2:ここはハーブティーのお店(2)
「ハナヨメ」
リーニャは目をまんまるにして美少年を凝視しつつ、その言葉を復唱した。
美少年はこくりと小さく頷き、じわじわと顔を赤くしていく。
「こっ、こういうの、僕も恥ずかしいんだけど! でも、今、本気で困ってて! 願いを叶えてくれるお店があるって聞いて、そこなら何とかしてくれるかもって思って!」
言い訳をするかのように、美少年が両手をぶんぶん振りながら言う。
「今まで勉強や仕事ばかりしてて、女性の扱い方なんて全然知らなくて。その……女性と会っても、なんか、いろいろ上手くいかなくて……」
少しうつむき加減になった美少年は、ちらりとリーニャを上目遣いで見てくる。
翠色の瞳は少し潤んでいて、真っ赤な顔と合わせるとこの世のものとは思えないくらいの可愛らしさがあった。
(なんというか、天使が照れているみたいです!)
ふてくされているかのように見える少し尖らせた口元も、妙に愛らしく見えてくる。
そんな天使の尊い姿にうっかり胸をときめかせていると、彼が気まずそうな顔で続けた。
「半年後に僕の十八歳の誕生日が来るんだけど、僕と結婚してくれる女性をその日までに見つけておきたいんだ。だから」
「へ? 十八歳……?」
リーニャはまじまじと照れた天使を凝視した。半年後に十八歳になるということは、彼は今十七歳ということか。
「え、もっと年下だと思いました! え、え、こんな可愛い十七歳の男の子がこの世に存在するんですか!」
「かっ、可愛いってなに? そこはかっこいいって言ってよ! ちょっと、君、失礼じゃない?」
天使がむすっとした表情を作る。リーニャは慌てて自分の口を手で覆ったけれど、残念ながら後の祭りだ。
微妙に固い空気が店内に満ちる。床に座ったままなので、少し膝に痛みを感じてきた。
(うう、失敗しました……。やっぱり初めて会う人とは上手く話せません……)
視線が自然と下を向いてしまう。薄汚れた床に広がる紺色のスカートは、裾のあたりが白っぽく汚れ、しわくちゃになっていた。
リーニャはスカートの裾をつまみ、眉をへにょりと下げる。
白い大きめの襟がついた紺色の長袖のブラウス。同じく紺色のふんわりとしたスカート。その上に、フリルがいっぱいの白いエプロンをつける。
落ち着いた可愛らしさのあるデザインのこの制服は、リーニャのお気に入りだった。
お気に入りの服をこんなに汚してしまったなんて。なんとなく悲しくなってきた。
と、その時。
少しだけ開けていた窓から、柔らかな初秋の風が吹き込んできた。ひらりと白いカーテンがひるがえり、店内にちらちらと太陽の光が踊る。
その光は棚に並べてあるハーブの小瓶をきらめかせていった。
「……なんか、良い匂いがする」
ぽつりと天使の声がこぼれ落ちた。
リーニャもすうっと息を吸い込む。いつも嗅ぎ慣れたハーブの香りがした。
不思議なことに、その香りのおかげで妙に気持ちが落ち着いた。
「えっと、これ、ハーブの香りです。あ、もし良かったら、ハーブティーを飲んでみませんか? この店は、その、ハーブティーのお店なので」
「……うん。じゃあ、ちょっとだけ」
短いけれど素直な返事が返ってきて、リーニャの心が少しだけ温かくなる。
接客はやっぱり自信がないけれど、ハーブティーを入れるのは得意だ。得意なことなら頑張れる。
立ち上がってスカートの裾の汚れを軽く手で払い、ぐっと小さく拳を握った。
(落ち着いて、いつも通りに! ハーブティーは、いつだって私の味方です!)
リーニャは手を洗いながら、カウンター席に座った天使をじっくりと観察することにした。
この店ではお客様の様子を見て、ぴったりのハーブティーを出すのが売りだ。お肌を気にする女性には肌がつやつやになるハーブティーを出すし、頭痛に悩む紳士には頭がすっきりするものを出す。
だから、目の前にいる天使の様子を見て、彼にぴったりのハーブティーが何なのかを決めようと思っていたのだけど。
「……なんで、人の顔をじろじろ見るわけ?」
天使に半眼で睨まれた。リーニャは途端に気まずくなって、ぱっと顔を逸らしてしまう。
でも、見なくてはやっぱり適切なハーブティーを選べない。仕方なくそろそろと天使に視線を戻してみると、ぱちっと目が合ってしまった。
その瞬間、リーニャの心臓がどきんと大きく鳴る。
人見知りであるがゆえに、こういう状況にリーニャはとても弱かった。
瞳が潤み、一気に頬に熱が集まっていく。
そう、まるで目の前の天使に「恋」でもしてしまったかのように――。
「え、ちょっと君、なんで僕を見てそんなに赤くなってるの?」
「あわわ、あの、えっと」
「も、もしかして僕に惚れたとか言わないよね? こ、困るよ、僕は貴族だし、花嫁もそれなりに身分のある人が良いんだけど」
天使は慌てふためいている。でも、そのくせ、妙に嬉しそうに口元をほころばせているのはなぜだろう。
まずい、このままではリーニャが天使に惚れたことになってしまう。
なんとか誤解を解かないと、と思うけれど、何と言えば良いのかさっぱり分からない。
頭の中がぐるぐるして、ますます顔が熱くなってきた。
「そ、そんなに真っ赤になるほど、僕のことが好きなの? し……仕方ないなあ。まあ、前向きに考えてあげても良いけど?」
いや、なぜそうなった。前向きになられてもリーニャの方が困る。
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕はフェリクス。見ての通り、今は王都警邏隊の魔術師として働いているんだ。伯爵家の嫡男だから、家を継ぐ時には辞めようと思ってるんだけど……大丈夫だよ。僕の家はそれなりに裕福だから、苦労なんてさせないし」
なぜかアピールを始めた天使――フェリクス。彼は少し頬を上気させながら、カウンターに身を乗り出すようにして話してくる。
その翠色の瞳は期待に満ちてキラキラと輝き、とても綺麗だった。
「ね、君のことも教えてくれる? ほら、お互いのことをちゃんと知ってからじゃないと、困るでしょ?」
「えっと……もう既に困っているというか……」
「ん?」
こてりと首を傾げたフェリクスは、やっぱり天使そのものだった。こんな美少年を前にして、リーニャはただひたすら困惑するしかない。
フェリクスは興味津々な顔で、リーニャに質問を浴びせてくる。
「君の名前は? 年は?」
「リーニャ、十八歳です……」
「独身? 婚約者とかは?」
「独身ですし、婚約者もいない、ですけど……」
リーニャの答えに、フェリクスの表情がぱあっと明るくなった。
まずい、このままではリーニャがフェリクスの花嫁候補になってしまう。
まだ出会って三十分も経っていないというのに、これはいくらなんでもないだろう。
けれど、フェリクスはそんなことを気にしない性質らしく、更に身を乗り出してきた。
「そっか! じゃあ、僕と結婚しようよ!」
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