シャーロット9歳 1
まだ幼いこともあり正式な婚約披露はシャーロットが10歳になってからしようと言うことになりそれまでは仮婚約としてパーティーなどは行わないままとなった。
半年ごとに行き来し、1週間ほど滞在すると言った生活を毎年行い、プレゼントや手紙をやりとりする日々。
アーサーは、7歳から貴族男子のみが入学可能なセントアンドレア校に入学したためそれからは夏休みに1週間ほど滞在する以外は、会えなくなってしまっていたが、代わりに手紙をやりとりするようになっていた。無論、シャーロットの手紙は、まだ幼いが一生懸命にシャーロットは書いてくれるのをアーサーは心待ちにしていたし、字がどんどん上手になって行くのを見るのもたのしかった。
そして毎年の恒例の夏休み、会うたびにどんどん美しくなっているシャーロットに会えるたびに幸せになって行く。
アーサーは13歳、シャーロットは9歳となる。今年は、アーサーの授業の都合で、例年より1ヶ月ほど早く訪れることとなった。
「アーサー、いらっしゃいませ。お待ちしておりました。お会いできて嬉しいです。」
と花が咲いたような笑顔で花束を抱えたまま片手でカーテシーをして出迎えてくれたシャーロットをみて、言葉が出なかった自分が恥ずかしい。
返事のないアーサーを見てシャーロット本人は、きょとんとした顔をしていたが、後ろから護衛でついてきた乳兄弟のオスカーから背を突かれはっとする。
「シャーロ….出迎え有難う。」
ここまで言うのが限界であった。
さらに背中を叩かれる。
「その綺麗だね…」
シャーロットは微笑みながら、
「そうでしょ、この花束、今日アーサーが来られると思って朝からお庭で摘んできたの。綺麗でしょ。ハーブも混ぜてあるので、お部屋に飾っていただいたらとてもリラックスできるものばかりを集めたの。喜んでもらえて嬉しいわ。」
すでにずれているのだが、修正も難しい。
「有難う、おかげでとてもリラックス出来そうだ。」
と返事をして花束を受け取る。
後ろで、乳兄弟のオスカーが笑うのをこらえながら震えている。
そこにバタバタと走ってくる足音が聞こえてきたと思ったら、
「アーサー兄上!ようこそいらっしゃいました!ずっとおまちしておりました。」
と6歳になったギルバートがやってくる。ギルバートは、父親によく似ており、茶色い髪に鶯色の目をした元気な少年でアーサーが夏休みに来るたびに剣の練習を一緒に行っている。
アーサーの父は騎士団長として王国の軍務を担っており、その実力は国一番と言われている。その息子として将来やはり後継として入団を希望しているアーサーは勉学のみならず軍人としての鍛錬も必要であり、日々、学校の授業だけではなく基礎訓練や模擬剣での練習などを乳兄弟のオスカーと受けている。将来の弟になるであろうギルバートと一緒に練習しながら指導することも可能だ。
ちょっと話題がシャーロットからずれたことにホッとしながら
「やあ、ギルバート、元気そうだね。ではまた明日から早朝練習を一緒にしよう」
と声かける。
シャーロットが
「まあ、ギルバート、よかったわね。羨ましいわ。わたしも一度アーサーと一緒に朝を過ごしたいわ」
アーサーの頭の中は真っ白である。朝を一緒に過ごす、朝、一緒、朝って、朝だよな。明後日ではないよな。
混乱している。
「早朝花が咲いたばかりの花をつむととても薬効が高いので庭師たちはいつも夜明けごろの朝からハーブ園にいるの。とても清涼な空気に満ちてるの。昔はお父様がいるときには連れて行ってもらっていたのですけど、最近はもう子どもでないからダメっておっしゃって連れて行って下さらなくなって。でもアーサーも一緒なら許して下さるのではないかしら。とても清々しい気持ちになれると思うわ。」
と天使のような笑顔を向けて来る。
そうだよな、そうだと思ったよ。いや、変な期待をした自分が愚かだ。消えろ、この煩悩とアーサーは心の中で繰り返し、後ろで震えているオスカーの足を踏みつける。
アーサーが笑いながら
「そうだね。では、少し遅くなるけど早朝練習後でよければご一緒するよ」
夜明け直後の時間の若い庭師見習いもたくさん居るところにシャーロットが行くなんて絶対に受け入れられんと心で思う。
シャーロットがパッとまた天使のように微笑んで
「嬉しいわ。楽しみにしています。ごめんなさい。玄関でこんなに長くお話ししてしまって。エマ、まずはお部屋にご案内して。それからテラスでお茶にしましょう。」
と自分の使用人であるエマに声をかける。
長くシャーロットの侍女としてシャーロットの面倒を見てくれて居るエマがアーサー達を部屋に案内してくれる。
部屋に入るとアーサーはエマに花束を預けながら
「やあ、エマ、今回も世話になるよ。よろしく頼む。特に変わった事はなかったかい?」
と尋ねる。
エマはクスクス笑いながら、
「こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。先ほどはお嬢様が大変申し訳ございません。天使はいつまでも天使でいらっしゃるので、なかなか訂正して差し上げにくいのです。」
エマは、今年二十歳でずっとシャーロットが生まれてからこの屋敷でシャーロット付きの侍女として働いてきて居る。
「確かに天使だなと思うが、僕以外の男子にあんなことを言ってしまったらと思うと心配にはなるな。」
エマはうなずきながら、
「奥様にもお話しさせていただきます。ただ、何がいけなかったかと言うことを具体的に説明するのが難しいかとは思います。まだ、まだお小さいのですから。」
なんとなく、天使の一言で妄想を広げたお前の方が悪いんだろうと婉曲に言われている気がするのは自分だけだろうか。
「この一年で変わったことといえば、ゲルトラン男爵ご夫妻が時折来られることでしょうか。」
ゲルトラン男爵夫妻、ケント子爵の妹とその夫である。どうも男爵の媚びるような目つきが気に入らず、また、ケント子爵も妹とはいえ、男爵と結婚してからどうも夫婦して金遣いが荒いなどの噂もあり好ましく思っていないらしいという話をアーサーは父親から聞いていた。
エマは、「失礼しました。お客様にこのようなことをお聞かせして。」と謝罪するが、
いや、むしろ、さっきのお小さいと言われた方が心に刺さったぞと思いつつ、
「ケント家は自分の婚約者の実家だからね、自分の家を心配して当然だ。知らせてくれて有難う。」
と伝える。
エマは、元々は、辺境の街の出身だが、実家が裕福でなく王都に奉公に出てきたらしい。そこで結婚前の子爵夫人のお眼鏡に適い、夫人の結婚の時にケント領について来たと聞いている。よくしてもらったという思いが強く忠義心が強いと以前ケント子爵から聞いたことがある。
ホッとしながらエマが
「お着替えが済まれましたらテラスの方にいらしてくださいませ。」と預かった花束を花瓶に移して整えた後、退室して行く。
毎年、ここに滞在するので家の中もよく知っており案内は不要である。
ふんわりと、ハーブの香りがほのかに部屋に漂ってくる。
エマが出て言った瞬間、オスカーが爆笑する。オスカーは妹がアーサーの乳姉妹でアーサーより3歳上である。ほぼ兄弟のように過ごしておりアーサーに対する遠慮はない。
「もう、ほんと、ムリ。勘弁してくださいよ。若、通常とお嬢様の前でなんでこんなに口数が違うんですか。笑える。」
「笑うのはいいかげんにしろ、仕方ないだろ、一年ぶりにあったんだから。」
「いやあ、いつもの半分も喋らないんだから。面白い。
お嬢様も天使というか天然というか、若の心臓、保つのかってぐらいだな。」
それはその通りだ。本当にこんな世間知らずで大丈夫なんだろうか。
「シャーロット様ももう9歳、学院には入らないんですか?」
「どうも、頭がとても良いらしくて通常の学校だとかえって他の生徒のペースを崩すと思うと言われているらしい。スキップが許される10歳になったら王立女学院に入れたいと子爵は考えているそうだ。」
「へー、10歳で13歳と同じという事はある意味若と同じということですか。それはすごいですね。」
「あくまで女学院だけどね。手先もとても器用で刺繍なんかはとてもプロ級に近いらしい。ハーブの知識はもう実践を兼ね備えているからすごい知識量だそうだ。」
「そりゃあ、天使のように可愛くて、頭が良くて、手先が器用で、若、心配が絶えませんね。」
心でうなずきながら、
「来年は、入学前に僕と婚約式、イーズス家の将来の夫人となることが確定した状態での入学だ。誰も手出しはできないはずだ。」
と返事をすると、
「こわ、すでに囲い込む形が完璧にできているわけですね。しかも、若もすでにスキップしている授業も多く、来年は16歳と同じ扱いで騎士団に入る予定となっていると。誰も、将来の騎士団団長夫人には手を出したりしないと。」
「騎士団と言っても入団したてだからとても厳しいが、彼女が王都にきてくれたら守りやすくもなるしね。ホッとするよ。
ただ気になるのは、ゲルトラン男爵だな。王都に帰ったら調べなくては。」
「本当、シャーロット様のことになると容赦無いですね。了解です。こちらからも、父に伝えておきます。」
オスカーの父はイーズス家の私設騎士団長である。イーズス家ぐらいになると自分の家は自分で守れるように家に騎士団を置くことを許されている。同時に、父の手足となりいろいろなことを調べることも得意としている。まずは安心だろう。
「さて、シャーロットが入れてくれるお茶をいただきに行こう。」
二人はテラスに向かったのだった。




