28.恋
恋。初めて聞く響きだ。一体それは、何だというのか……?
『恋……? ……その恋というのは、どのようなものなのだ?』
『カイリ、昔、お父……いえ、彼に「婚約者を決めておけ」などと言われたことはないですか?』
実際、そう言われた。あれは確か……5歳のときだったか。いきなり放たれたその言葉に、ただ頭にクエスチョンを浮かべたところ、ひどく怒られた記憶がある。
『ふむ、確かにあるな。だが……婚約者とは何か分からなかった』
『簡単に言えば、共に子孫を残す者……しっかりとこの場で申し上げるならば、共に泣き笑い、同じ時間を過ごし、一生支え合っていく者のこと……です。崩れた貴族などでは、一様にそうとも言い切れませんが』
『……なるほど、婚約者については分かった。それで、婚約、というのは恋とやらにどう関係があるのだ?』
『その婚約の前段階が、恋という気持ちです。その人物が、好きだ……という。気に入った、というような好きではなく、愛するというような意味を示します』
『愛する……もしや、母上のくれた、愛情のような……?』
今は亡き、幼き自分を育ててくれた母親。父とは違い、自分に優しく接してくれた。そのとき、少しだけ教えてもらったことで、今でも覚えている"愛情"の話。「誰でも、自分の子供なら優しくするの。頑張って産んだ、一生懸命育っていくあなたを、愛おしく想うから。……あの人は、違うけれど……」母上は、そう言っていた。優しく、心を込めて。
『えぇ、その認識でよろしいかと。ただ、一つ違う点がありまして……それが、恋、というのは甘酸っぱいものなのです。胸の鼓動が高鳴り、ドキドキする、という……』
ワクワク、ではなくドキドキ、という表現をするらしい……。ただ、最近の行動を見ても当てはまっているのは否めない。
『それは……まさに私のことだな。そうか、分かった……。このことは、ユイに悟られぬよう、気を付ける。それでも……この気持ちは、捨てたくは、ない』
これだけは、譲れない。もしもユイが、恋をすることになったとしても、あるいは、もう恋していたとしても。自分の中で、ずっと忘れたくない。
『……私としても、捨てないで頂きたいと思います。いずれ、大切なものになるでしょうから』
『……ありがとう、感謝する。また、頼りにするかもしれない』
剣としての姿しか見えないはずなのに、アルジェがお辞儀をしてくれたように感じられた。
『はい、何なりと申し付けください。私は、何があろうとも……貴方様の剣となりましょう。例え、彼に剣を向けねばならなくなったとしても』
『頼んだ。では、また』
「……ん……? ……あれ、カイリくん……? ……完全に、寝ちゃってた?」
どうやら、ユイが起きたようだ。アルジェを腰に挿してある鞘にしまいながら、答える。
「あぁ、そうだな、軽く一時間半くらいは。……どうだ、疲れは取れたか?」
「うーん、まぁ、大体は。……それで、カイリくん何してたの? アルジェだっけ、剣撫でてたみたいに見えたけど……」
これは……見られていたか。会話の内容については、全て声に出たわけではないから聞こえていないはず。剣との対話法くらいは、教えてもいいか。どうやらユイのコクという名の剣も、かなりの高位な剣なようだから、対話もきっと可能だろう。
「あれはな、剣と対話してたんだ」
「対話……? でも、剣って喋れないよね?」
「確かに剣は話せない。口などないしな。だが高位な剣なら魂を持っているから、対話する事はできる。ユイも、一度体験はしてるはずだ」
「あっ、選んでもらった時の……!」
思い出したようだ。ユイも、この前剣を始めて提げてきたときに、選んでもらったと言っていた。それなら、そのときに声を聞いているだろうと思った。やはり、そうだったようだ。良かった、これで説明も少し簡単でいいな。
「そう、それだ。その時と同じように、目を閉じて、剣に語りかければ……剣だってきっと、応えてくれる。何度も繰り返せば、より話しやすくなるはずだ」
「ふむふむ……じゃ、早速やってみたいな。準備とかは、何もないよね?」
「これといった準備はないが、始めて意図的に語りかけるんだったら、椅子や段差に腰掛けてから、剣を膝に乗せてやるといい。剣もその持ち主も、リラックスしてやるのが大事だからな」
「なるほど……そこの椅子、借りるね」
ユイは早速椅子に座り、コクを撫で始めた。…………上手くいくといいな。




