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8:初デートは失敗?(1)

 十月になり、心地良い風が感じられる季節となった。

 青い空にはふわふわの白い雲が浮かび、小鳥たちは可愛らしくさえずりながら飛んでいく。


 気持ちの良い晴天。お出掛けにぴったりの一日の始まり。


「あああ、き、緊張してきました……!」


 リーニャはがたがた震えながら、屋敷の窓から外の風景を眺めていた。庭の木々が朝の光を浴びて、葉をきらめかせているのがよく見える。


 そう、今日はフェリクスとデートをする日。


「リーニャ姉様、あのツンツン魔術師が迎えに来るのは十時でしょう? 今からそんな調子では、体が持ちませんわよ?」

「サーシャ……でも、私、デートなんて初めてなんですよ……。うう、胃が痛いです……」


 胃のあたりを押さえながら、リーニャは半泣きになった。


「これでは、フェリクス様の好みの女性像なんて探れないかもです。そうしたら、このまま私が花嫁候補確定になってしまいます……」


 もし間違ってフェリクスの花嫁になってしまったらどうなるか。

 フェリクスは伯爵家の嫡男だと言っていたから、いずれ彼は伯爵となるのだろう。ということは、その花嫁――妻は、未来の伯爵夫人。


 伯爵夫人ともなれば人と会うことも多いはず。お茶会だとか夜会だとか、人がうようよいるような場所にも行ったりしなくてはならない。


 そんなの無理だ。人見知りのリーニャにとっては地獄でしかない。


「リーニャ姉様、お顔が真っ青ですわ。……やっぱり心配ですし、私も一緒について行こうかしら」


 サーシャが眉を下げて、心配そうにリーニャを見つめてくる。この妹は本当に優しい良い子だ。

 リーニャはその妹の手をきゅっと握り、微笑んだ。


「サーシャが一緒に来てくれると、すごく嬉しいです! ぜひ、一緒に……」

「いや、駄目だ」


 低い声がリーニャの言葉を遮る。くるりと振り返ると、部屋の入り口に難しい顔をした兄イザークが立っていた。


「デートに妹がついて来るなんて論外だろう」

「でも、でも!」

「良いか、リーニャ。なんでお前がフェリクス様の花嫁になりたくないのか、なんとなく俺も想像がつくが。それでも、やっぱりこれは良いチャンスだと思うんだ」


 兄はゆっくりとリーニャの傍まで歩いてきて、その大きな手でリーニャの頭を優しく撫でた。恐る恐る兄を見上げてみると、予想していたよりも温かな瞳で見られていることに気付く。


「俺だって、人見知りのリーニャをずっと守ってやりたい。けれど、俺も、サーシャも、自分の人生がある。そろそろリーニャも独り立ちしないといけないんだ」

「……イザーク兄様」

「大丈夫。フェリクス様は、きっと良くしてくださるよ」


 兄の大きな手がリーニャの髪に結ばれたリボンの位置を直してくれる。


「リーニャは俺の自慢の妹だ。自信を持て」

「……はい」

「リーニャ姉様、今日の格好、とっても素敵ですわ。ほら、笑顔ですわよ!」

「……えへへ」


 兄だけでなく妹までリーニャを励ましてくれた。嬉しくて自然と笑顔になる。


 そうだ。リーニャはもう十八歳なのだ。人見知りだからといって、いつまでもいろんなことから逃げ回っている年齢ではないのだ。


「よーし、私、頑張ってくるのです! 負けませんからね!」

「おおー! 頑張れ!」

「応援してますわ、リーニャ姉様!」


 兄妹の声援を受け、リーニャははりきって拳をぐっと握り締めた。




 そんな風に気合いを入れたはずなのに。

 約束の時間になり、フェリクスがリーニャを屋敷まで迎えに着た途端、早くも心が折れた。


「あ、リーニャ! おはよう!」


 屋敷の前で馬車から降りたフェリクスが、リーニャを見つけてにこりと微笑んだ。その笑顔がとても綺麗で、いや綺麗すぎて、リーニャは頭を抱えた。


(フェリクス様がいつも以上に輝いていらっしゃいます! こんなの絶対勝てません! ドキドキして何もできないに決まってますー!)


 逃げたい。

 こんな天使の隣を歩くとか、何の拷問だ。

 無理、本当に無理だ。


 リーニャはくるりと向きを変えると、屋敷の中へ逃げ帰ろうとした。半泣きでお出掛け用のドレスのスカートをそっと掴み、駆けだそうと足を踏み出す。

 けれど、リーニャの意思に反して、急に足が動かなくなった。


 まるで足が地面に縫い止められてしまったかのように。


「あわわ……?」


 驚いて足元を見ると、キラキラした金色の光がまとわりついていた。その光はリーニャの足を包み込むかのようにして捕らえている。どういうことかと首を傾げていたら、肩をぽんと叩かれた。


「リーニャ? なんで逃げるの?」


 フェリクスがにっこりと笑って、すぐ隣に立っていた。さあっとリーニャの顔から血の気が引く。


 今日のフェリクスは、控えめではあるものの、きちんとした貴族らしい服装をしていた。繊細な刺しゅうの施された上着はとても上品な感じがするし、靴だってピカピカに光っている。中に着ている白いシャツも、よく見るとボタンの部分が凝っていた。貴族令息にふさわしい綺麗な格好だ。


 対してリーニャはというと、貴族令嬢というには物足りない格好だった。いや、一応デートだからということで、サーシャがいろいろ考えてコーディネートしてくれたのだけど。

 シンプルな桃色のワンピースに、母が置いていったちょっと高価なショールを羽織るだけ。髪にはリボンを結んでみたものの、やっぱり着飾るというには程遠い感じがする。


「すみません、ごめんなさい、やっぱりデートなんて無理です! 釣り合いません!」

「リーニャ?」

「あああ、足が動かないです! なんでー?」

「それは僕が魔法でリーニャを捕まえているからだね。ほら、逃げられないように」


 なんてこと。こんなところで貴重な魔法を使うなんて、この魔術師、ずるい。


「フェリクス様、魔法を解いてください! 困ります!」

「逃げない? ちゃんと僕とデートしてくれる?」

「逃げません! デートも頑張ります!」

「……じゃあ、今日は恋人っぽく振る舞ってくれる?」

「恋人っぽく振る舞います! だから……って、えええー!」


 リーニャが叫ぶのと同時に、足を捕らえていた光が消えた。急に魔法が解かれてしまったせいで、リーニャの体が大きく傾く。

 そのまま転びそうになって慌てて手をばたばたさせると、その手がぐいっと引かれた。


「大丈夫、リーニャ?」


 ぽすんとフェリクスに抱き留められて、リーニャの顔が瞬時に赤く染まる。

 可愛い顔をした年下美少年のくせに、こんなの、一人前の男の人みたいではないか。

 と、ここで初めて、彼の方がリーニャよりも少し背が高いことに気付く。


(ひゃああ! やっぱり無理! 恥ずかしすぎますー!)


 ドキドキとうるさい心臓の音。春の花のような柔らかなフェリクスの香り。

 リーニャは体の芯から熱くなってしまい、半泣きでまた逃げようと画策した。


 けれど。

 どこか余裕ぶったフェリクスにすぐに捕まり、抵抗する間もなく馬車に押し込まれた。

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