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31:諦めたくない(4)

 こうして、男はあっさり捕まった。

 フェリクスの魔法で手足を拘束されたまま、今は床の上に転がされている。頬の痩せこけたひょろひょろの中年男が店に転がっているのを見ていると、なんだか微妙な気持ちになる。


 この男はずっとルアンナに恋慕していたらしい。けれど、ルアンナは彼を拒絶した。

 まあ十六歳だというルアンナにとって、中年の男がそういう対象に見えないのは当然だと思う。なのに、王宮魔術師という華やかな立場にいたことで、彼は勘違いをした。


 自分は普通のやつとは違う。ルアンナに受け入れられて当然なのだ、と。


 もちろん、この男が本当にルアンナを大切にするような性格であれば、結果は違うものになったのかもしれない。

 全てはこの男の傲慢さが原因で、こうなった。

 こんな男は、たぶん、どの女性からもお断りされるタイプなのだと思う。


(振られても振られてもめげないところは、ある意味すごいですけど)


 そういう点では、母と似ている。好きな人を手に入れるために全力を尽くす。

 ただ、母とこの男では結果が正反対なわけだけど。


 何が違うんだろう。どうやったら、振られてもそこから逆転できるのだろう。


 考え込むリーニャの傍に、妹サーシャが駆け寄ってきた。愛らしい顔が黒いすすで汚れてしまっている。


「リーニャ姉様!」

「サーシャ! サーシャも怪我とかしてないですか? 痛いところとかは?」

「平気ですわ……でも、恐かった……」


 サーシャがリーニャにしがみついて、ぐすぐすと泣き始めた。リーニャは妹の頭を撫でてやりながら、「もう大丈夫ですよ」と声をかける。そして、改めて店内を見回して、ため息をついた。


 店内はぐちゃぐちゃだった。床も天井も黒く焦げてしまっているし、肝心のハーブもほとんど焼かれて灰になってしまっている。もともと古い建物だったし、ここまでいろいろ壊されてしまうと、もう店を続けるのは無理かもしれない。


 と、そこにようやく兄が戻ってきた。


「リーニャ、サーシャ!」

「イザーク兄様!」

「ふたりとも無事か? 怪我は?」

「平気です……でも、お店を守ることができませんでした……」


 リーニャが涙目になりつつ兄に報告すると、兄は店内を見てほっと息を吐く。


「お客様は守ったんだろう? そして、自分自身も守った。充分だよ、よくやった」


 ぐりぐりと兄に頭を撫でてもらうと、急に鼻の奥がツンとして、涙がこぼれ落ちた。

 兄はもう一度「よくやった」と言って、妹ふたりをぎゅっと抱き締めてくれる。


「う……ぐすっ、イザーク兄様……」

「リーニャもサーシャも、とてもよく頑張った。ごめんな、俺がもっと早く戻ってくれば、こんなことには」

「イザーク兄様は、悪くないです……」

「いや、この王都に脱獄犯がいるかもしれないという情報を知っていながら、油断したんだ。俺の考えが甘かったんだよ」


 そういえばそういう話があったな、とリーニャは今更思い出した。

 そうか、脱獄犯ってあの男だったのか。


 ということは。

 あの男のせいで、王都警邏隊が多忙になっていたのか。

 リーニャがフェリクスになかなか会えなくなったのも、元はといえばあの男のせいということなのか。


 床に転がっている男を見て、思わずぷうと頬を膨らませてしまう。


「リーニャ、サーシャ。もうすぐ王都警邏隊の他の隊員たちがこの脱獄犯を連行してくれるらしいから、それまでもう少しの辛抱だ。ほら、フェリクス様が監視してくださっているから安心して……って、うわ! フェリクス様、恐っ!」


 兄が大袈裟に体をびくっと震わせた。

 リーニャとサーシャも釣られて体をびくっと震わせる。


「え、なに、なんですか」

「そうですわ、イザーク兄様。何がそんなに……って、きゃあ!」


 床に転がっている脱獄犯と、それを監視している金髪の美少年。

 美少年の後ろには、なんだかどす黒いオーラが見える気がした。


 椅子に腰掛けたフェリクスは、足を組み、床の男を冷たい目で睨みつけている。とことん機嫌が悪いようで、彼の周囲は凍てつくような空気が流れていた。


 冷酷な表情の美少年。その横顔に、リーニャの背中がぞくぞくしてきてしまう。


 店の中にいるお客様たちや、外から見物している人たちがその様子を見て、興奮したような顔をしている。フェリクスの冷たい眼差しがたまらないみたいだ。


(わわ、舞踏会の時と同じ、冷たい表情です! ……このお顔も、とっても素敵ですね。ドキドキしちゃいます……)


 思わずぽうっとフェリクスに見惚れていると、兄にこつんと頭を小突かれた。


「本当にリーニャはフェリクス様のことが好きなんだな。脱獄犯が連行されたら、頑張って少しでもアピールするんだぞ?」

「はい、頑張ります……」


 顔を赤くしてリーニャがうつむくと、兄にまた、ぐりぐりと頭を撫でられた。




 そうしてしばらくして、ようやく王都警邏隊の隊員がやって来て、脱獄犯を連行していった。

 事件について詳しく話が聞きたいということで、数人の隊員が残ってお客様たちから話を聞き始める。


 リーニャやサーシャも、もちろん話を聞かれることになった。


「というわけで、何があったかできるだけ詳しく教えてね、リーニャちゃん!」


 そう言ってにこっと笑うのは、フェリクスの先輩ミロスラフだった。短く切り揃えられた黒髪に優しそうな紅の瞳を持つ青年は、相変わらず爽やかだ。


 全くの初対面の人でなくて良かった。でも、どうせならフェリクスに話を聞かれたかった、と少ししょんぼりしてしまう。

 まあ、フェリクスはフェリクスで、何か上司に報告することがあるらしく忙しそうなので無理みたいだけど。


「リーニャちゃん、フェリクスの方ばかり見てるね。ははっ、これは安心だ」

「……何がですか?」

「フェリクスね、この頃ものすごくツンツンしてたんだよ。ほら、リーニャちゃんに振られたでしょ、あいつ」


 ミロスラフはにやにやした顔を隠そうともせず、続ける。


「リーニャちゃんにまたすぐに告白しに行く、良い返事がもらえるまで何回だって告白する、って言ってたんだけど、俺、止めたんだよね。少し頭を冷やせって。せめて、リーニャちゃんの方から連絡が来るまでは大人しくしておけって。だって、振られた後に強引に迫っても嫌われるだけじゃない? で、素直に言うことを聞いたのは良かったんだけど、リーニャちゃんに会えないのが相当辛かったみたいで……ぶふっ、機嫌悪すぎて、ツンツン大増量!」


 それは、笑い事ではないような気がするけれども。

 でも、その話が本当なら、フェリクスはまだリーニャのことを好きでいてくれているということなのだろうか。


 それならなぜ、フェリクスはルアンナと街で笑い合っていたのだろう。

 なんだか、よく分からなくなってきた。


「まあ、そろそろツンツンをおさめてもらわないと業務に支障が出そうだったから、なんとかしようとは思ってたんだけどね。リーニャちゃんがフェリクスをきちんと意識してくれてるみたいで、本当に良かった。これで、やっとあいつの機嫌が直るよ」

「そう、でしょうか」

「そうだよ。だから、あいつに優しくしてやってね」


 ミロスラフがぱちりとウィンクをして、リーニャに微笑みかけてくる。

 と、その後ろからすっとフェリクスが顔を出した。その表情はいかにも不機嫌そうで、少し怒っているようにも見える。


 フェリクスはじとっとした目でミロスラフを見て、口を尖らせた。


「リーニャから話を聞くの、僕がやりたいんだけど!」

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