29.コク
カイリくんに言われた通りに、椅子に腰掛け目を閉じ、コクを膝に乗せ優しく撫でる。
『……コク、ちょっと話してもいい?』
『何用か、主』
話しかけると、貫禄のある太い声が頭に響いた。やっぱり、あの時と同じだ……。
……っていうか、主って……もしかしてそれ、私のこと?
『……えっと、私のこと、主って呼ぶの?』
『他に何と呼ぶのだ。我が主は其方一人。これほど適した呼称もないであろう』
『は、はぁ……』
何だろう、この微妙に分かるけど納得がいかない感じ。まぁ、支障があるわけでもないし、いいか。
『して、本当に何用かね、主。我のような剣と、こうして話すのも初めてと見える。対話の練習というのはこちらとしても存じている。何か話さぬか?』
『じゃあ……コクのこと、教えて』
『ふむ、我のことか? ……これといって面白い話ではないが、宜しいか?』
『うん、大丈夫だよ』
面白いとかつまらないとか、そんなこと関係なしに、コクの話が聞きたい。まだ、何も知らないから。
『では……。元々我は、古の時代より存在する鉱石から生まれた。黒色の聖龍の守護する、龍雷山の山頂にある大穴、その奥深くに眠るは黒光りの黒嵐石……そのような伝承は、今でも残っている。聖龍とやらが実際に守護していたのかは定かではないが、少なくとも我はその黒嵐石からできたのだ』
名前の響きと伝承からも、確かにコクの見た目に合っている。龍が本当にいるなんて話は、実際聞いたこともないけれど……。そこで一息おいて、コクは続けた。
『我は、今で言う争いの時代の訪れるよりもずっと昔、まだ平和な世だった頃、とある名匠によって鍛えられた。その名匠の名を、マイトと言った。その頃はまだ、テイ・フェルトンによる言語の統一が行われる前であったために、日本にあるような名前を持つというのは非常に少なかった。マイトは、我以外にも多くの名剣を生み出した。だがその中でも、我は最期に彼の残した最も優れたものだったのだ』
そうか。テイが表世界に気付くまでは、日本と行き来できるなんて知らないはずだから、わざわざ表でも裏でも通用する名前にしなくてもいいってことだね。
それにしても、私はそんな優れた名剣中の名剣に選ばれちゃった訳か……。何だか不思議な感じがする。
『そのおかげか、争いの時代が訪れ、数々の名剣たちが戦場に駆り出され、そして役目を終え砕け散っていった中……我のみ扱えるものが見つからず、使われることもなかった。いや……時を経てからだったが、我を扱い足りる者が、現れた。その者の名は、テイ・フェルトン。あの、世界を変えた偉人となった彼だ。我は、テイがこの世界から去るそのときまで、テイに付き従ったのだ。だが……』
なんと。コクは昔、テイに使われていたのか……。今度、テイについても色々聞いてみよう。というか、テイほどの実力者でもないと、コクを扱うことすらできなかった、ということでもあるのか。うん、何だか始めて会ったときのコクの偉そうな態度にも納得がいった。そりゃあこれだけ凄い剣なら、偉いよね、実際。
『我が、あまりにも丈夫過ぎた所為で、役目を終えたと感じたというのに、砕け散ることができなかった。存在する意味も感じられず、自らの高位さ故に、自分から砕けることも叶わない……。そして我はそのまま、観賞用の剣として売買を繰り返され、最終的に争いの時代に、主の訪れた店へと買われたのだ。そこで、もう何十年、何百年と主となりえる者を探していた』
そうか、それで……。初めの相手を観察するような話し方だったのは、自らの主として足りえるかを判断していたんだろうな、きっと。ただ……未だに私を選んでくれた理由は分からないんだけど。
『先日……やっと、巡り合えたのだと、そう感じた。テイにも、これで恩返しになり得るだろうかと、そんな思いも生まれた。我を見つけ出していただいたこと、感謝する。主』
『ううん、私だってコクに出会えて嬉しいよ。これから、何回も頼るかもしれない……。いつでも、頼りにしてるからね、コク』
『ありがたき幸せ……。いつ何時だろうと、其方にずっと付いて行く……我を、忘れないでいただけるか』
『もちろん。当たり前だよ。……もうそろそろ、戻ろうかな。話してくれて、ありがとう』
『こちらこそ。我はいつでも、主の傍に』




