉は飲み込んで、私も悲しげな顔を作った。
しかし、ヴィンセントは明るい声で言う。
「そうか。シャーリーには属性がないのか! まぁ、それでもエヴァンズ家の力を使えば学校も仕事もどうとでもなるしな。何の問題もない」
ヴィンセントはそう言って私にまた頬ずりした。マイラは目を見開く。
「え……っ、属性がないんですよ!? 大変なことじゃないですか!」
「そんなものシャーリーの愛らしさの前では些細な問題だ。なぁ? シャーリー」
ヴィンセントがそう言いながら目を細めて私を見るので、私は気分がよくなった。
彼にはマイラの企みなんて、私が対策をするまでもなく、効かないらしい。
ヴィンセントの反応にマイラは悔しそうな顔をしている。
「シャーリーちゃんはまだ子供ですからヴィンセント様も気楽に構えていられるのでしょうけれど、属性がないとはつまり魔法がほとんど使えないということ。……これから大変な苦労をしますわよ?」
「いや、大丈夫だ。記憶が戻らなかったらシャーリーには一生うちにいてもらうつもりだし、記憶が戻って元の場所に帰ることになっても、エヴァンズ家で困らないよう取り計らってあげるから」
ヴィンセントはそう言いながら、「なぁ、シャーリー?」と私を見る。
「けれど……」
「でも、確かに君の心配はもっともだな。後日改めて正式なテストをしてもらって、本当に属性がないのか確かめてもらうよ。ただ、たとえ属性がなかろうとシャーリーが困ることにはならないから安心してくれ」
「い、いえ! 正式なテストなんてそれは!」
ヴィンセントの言葉にマイラは途端に青ざめる。それから柔らかい表情で提案してきた。
「さきほどシャーリーちゃんとも話したんですけど、ヴィンセント様さえよろしければ私がシャーリーちゃんに魔法を教えたいんです。私は王都の神殿で身寄りのない子供の教育係を任されていたこともありますから、基礎を教える分には問題ありませんわ」
「いや、そこまで頼むのは……」
「私のことは心配なさらないでください! シャーリーちゃんに少しでもいい未来をつかみ取って欲しいんです!」
マイラは手を組み合わせ、そう懇願する。
私は思わず吹き出しそうになった。幼い子供に属性がないと嘘をついて自信を失わせようとする女が何を言っているのだろう。
私は笑いをこらえながらマイラに加勢してやった。




