番外編「仕組まれた幸福」
実は、その人に会うことは仕組まれたことだった。
けれど、その時の俺にとって、それは一生の出会いとなる。
過程がどうであったって、俺には一生の出会いだったんだ。
現代ファンタジア第1章番外編 「仕組まれた幸福」
世界がつまらないと思っていた時がある。
皆が俺に諂い、けれど見下し、家族さえ俺を見くびる
その時、俺は後月会羽月組の若の弟という身分であった。
戸籍上の兄はすごく傲慢で俺を見下す。その割に、あいつは何もできない奴だった。
けんかでも、言葉でも、そして勉強でもなんでも。あいつが俺にかなうことは今までになかった。
他の組ならば、俺が次期組長の地位だったであろう。
だって、本当にすべてにおいて俺はあいつに勝っていたから。
けれど、羽月組は長男が組長になるというくだらない掟があったのだ。
つまらない。
別に、組長になって、そこのトップになりたいと思っていたわけではない。
むしろ、そんな地位など邪魔だと思っていたから、別にあいつが組長でよかったのだ。
けれど、周りはそう見なかった。頭角というものを現していく俺に、組の全員が外聞が悪いという理由のみで煙たがった。
組長は一番強くなければいけないという、そんな馬鹿なしきたりを、彼らはずっと守っているのだ。
だから、もし組長よりもできる奴がいれば、そいつは陰で生きていかないといけなかった。
そんなの俺はごめんだ。
すべてはあいつが俺に勝てないのが悪いのであって、俺がなぜあいつの陰になってやらねばならないのか。
ふざけるな、何回も陰になれというやつらの言葉に罵声を浴びせた。
けれど、やつらは盲目で、そんな俺の言葉など聞いてはくれない。
なら、もうここに未練などない。
一応戸籍的には父親だという現組長を倒してしまった俺は、もはやこの組には何の魅力も感じなかった。
魅力がない、面白いところになんていたくない。
属所状を出せと言われたから、そいつら皆の前で豪快に破ってやった。
これで、俺は自由の身になったのだ。
だが、自由な身になったのに、俺の心は晴れない。
属所状を自ら破り捨てた俺は、なぜか他の組から呼ばれ、そこをたらいまわしされる羽目になる。
俺は強かったから、他の組が欲しがったのだ。
そこの若のお付として。
だが、俺に勝てないような柔な奴らに俺がついていくことはなく。
俺は、さらにたらいまわしにされた。
10歳前後の男の子への仕打ちじゃない。
けれど、みんな俺の強さに身構えて、意地を張って見下していたのだ。
つまらない。くだらない。
何もかも、壊れてしまえばいいのに。
「お前は、強いから宇月組に行った方がいいのではないか?」
いきなりそう言われた。
志和巣組の頭がそう言って笑う。
志和巣組は唯一、戦いの事を気にせず俺を泊めてくれた人たちだ。
そんな人たちは初めてで、すごく俺は志和巣組の組長に懐いていた気がする。
実はこの志和巣組に来ることは最初から仕組まれていたのだ。
このときからこの出会いは仕組まれていた。
「5代目、私は別に飛竜を入れるのは構いませんが、あの子はまだ8歳なんですよ?」
5代目には義兄にあたる人、それが志和巣組の頭であった。
5代目の姐さんが、志和巣組の頭の妹なのだ。
「いいじゃないか。8歳といえばまだまだやんちゃな頃。その頃に一度でも負けを経験させてやった方がいいだろう?」
「そうですが、何も仕組まなくてもいいじゃないですか」
5代目はニコニコと志和巣組の組長を見る。組長は、本気で呆れているようだった。
「一応言っておきますが、属所状は破られているので、彼は部外者ですよ」
「でも、あの子が積極的にこちらに絡んできているじゃないか」
「まぁ、そうですね」
楽しそうにそう言う5代目に、そう言う事じゃないと言いたいけれど、言う事はできなかった。
5代目の後ろで、5代目付がすまなそうに組長を見ている。
「茅だって強いことやりたいだろうし。あいつ、また強くなったからな」
毎日稽古で完膚なきまでに叩きのめしている男の言うこと。
実の息子に、本気を出せと言って、毎日叩きのめしている。
虐待で、訴えられそうだ。
「きっとあの子は止まるところを探している。なら、止まらせてやればいいだろう?」
「万が一、茅様が負けてしまったらどうするのです」
「ん?その時は」
にっこりと冷徹な目で5代目が笑った。
それに、志和巣組の背筋が、少し寒くなった。
「その時は、飛竜を俺の息子にして6代目の地位をやる。弱者に興味はない。それだけだ」
少しの間、誰も言葉が出せなかった。
5代目付も、姐も、志和巣組の組長も。誰も声を出せなかった。
怖いことを言う男だと、そう思ったのではない。
5代目は、一切疑っていないのだ。
――――この勝負、最初から茅が勝つと。
そう、一ミリたりとも疑っていない。その自信に、彼らは背筋が寒くなった。
「わ、かりました。では、飛竜をそちらに行かせましょう」
「あぁ、よろしく頼む」
こうして飛竜は志和巣組に行き、先ほどの言葉をもらったのだった。
そう、すべては仕組まれた、籠の中の鳥だった。
次期6代目というのは、強い奴らしい。
皆、噂でそう言っていた。
それが、どんなに強かろうと、飛竜は自分にはかなわないだろうと思っていた。
自分は強い。
なぜなら、組長を、若を倒す力を持っているから。
だから、そんな奴にその6代目が勝てるとは思わなかった。
「おい、そこのやつ!」
宇月組に侵入し、見つけた男の子。
6代目と歳が近いということは、もしかしたらお付かもしれない。
まずは、そいつを倒してから、6代目を倒してやる。
そう思って、最初に見つけた男の子に勝負を挑む。
男の子は、いぶかしげに、そして面倒臭そうにこちらを見るだけ。
きっと、負けるのが嫌なのだろう。
飛竜はそう思って地を蹴った。
そして、気付いた時には自分があおむけに転がっていたのだ。
「お前は俺には勝てねぇよ。俺は、強いからな」
そんな言葉を、かけられて、頭に血が上って、また地を蹴る。
だが、何回しても結果は同じ。
倒れ方は違っていても、倒れているのは男の子ではなく、飛竜だった。
圧倒的な力の差。それを、見せつけられた。
結局、5代目が出てきて彼の正体は割れた。
彼こそが6代目であったと知った時、飛竜は驚いたのだ。
でも、飛竜はあきらめが悪かった。
一度負けただけでは、納得できないとばかりに。
何度も再戦して、そのたびに吹っ飛ばされて、最悪の時は気を失って。
そんなことを何度も繰り返して、ついに彼はあきらめた。
彼には、勝てないと。
きっと、一生彼には勝てないのだと。
「なんだ?もう終わりかよ」
不機嫌を隠そうともしない、その顔で。
茅は飛竜を見ていた。
そこには、見下しも嘲笑も、偉そうな顔も見えない。
ただ、聞いてくるだけだ。
それが、どれだけ嬉しかったか。
悔しいよりも、嬉しいという気持ちが勝って、飛竜は泣いた。
初めて、人前で泣いただろうというぐらいに、飛竜はその時に初めて泣いたのだ。
「で、お前はもう負けを認めるんだよな?」
泣き終わった後、茅がそう聞いた。
飛竜は悔しかったが、コクリと頷いた。
声を出したら、きっと涙声だから。
そんな声までは、聴かせたくなかった。
茅はその答えに満足したらしい。
「お前は負けたんだから、俺の付き人になって、ずっと傍にいろよ」
今言葉をかけられたのは、そんな時だった。
一生、自分は忘れないその言葉。
負かせてなお、彼は自分を認め、傍にいることまで許してくれた。
そんな人、今までいなかった。
彼は勝つばかりで、負けた人になんて興味がなかった。
だけど、茅は自分を認めてくれたのだ。
嬉しかった。
嬉しかった。
また、涙が溢れそうになるぐらい、嬉しかった。
茅はそんな飛竜の事など見ず、ついっと紙を渡す。
その紙は、前に自分が破り捨てられたものと一緒。
でも、中に書いてある文字が違う。
『後月会宇月組 次期6代目付 東澤 飛竜』
属所状にはそう書かれていて、それでまた涙が溢れそうになった。
いてもいいよと、お前はここにいろと、そのつながりをくれた文章。
必要とされたかった、本当は誰かに必要とされたかったのだと。
飛竜はこのとき初めて知ったのだ。
俺を必要としてくれた人だから、いつまでも付き人として守ります。
そう言った飛竜に、茅は笑いながらほどほどになと言った。
それから8年。
若と呼びなれてきて、若が信頼するのは俺だけだと思って。
でも、それは一人の女の子の出現で変わった。
その女の子に会ってから、茅はとても変わった行動ばかりする。
何故だろう、今日だって弱視ではないけど目が悪いと言った彼女に対してオレンジジュースを開けてやるなんてことをした。
なぜ?なぜ?なぜ?
人に興味を持たないこの男が、一体なぜ?
あぁ、そうか。
気付いた時に、そう思った。
彼女の事を好きになったから、だから彼はそうするのかと。
そして、それは飛竜にとって、とても嬉しい出来事だったのだと。
応援してあげよう。
きっと、誰もが認めてくれないだろうけど、でも俺だけは味方でいよう。
いつだって、俺はあなたを裏切らないとそう決めたから。
だから、敵はすべて排除して、彼らを祝福しよう。
だって俺は、次期6代目付。
一番、彼らの幸せを願ってもいい位置にいる男なのだから。
本当は、あの時に認めていたのに。
すぐにでも彼女の事を6代目姐と呼べたのに。
呼ぶのは、すべてが片付いてから。
だって、彼は世界を面白くしてくれた。
住みやすくしてくれた。
だから、そんな彼のためなら。
おれはいつだって力になると、そう決めたのだから。
現代ファンタジア第1章、終幕です。
次は第2章へ続きます。
第2章にも茅と央たちは出てきます。
次回第2章は茅の義姉となった香絵が女主人公です。




