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「覚えてなさい、ここにいるあんたたちのこと一人残らず呪い殺してやるから!!」
手を縛られ、兵士に乱暴に引っ張られながら私は観衆に向かって叫んだ。私の声に、観衆から怒号が飛ぶ。
「さっさと消えろ、この悪魔が!」
「俺たちを騙しやがって!!」
観衆の叫びを聞きながら、私は笑ってみせる。
馬鹿な民衆たち。つい最近までは私のことを聖女と崇めていたくせに。少し本性を出したらこのざまか。
兵士は顔色一つ変えず、私を処刑台まで連れていく。目隠しは拒んだ。最後までこの忌まわしい世界を見届けてやる。
「せいぜい私を殺したことを後悔することね。私は死んだってあんたたちを許さない。どこまでも追いかけて地獄に落としてやるわ!」
それが最後の言葉だった。
容赦なく刃は振り落とされる。
こうして稀代の悪女グレースは、十九年の短い生涯を終えた。
***
「おいで、シャーリー! ああ、本当に可愛いな。まるで妖精だ」
「公爵様、痛いです」
「ああ、ごめんね。でも、シャーリー、私のことは名前で呼ぶように言っただろう?」
公爵様……いや、ヴィンセント様は、抱きしめていた腕を緩めてそう言うと、私に頬ずりをした。
シルバーの髪に切れ長のアイスブルーの目をしたヴィンセント様は、黙っていると鋭利な印象なのにどこか儚げで、非常に近寄りがたい印象を与える。
しかし、その本性は動物や妖精や小さいものが大好きな変わり者の青年で、私の目に映る彼は残念極まりない。
「こうしゃ……ヴィンセント様、すりすりが長いです」
「ああ、シャーリー! ヴィンスで良いと言っただろう? 私は君の家族も同然なんだから!」
ヴィンセント様はそう言っていっそう私を強く抱きしめてほおずりするので、私はやれやれとため息を吐いた。
一ヶ月程前、私は森で彷徨っていたところをこの若き公爵、ヴィンセント・エヴァンズ様に拾われた。
あの日、確かに処刑されたはずの私は、なぜか見知らぬ場所で目を覚ましたのだ。
頭の中にはつい先ほど自分が縛られて群衆の前で首を落とされた記憶が確かにあり、痛みも、肉が切り裂かれる感覚もしっかりと残っていた。
周りを見渡せばどこまでも続く森。
上からは柔らかく日の光が差し込んで、やけにのどかな光景だった。遠くから小鳥のさえずる声がする。
自分の手を見ると、けが一つもないみずみずしい手があった。しかし、やけに小さい気がする。
状況が理解できないまま、ゆっくり足を進める。歩いている間もやけに目線が低く、足取りがなんだかおぼつかない。
見つけた池でおそるおそる水面を覗き込んだときは、悲鳴を上げそうになった。
そこには悪女グレースの姿はなかった。
真っ赤な口紅を引き、胸元のざっくり開いた黒いドレスを着て意地悪な笑みを浮かべていた女の姿など見る影もなく、水面に映るのは、まんまるの目を見開いて驚いた顔をしている、幼い少女だけだった。
髪をぺたぺた触り、何度も水面に顔を近づけて、必死に信じがたい状況を理解しようとする。
(一体誰よ、これ!)
水面に映る少女は、はちみつ色の柔らかそうな髪に、新緑を思わせる鮮やかな黄緑色の目の、大変愛らしい姿をしている。年はせいぜい六歳か七歳くらいにしか見えない。
こんなあどけない少女の中身が悪事の限りを尽くしたグレースだなんて、誰が信じられるだろう。
私は誰かと入れ替わったの? それとも、早速生まれ変わったとか? いや、生まれ変わりなら赤ん坊から始まらないとおかしいか。