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猟犬ガル

 ワンワン!

 ワンワン!


 村から大分離れた森に、薬草を探しに来ている。ちゃんと、ずた袋に入れてくわえて帰るはずだったが……吠えているせいで、無くしちまったかもしれない。ここは枯れ葉だらけで、地面が見えないからな。


 俺さまは猟犬ゆえ鼻がきくのだ。パピィに頼まれた薬草は多岐にわたるが、集めなくちゃならない。骸骨を脱獄させても、見た目があれじゃあ、すぐに人間に捕まっちまうからな。


 パピィは骸骨を人間みたいに見える薬品を作るために、いろんな方法を試しているんだ。死霊術師ネクロマンサーでも難しいことに挑戦している。


 ワンワン!

 ワンワン!

 

 森にピクニックにでも来てるつもりらしい。村長の娘マリッサと息子のマイロは、俺に付いてきてしまった。


 可愛い奴らなんだ。川でのことを覚えていたんだな。だが木登りは危ない。リンゴか何かしらないが、は結構高い場所になっている。


「きゃああっ」


「マイロっ!」

 

 だから危ないって言ったろ。言ってないけど。俺は持ち前の瞬発力で、マイロの着地点へ飛び出した。


 ムギュウウ……。


 敷き詰められた枯れ葉のおかげで、ぺしゃんこにならずに済んだ。まったく、マイロには手が焼けるぜ。足しかないけど。


「もう…危なっかしいなっ、マイロは」


「ありがとうワン公! 大好きっ」


 ワンワン!

 ワンワン!


 俺も仕事がなけりゃ、いくらでも遊んでやるけどさ。まあ仕方ない、今日はこのくらいで帰るか。日が暮れちゃガキが危ないからな。


「グルルルルルル……」


「……!!」


 しばらく木登りするマイロを見ていたせいで周りに気が向かなかった。俺は二人を庇うように身を返して辺りを見た。


 ――グレイベアだ。二メートルはある。


「グルルルルル」


 ワンワン!

 ワンワン!


 とっさの判断で俺は新技、テイルズオブファンタスティックを発動した。高速で振られたしっぽにより、一面の枯れ葉が舞う。絶好の目眩ましだ。


 振り替えると怖じけずいた二人が青い顔をしてベアを見てる。お前たちは、さっさと逃げろっ。ええっと……通じないかな。


 おまえたちは。

 ワゥウーンワ!


 さっさと。

 ガックワ!


 逃げろ。

 バウワァ!


「………」

 

 立ち上がったマイロは右に走った。やっぱり言葉は通じなくても心は通じるのだと思った。これで安心して、こいつと話せる。


 ドガッ!!


 いきなりグレイベアの張り手が俺の体をすっ飛ばし、古木に体を打ち付けられた。鼻腔が千切れて血と鉄の味がした。


 ウー……ワァン!

『てめえ、いきなり殴るとはひでえな!』


 グルルル

『オレの縄張り。エサ、よこせ』


 ワァンワン!

『エサじゃねえ。縄張り荒らしたのは悪かったが知らなかったんだ。出ていくから』


 ドガッ!


『……!!』


 まだ喋ってるじゃねえか。まともに話も出来ねえのか。いや、餓えているんだ。こいつは人間に狩られ、居場所を失ったはぐれモンスターってやつだ。


『やめろ、エサなら川で取ってきてやる。それでどうだ』


『駄目だ。二匹いただろ? 独り占めする気だろうが、そうはさせない』


 ふらつく。左右にぶっ飛ばされて三半規管がイカれちまったようだ。まっすぐ立っていられない。


『俺は地獄の猟犬だぜ。本気でやり合えば、死ぬことになるぜ』


『お前は、よく吠える野良犬だ。猟犬はそんなチビじゃない』


 こう見えても俺は最強モンスターを目指してるんだ。だからアンナ様も俺を選んだ。

 

『これは第三形態だ。最強にして最後の姿に変化してるのが分からねぇのか』


『ぷっ……第三形態!? じゃあ、第一は豆しばで、第二形態はチワワちゃんかよ』


 俺が形態変化を解こうとしたとき、マイロが棒切れを拾って引き返してきた。木の影でマリッサと俺を見ている。


 全然、通じてなかったんかーい。幅広の熊手から鉛のように重たい一撃が二発、三発と続けざまに俺を襲った。枯れ葉が血に染まっていく。


 ワンワン!

『無駄だっ。俺は……鍛えてるっ』


『とんだバカ野郎だな。さっさとくたばりやがれっ!!』


 足元には血溜まりが出来ていた。グレイベアは執拗に攻撃を繰り返した。だが俺は倒れない。俺の後ろにアイツらがいる限り、倒れるわけにはいかない。


「やめてっ!」


 驚いた。マイロが棒切れを持って俺の前に駆け出した。マリッサじゃなく、小さなマイロが。やっぱり男の子は勇気があるぜ。

 

 グレイベアはきびすを返してマイロに爪を振り上げた。汚ならしく伸びたヨダレが放物線を描いて飛び散った。


「きゃああっ」


「……グルル!?」


 俺はグレイベアの張り手を受け止めていた。形態変化で体を地獄の姿に戻したのだ。こいつと同じか、少しデカ位くらいのサイズに。


『第一形態……やる気か。クマ野郎』


『なっ、何だ!? てめえ、それが本性か』


 赤く光った眼は、火が灯ったように燃えている。喉まで割けた大きな口が捲れあがり、鈍く銀色をした牙が無数に並んでいた。


 ウゴガアガアアァ!!

『ああ……俺の牙は何でも溶かして、ぐちゃぐちゃに砕く。爪は伸び縮みも変幻自在』 


 口角が上がると、ブクブクと赤黒い泡が見えた。そこから立ち上がる白く霞んだ瘴気は、触れただけで獲物を腐らせるほどの毒性をはらんでいる。


 俺の前足が軽く振られた瞬間、グレイベアの横にあった大木は薙ぎ倒されていた。


 ベキ……ベキベキ……ズシン


『ひっ、ヒイイィ! すまなかった! たっ、助けてくれ』


 グレイベアはじたばたと四つ足をついて森に逃げて行った。俺がやつを追うことはなかった。


 見渡すとマイロとマリッサの姿がなかった。こんな醜い姿の魔物を見れば、二度と遊ぼうなんて考えはしないだろう。枯れ葉が、どこか悲しげに舞っていた。


 俺は薬草の入ったずた袋を見つけて、とぼとぼと歩いた。俺の姿を見たマイロが村の兵士を集めていたら、どうしようかと考えた。


 村には帰らないほうがいいかもしれないと思った。帰り道の足取りは重く、行きよりずっと長く感じた。


 悔しかった。最強の第三形態で、上手くやりたかった。強さとは何だろうか。また、俺は分からなくなった。


 本当の強さとは、敵を作らないことじゃないのか。誰とも喧嘩や争いをしないで、皆と仲良くすることじゃないのか。


 鋭い牙を剥いて、相手を脅したり従わせたり無理矢理、押さえ付けたり……そんなのは何の意味も無いんだ。最後にはひとりぼっちになるに決まってるじゃないか。


 俺は何て、弱いんだと思った。


 涙で雲が滲んでいた。ボヤけた先にアンナ様の姿があった。アンナ様は俺の頭に手をあてがってくしゃくしゃと撫でた。


 ど、どうして。


「やっと帰ってきたね。二人はわたしの所に来たわ。そして何も見てないから、わん公を村に帰して欲しいって言ったの。わん公の家はここだからって……」


 見てないって…言いに来たらだめじゃないか。アンナ様は俺を褒めてくれた。よくやった、偉かったと。


 ワンワン!

 ワンワン!


「みんなが心配してたから、慌てちゃったの。薬を持ってきたけど、精神安定剤と毒消しだったみたいなの。ふふふっ」


 ワンワン!

 ワンワン!


 そうか。ガキたちは薬屋に走っていったのだ。戦いが始まってすぐ薬草を取りにいくなんて……やるじゃないか。命の大切さを知っているなんて……いい子たちだ。


「わん公、凄くかっこよかったぁって、マイロが言ってたわ。だから大丈夫、村に帰ろう」


 ワンワン!

 ワンワン! 


「私たちが魔物っていうのは内緒よ」


 俺は弱い……でも、マイロもアンナ様も俺を助けてくれる。これが強さだと思った。だから俺のしっぽは今日も千切れるほど振られるんだ。自分じゃどうしようもないくらいに。


 夕焼けに落とされた俺たちの影が、交差したり跳ねたり楽しそうに踊っているのが見えた。



 


 

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