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『観念学について』・・・観念に置ける人と人との会話交渉の本質

『観念学について』


  ・・・観念に置ける人と人との会話交渉の本質



日常に置いて、我々の社会は集団でできているから、人と人の間で、会話、という現象が起こる。まずは、架空的会話、メールなどでの会話、電話での会話、現実での会話、仕事での会話、に即して思考してみたい。架空的会話とは、小説上などでの、意味の交換である。筆者と読者の間の架空会話、これは、心と心の触れ合いの様なもので、現実とは程遠い。しかし、多くの需要が此処には起きていて、読者は小説から意味を感じ取る。理解する。曲解であっても、そこには架空の一定の触れ合いがあるのだ。これが、メールになってくると随分と異なる。観念的文章を通したこの会話は、まさしく観念と観念の触れ合いであって、声が聴こえないので、随分と間違った相互認識をしてしまう。メールでの会話が弾むからと言って、実際に会って、声を聴いたり、姿を見て話すと、全く会話が弾まないことも予測できる。



次に、電話での会話であるが、これは随分と観念から離れた行為となる。声を聴くだけで、意外とその為人が分かるし、声の音律によって、好印象、悪印象が相手に対して植え付けられる。このことは、人類上に、電話と言う仕組みが出来てから起こった、不可思議な現象であって、見知らぬ人と電話で会話するだけで、かなり変わった心の動きが出るし、知り合いなら、とても便利で、遠方の人とも会話できるし、観念性は随分と消失している。次に、現実での会話であるが、これは、姿形を見た上での会話なので、大きな衝動が身体には起こりうる。人類が誕生してから、この触れ合いというものが続いて来し、友人などと話す時には、笑顔が有ったり、動作によって、その為人が分かるように分かるのだ。これが、人間の会話の本質である。



次に、仕事での会話であるが、これはまたかなり意味合いが変容する。所謂観念的言語によって、話合うので、心のつながりというよりは、観念でのつながりである。頭で計算して、頭で理解して、頭で判断するのである。仕事仲間とも、仕事が終わり、気の合う仕事仲間と食事などに行く時は、観念は消失し、心の会話が発生する場合も多々あるし、仕事のグチ、上司や部下への批判内容など、どこの社会でもこれらは心の会話として存在し、現象しているのだ。しかしまた、仕事に戻れば、観念が発生し、観念的会話の交渉が始まる。何が良いのか、などという問題ではなくて、我々は、様々なパターンによって、人と人の間で、観念や心の言葉を使い分けているのである。これは、人間社会で生きて行く知恵であるし、その本質は、パターンの多様性と言ったところに集約されるのではないかと思われる。そういった判断を、人間はいつも思考し、物事に適応しているのである。

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