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現代ファンタジア 第1章  作者: 草野 雅
現代ファンタジア
7/51

07

「悪かった」

そうポツリと言われた言葉。

先程の大丈夫かよりも、よほど寂しそうな声で、やはり央にはどう声をかけていいか分からなかった。

ただ、一言も口を出せず、動きだせず、固まったまま。

そんな央を見た茅は、一瞬だけ央に見えていないから弱音を吐きだすことにした。

悲しそうに顔をゆがめる。

央は雰囲気で彼が寂しくて、悲しいのだと察せられる。

央がそれを受けとって、声を出そうとしたときだった。

不意に温かい何かが央の全身を包む。

抱きしめられたのだと気づいた時には、央の目の前が真っ暗になっていた。

「あ、あの、あの……」

「すまん。怖かったろ」

怖かった?その言葉を聞いて、やっと央は理解した。

言葉が出せなかったのも、動けなかったのも、茅が寂しそうにしているせいではなかった。

そう、怖かったのだ。

央は一般人で、暴力団にああやってからまれるのも初めてだった。

怖くないわけがない。

「こ、わかっ……た」

央の体が震えだす。

いつもの肩をびくっとさせるしぐさではなく、本当に震えていた。

その央を茅は抱きしめ直す。


大丈夫、もう大丈夫。

口では言ってやれない。自分だって暴力団なのだから、言ったとしても無駄だ。

だけれど、わかってほしかった。

あいつらと自分は違うのだと。自分はあいつらと違って、央に危害を加えようとはしないということを。

わかってほしかった。

そして、それはきちんと央に伝わっていたのだ。

次第に震えは止まり、落ち着いてきた。

「すまんな、あいつらには飛竜がたっぷりやってくれると思うから」

むしろ、嬉々として今頃やっているに違いない。

飛竜は好戦的だから、戦うのは大好きなのだ。

「やって、って……」

「この学校で悲鳴が聞こえたら、ほとんどあいつが関わってるぞ?」

きょとんと茅がそう返す。そう、茅に危害が起きなくても、飛竜は自ら火種に飛び込む事が好きだ。

それ茅も止めようとはしないから、悲鳴が聞こえる所に飛竜ありと言われるようになったのである。

飛竜の噂は、ほとんど噂ではなく真実だ。

「つ、強い、の?」

「俺より弱いけどな」

現実、今まで茅は飛竜に負けたことはない。

お付きとして身をわきまえているわけではなく、本当に茅の方が強いのだ。

茅はほとんどお付きなんて必要ないぐらいなのだが、いても別に支障はない。

「そ、う、です、か」

央が少しだけ緊張を解いた。

先程までこわばっていた面影は、もうない。


「悪かったな。本当に」

「別に、あなたが悪いわけでは」

央は先ほどの彼らの行動を本能で感じ取っていた。

あれは、茅の地位に憧れてその地位にあやかりたい人たちの集まり。

茅のことは一切考えられていない、茅について回る権力や地位にひかれただけ。

それが、何故だか央には許せなかった。

だから、最初の平手打ちにも応じたのだ。

自分は知っている。

茅があぁみえてとても優しいこと。

ぶっきらぼうのくせに、面白がるくせに、根本的には優しいのだ。

央の目を、同情するのでもなく、悲観するのでもなく、差別するのでもなく。

ただ、受け入れてくれる。受け入れた上で、央が大変だということは先にやってくれたりする。

音に敏感な自分のために、最近は大声や怒鳴り声は出さないし、何かを探しているとこれかと言って持ってきてくれた。

そんな、ぶっきらぼうに隠れた優しさに、央はきちんと気づいていたのだ。

だから、許せなかった。

あんなに優しい人のことを、権力だとか、地位が高いとしか考えていない彼らに。

茅が誰もそばに置かない理由が、央には分った気がしたのだ。

飛竜はたいてい面白がっているが、きちんと茅という人物を見ている。

央も、最初は茅が怖いものでしかなかったが、それも茅が暴力団だからというよりは、声が大きい方にとられていた。


「なぁ、いい加減俺の名前よばねぇ?」

「え?」

「だから、俺の名前。知らないなんて言わねぇだろ」

由月茅。それが彼の名前だけれども。

そう言えば、央はまだ一回も彼の名前を呼んだことがないことに気づく。

少しだけ、不機嫌そうに茅がそう言ってから、やっと気づいたが。

「由月、くん?」

「茅。俺の名前は由月じゃねぇよ」

「茅、くん?」

「くんはいらねぇよ。つけるな。寒気がする」

それは、呼び捨てにしろとそういうことだろうか。いや、そういうことなのだろう。

央は今まで呼び捨てで呼んだことがある人はいない。

茅が、初めてだった。


「ち、がや」

呼び捨てにして呼んでみる。

すると、茅の雰囲気が優しいものに変わった。

恐らく、見えないが、微笑んでいるのだろう。

「これからは、そう呼べよ」

「う、ん」

茅。もう一度呼んでみると、今度は笑っているようだった。

央がそう呼ぶだけで、茅が嬉しくなる、笑ってくれる。

それが、何故だか央は嬉しくて。

今度からはきちんと呼ぶように、心の中で何回も茅と呼んだ。

「茅」

「なんだ?」

「明日のお弁当、何がいい?」

関わりあいになりたくないと、そう思っていた。

けれど、今は関わっていこうと思う。

優しさをくれた、彼に。

自分が関わりたいと、そう願うから。




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