馬車にて
「どうも雲行きが悪いな、仕方ない、日程を少しずらすか。もともと余裕を持たせてあるからな」
ケント領は高原にあるため、やや天候が変化しやすい上に、王都への道は国道に出るまで一部山道でもある。ウィリアムにそう伝え旅支度を解くように説明し、
「少し安全を考えて日程は遅らせよう。大丈夫、婚約式には間に合うからな。まあ、アーサー君に早くあいたいだろうお前の気持ちは良くわかるがな」
とシャーロットに話しかけてくる。
「お父様ったら、大丈夫ですわ。」と話したところで、
「旦那様、ランバート商会からお手紙です。」と使用人が持ってきたのは、いつものランバート商会からの封印をした手紙であった。
その手紙を読んだあと、
「何と、これは!」と唸ったと思ったら、
「ウィリアム、やはり今から出発する。急な用事ができた。」
と言い出す。
「旦那様、どうされたのですか?先ほどはおやめになるとおっしゃったのに。」
とウィリアムが尋ねると、
「仕方ない、詳細は言えないが急ぎ王都にいかなければならん」と苦虫を噛み潰したような表情で動き始める。
「お父様」とシャーロットが声をかけると、
「なに、心配いらない、雨だからと言っても別にいつも通っている道だ。心配はする必要なないからね」
と額に優しくキスをしてくれた。
「だができれば雨が強くならないうちに次の宿泊地につきたい。急ごう」と慌ただしく出発となった。
婚約式のため、そしてシャーロットの入学式のための出発、当面、もしかするとここからずっと領地の館には帰ってこられなくなる、そういう想いが双方にあり、全ての使用人が、玄関前のロビーに集まっている。
ウイリアムが、
「お嬢さま、この度はご婚約おめでとうございます。アーサー様は大変ご立派な方、おしあわせになられること皆確信しております。また、ご優秀な成績で王立の女学院にこのご年齢で入学がご許可されたこと、我々の誉れでございます。王都でのご活躍をお祈り申し上げております。」
と使用人を代表して挨拶してくれる。
シャーロットは、
「ありがとう、皆に祝福してもらえてとても嬉しいです。でも、とても寂しくもあるわ。ハーブ園、大切にしてね。入学しても休みにはこちらに戻ってこられるようにアーサーにもお願いしてみます。それまで、元気でいてね。」
と泣きながら答える。
この1週間ほど何度も挨拶を受けてお互い泣いていたのだが、これが本当に最後だと涙がとまらない。この数日、淋しさのせいか、夢にうなされていたのもあるのかもしれない。
「さあ、これが本当に最後というわけでないんだから行こう」
と父に促され馬車に乗る。
小雨の中手を振りながら館を後にした。
馬車は2台に分かれ、1台目に領主夫妻と2台目に子供と、子供二人につけている侍女、そして外には護衛、侍従を配置している。
「あなた、何がありましたの」と妻が聞いてくる。
「うぬ、実はゲルトランが王都で、自分の財産だと虚偽の報告をして、我が家の財産の一部を売却したらしい。ランバート商会から問い合わせがきた。」
「まあ、なんてこと、そんな勝手なことができるわけがないのにどうして。」
「おそらくキャロラインだろう。キャロラインは私の筆跡も知っているし、もしかすると子爵印を偽造したのかもしれない。早く商会に行ってそれが偽造であることを証明しないと大変なことになるし、偽造したキャロラインが捕まればそれはそれで不名誉なことだ。シャーロットの縁談にも影響しかねない。」
と眉をひそめる。
全く、父上もなんであんな男と結婚させてしまったのか。これからは二人で頑張るからと言ったあの二人の言葉を簡単に信じて結婚させた結果がこれだ。あの男はまともに働くということができないやつだ。と心の中で苦々しく思う。
後方の馬車では、
「お姉様、顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
とギルバートが声をかけてくる。
シャーロットは
「大丈夫よ、ちょっとこのところ夢見が悪くて寝不足気味なの」
と返事をする。
「あら、どんな夢ですの?」
と新しく自分付きの侍女になったリリアが尋ねてくる。
「それがね。一生懸命勉強している夢なの。でも、今まで聞いたことの無いような本を開いたり何かを使ってそれを動かしたり」
「何かって何なんでしょう」
とギルバートも聞いてくる。
「それが、自分でもよくわからない。でも、とりあえず、すごく一生懸命に勉強しているのはよくわかるしそれがなんとなく薬とかの話のようにも思えるの」
リリアが、
「まあ、やはりお嬢様は3年も早く女学院に入学を許されるかたですもの、きっと将来大学に進学される夢を見られたのでは」
と話す。
「リリア、失礼なことを言うんじゃありません。お嬢様は学院を卒業されたら、花嫁修行をイーズス家でされてアーサー様とご結婚されるのですから、伯爵夫人として社交界に出て行く方ですよ。大学は殿方の行かれるところ、もしくはどこにも嫁ぎ先が見つからなかった女性が女官として生きていくために行くところですよ。」
とギルバート付きの侍女であるメアリーがリリアを叱る。
そうよ、私はアーサー様の奥様になって伯爵夫人として生きて行くんですもの。もうハーブともお別れしなくては。と思う一方で、そんな人生が送りたいのかと何処かで囁くような思いがある。その思いを封じて目を瞑ると寝不足気味なのかうとうとし始めた。
「お休みになられたようね。」「ギルバート様もお休みになったようね。」「小声で話しましょう」
と子供達がお昼寝を始めたところで侍女同士でのおしゃべりが始まる。
「今回王都に行かせてもらえてとてもラッキーだったわ。エマがいたら絶対エマがついて行ったんだろうけど」
とリリアが話す。
「そうね、エマってばあのパン屋の息子と駆け落ちしてしまって。まあ、二人が思い合っているのも分かったし、パン屋の許嫁は、小麦問屋の出戻りの娘で無理やり押し付けた女だってことだったしね。
結局そのことがわかった旦那様から小麦問屋が叱られてこの話はなかったことになったから、結局損をしたのは、駆け落ちした二人ってことになるわよね。」
とメアリーが首肯く。
「そうよね。駆け落ちとなるとなかなかどこでも簡単に住めなくなるしね。でも、まあ、駆け落ちしても好き同士なら二人は幸せで良いんじゃないの。そう言うのも憧れるわよね。」とリリア。
「ちょっと、お嬢様に変なことを言わないでよ、アーサー様はとても素晴らしい方だけど、本当にシャーロット様が生まれた時からずっと想いつづけていらっしゃるのがわかるから。駆け落ちとか大学とかそんな話は厳禁よ。」
とメアリーが再度、年若のリリアを叱ってその話は終わったのだった。




