39.フウリ
もう、20年以上も前だろうか。……昔、彼と出会ったのは。今でも、鮮明に覚えている。あの日私は、父上の付き添いとしてやってきた「世界会議」会場の近くを、何人か護衛を連れて遊び半分で散歩していた。
その年の開催国はレイリア共和国。アリッシア王国とは、建国当時からずっと友好関係を続けている国だ。会場には様々な国の護衛騎士と、レイリアの騎士団が厳重に警備しており、かなり安全な状態が保たれていた。とはいえ、外に出てしまえばその効果も薄まる。まだ幼かった私にはそんなことなど分かるはずもなく、勝手に会場の外をうろついていた。
突き当たりの曲がり角を曲がったそのときだった。同じく曲がってきた誰かと、ぶつかってしまったのだ。護衛はすぐに、腰に手を当て、いつでも抜剣できる体制になっていた。ぶつかった相手の少年にも、一人だけではあるが、護衛がついていた。護衛つきということは、つまりどこかの国の統治者、もしくはその一族。
「……お前は、何処の国の者だ。見たところ、王家の娘と思えるが」
私と同じか少し年下に見えた少年は、まだ小さな容姿とは似ても似つかない口調で、私に尋ねた。ただ、とても冷たい目で、こちらを睨みながら。
「私は、アリッシア王国第一王女、ミーナ・フォン・アリッシアといいます。あなたは?」
「……ディラシア帝国皇太子、フウリ・フォン・ディラシア。ふむ……そうか、アリッシア……か」
「姫様。ディラシア帝国と言えば、100年以上前とはいえ、我が国と一度大きな戦争をした国でございます。どうか、お気をつけて」
ふと、私に向かって護衛の一人がそう囁いた。このときの私は、100年も前なら関係ない、と考えて、気安く会話してしまった。
「……あの、ディラシア帝国は、あなたから見てどんな国なのですか?」
「え?」
フウリと名乗った少年は、いきなりそんなことを聞かれて驚いたのか、思わずなのか声を上げていた。誤魔化そうと咳払いをしてから、答えてくれた。
「……素晴らしい国だ。皆優しくしてくれるし、国民もいつも楽しそうにしている。そして何より、反逆や争いは起きない」
「……素晴らしい方なんですね、あなたのお父様は。名君と呼ぶに相応しい御方なのでしょう」
「私もそう思う、父上は立派な君主だ。私もいつか、そのようになりたいと思っている」
そのときフウリは、微笑んでそう言った。よっぽど父親である皇帝が誇らしかったのだろう、今なら容易に想像できる。
「……殿下。時間が迫ってきています故、話はここら辺に」
フウリ側の護衛が、私にも聞こえる声で発言した。一応、会議の始まる前の時間、言うなれば待機時間であったために、確かにあまり長居はできない状況だった。
「……もう戻るのですか?」
「すまないが時間がない。またの機会に話そう。……ではまた」
それだけ言って、フウリは去っていった。名残惜しくはあったが、引き止めるわけにもいかなかったので、別れの挨拶だけ口にして、私も用意された部屋へと戻った。
「……はい、また」
世界会議が終わってから、父、つまり国王にフウリと話したことを報告すると、物凄い剣幕で叱られた。その頃の私には、なぜそこまで叱られたのか、良く分かっていなかった。
だからこそか、叱られた後に行われた会議でも、自らフウリの元へ行き会話していた。時には、フウリの方からこちらへやって来ることもあった。別に会話しても叱られたりはしないからと、毎回のようにそうしていた。いつしかそれが、世界会議の楽しみにすらなっていた。
だがその行為は、そのときはまだ、父上に知られていなかっただけだったのである。あるとき誰かが報告したのか、父上の耳に入ったようで、それはもう、こっぴどく叱られた。最後には、「二度と世界会議についてきてはならない」と言い渡されてしまった。こっそりついて行こうにも、護衛をつけられない以上危険があったし、ばれないように付いて行く方法も思いつかなかったため、諦めた。
ある日フウリから届いた手紙で初めて知ったのだが、フウリはいつからか私に恋していたのだという。「もう一度、会って話がしたい――」そう綴られていたが、それはできないと伝えることしか出来なかった。
私としても、出来るだけ小さなうちに婚約を結んでおくべきだったこともあり、またフウリのことをそれなりには、少なくともその頃までに出会った人物の中では一番気に入っていたので、返事を書いたとき、かなり胸が苦しかった。国王の命は絶対、実の娘である自分であっても、それは同じ。それ以降、私はフウリと手紙のやり取りさえ許されなくなった。
それから何年かたったある日。私は、彼と――ケイと、出会った。




