50(完)
央が実母と決別してから、早半年。
この間、本当に実母は何もしてくることはなかった。
弱いと思っていた存在が強くなってしまって、恐怖を抱いたのだろう。
頼みの極道もあれからはまったく手を出してこなかった。
平和な日々。
幸せは、また訪れた。
「おい、央!」
そう言って茅が央のほうに寄ってくる。
央は、学校の屋上にいた。
最近、昼休みの屋上は彼らの場所だ。
「茅、遅かったね」
「わりぃ、組員が」
半年の間に、茅は正式に次期6代目として認められた。
央は、姐とは認められなかったけれど、それでも一番の候補にはなれた。
仕方がない。
央に好意的な人たちは本家に多く、その他の組にはまだあまり認められていない。
5代目の姐の兄が頭の志和巣組などは認めてくれているが、まだまだ半分には満たない。
「最近、忙しそうだね」
「まぁ、6代目を襲名することは決まっちまったからな」
前からそれは茅の通る道であったから、特に何も思わない。
忙しいのだって、数日したら納まるだろう。
「手伝えなくて、ごめんね」
「それは、俺のセリフだろうが」
茅が忙しくなってしまったので、央は一人で分家と戦わなければいけなくなった。
いまだに、香絵のほうがいいとか、リルのほうがいいとか。
そんなことを言われているが、それにも慣れつつある。
「まぁ、なんにせよ。いつかは認めてもらうから」
「つもりとか言わないあたりが、本気だな」
最近、央は本当に強くなったと思う。
昔の、始めて会った時のあのおどおどとしていた央は一体どこへ消えたのだろう。
「茅が守ってくれるってわかってるからだよ」
「なんだ、それ」
先ほどの問いを央にしてみると、そんな風に返ってきた。
央はふふっと嬉しそうに笑う。
「昔の私は、学校とか外では自分以外に自分を守れる人がいなかった」
楽しそうに笑って、彼女を見る。
確かに、彼女の守りはほとんど鉄壁だったであろう。
この自分を、面白いと思わせるぐらいには、鉄壁だった。
「でも、今は茅がいる。茅が私を守るって言ってくれたから、私は強くなれる」
「それじゃ、俺がいなけりゃ何もできないって聞こえるぞ」
それでは、姐として失格になってしまう。
茅に守られることが前提で、央が何かをしても、失敗するだけだ。
茅が難しい顔をしたが、央はその顔にまた笑う。
本当に、よく笑うようになった。
「意味が違うよ。私はね、守ってくれる人なんて、約束を守ってくれる人なんて、私が信頼できる人なんて、そんな都合のいい人なんていないってずっと思ってた」
にこりと央がそう言って笑う。
何が楽しいのか、最近は本当によく笑う。
「でも、その人が現れた。現れてくれた。それだけで、私は嬉しくて、楽しくて、たまらないんだよ」
それは、茅にも似たような思いがある。
昔はひたすらつまらなかった日々、
だが、央に出会ってそれは急変した。
おそらく、央はそういう事が言いたいのだろう。
「心から安心できる人が現れるって、それってすごくその人の力になると思うんだ」
それは、その通りだ。
きっと、茅は央のためにならなんだってできる。
そう思うから。
大切な人を守りたいから、だから茅は強くなれた。
「茅、私ね。今すっごく幸せなの」
「あぁ」
「それはね、茅がいてくれてこそ。だから、ありがとう」
ありがとうなんて、本当に言わないといけないのは自分のほうなのに。
央が楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうにそう言うので、茅の顔も思わず笑顔になる。
こんな笑顔、見せるのはきっと央にだけだ。
「俺も、幸せだぜ」
「うん」
「だが、まだ先に幸せはあると思う」
「え?」
目を丸くして、央は茅のほうを見た。
茅は笑顔をにやりとした顔に変えた。
「お前が早くみんなに認められて、俺の姐になる日だよ」
茅がそう言うと、央が少し膨れた。
後月会の掟によると、認められている2人だが、実際はそんなにうまくはいかない。
今、2人がその掟により認められたと言えば、きっと分家は黙っていないから。
だから、もう少しの辛抱だ。
必ず、分家も陥落してみせる。
「待っててね」
「いくらでも」
そう言って2人が笑う。
その笑顔は、お互いが幸せだと語っている、とても幸せそうな笑顔であった。
ちなみに、高校卒業と同時に、2人は正式に認められた。
皆、央の苦労を認め、そして茅の、6代目の姐になることを素直に認める。
その陰で、次代の6代目付とその恋人、6代目の姉が功労していたことを、実は彼らは知らない。
それでもいいのだ。
3人は、この2人が幸せなら、それでいい。
そして、2人の大学卒業とともに盛大な結婚式が行われた。
それから、幸せであったか、幸せでなかったかは神のみぞ知る。
だが、結果は見えているだろう。
だって、2人はいつまでも笑い合っていたのだから。
これが、県立鏡が丘高校で関わり合いになってはいけない人たちの内の2人のお話。
あと少し、番外編があります。




