05
なかなかに上場ではないか。
にやにやと飛竜は一人、廊下を歩いていた。
この状態の彼に近づくバカはいない。
彼のお楽しみの最中ということを周りにアピールしている彼に、そんなことをしたら死刑確実だからだ。
彼は、主よりもよほど愉快なことが好きである。
主を守らなければいけないと、決まっているから守っている節もある。
そんな彼が最近楽しんでいるのは、央と茅の関係性であった。
はたから見ても、茅の片思い。
それでも果敢にチャレンジする茅に笑いは収められないし、素でかわす彼女を見るのも楽しい。
茅は手に入れられない物などなかった。
ただ、人の心がお金や権力、地位で買えないことは知っている。
もう、後悔したくない。そう言って央にいつもひっついているのだ。
そして飛竜は、そんな茅を手放しに応援している。
協力もするつもりだ。だから、茅を好きかと投げかけた。
反応は、上場。
茅と同じ好きではないが、確実に彼女は茅を受け入れているのだ。
本人もあまり気付いていないだろうが、確実に。
クスッと飛竜が笑う。
飛竜はずっと茅と一緒に育ってきた。もう、兄弟のようなものだった。
自分の組が嫌で、強い奴と闘いたくて、後月会本家の扉を叩き、茅と知らずに対決し、5代目に気に入られ、自分の組を捨てて茅のお付になる決意をしたのが小学2年の時。
それから、家も学校も、すべて一緒でクラスも一緒だった。
そんな彼のささやかな幸せと頑張りを、飛竜は決して無駄にはしたくない。
「おい、東澤」
楽しいことを考えていた時間に、呼び止められ、飛竜はすぐに面倒臭そうに睨みつける。
そこには、団員の姿があった。
ここ公立鏡ヶ丘高校には暴力団関係の息子や娘が数多くいる。
その中でも茅に好意的な人もいるし、そうでない人もいる。こいつらは、後者だった。
「何か用か?」
後月会は、上下が厳しい。飛竜は一応かなりの高位にいるから、普通は呼び捨てにされるはずがないのだが。どうも、彼らは自分も自分の主もよく思っていないらしい。
「呼び捨てにされる、覚えはねぇな。改めろよ」
これで、次に呼び捨てにされたら、恐らく喧嘩になるだろう。
茅に次いで、強いと言われている飛竜に4人相手で戦いを挑むか、それとも用件が言いたいからさっさと謝ってくるか。自分としては、前者がお勧めだ。最近、平和すぎて闘っていないから。
「若頭付き、あの女はなんだ」
若頭とは、もちろん茅のこと。
後月会には本家の宇月組の他に11組の分家がいる。
その分家の頭の息子も若と呼ばれるため、次代の6代目であり、宇月組頭になる茅は若頭と言われるのである。
つまり、若頭付きとは、茅のお付きである飛竜のことだ。
「あの女って?」
「遊部 央のことだ。何故あんな奴とつるんでいる」
なるほど、文句だったのか。
それなら、聞く必要すらないのだけれど。
これを利用してやるのもいいかもしれない。
「若がご学友と遊ばれるのが何かいけないか?」
「何故!俺たちだって学友ではあるだろう。なのになぜあいつなんだ!」
それは、茅がお前らが嫌いなせいだろう。飛竜は賢明にも口を開かなかった。ただ単に、うるさいのが嫌だっただけだが。
「それは、若に言えよ」
「言った!でも俺達が学友じゃないなんて言い出した!!」
自称学友たちは、顔を真っ赤にさせて憤っている。顔が、面白いことになっていた。
「それが若の意思なら、従え」
「どうして堅気のガキなんだ!!」
お前らと同い年なんだけどな。
そう思いつつ、やはり言わないのはこれ以上うるさくされたら耳障りだからだ。
自分でさえ、茅は学友なんて言わない。自分は茅のお付きだし、友にはなれない。
茅はこの学校で学友など作る気もなかったのだ。そう、遊部 央だって学友ではない。
「俺に言ってもお門違いだ。用がそれだけなら、俺は行く」
「どうして!どうしてあいつなんだ!!」
気になっているのは、違う暴力団の愛人ということか、それとも堅気ということか。
一般生徒には暴力団だと言われる央だが、極道たちは彼女が堅気であると知っている。
危ない芽はすぐに摘まなければならないからだ。
「若頭付き!!」
「言っておくが、後月会は、堅気への暴力はご法度だからな」
ニヤッと笑って、飛竜はそこから去った。
これで、思うように動くだろう。そう思いながら。
次の時間は、体育だった。
面倒くさいと言って茅は体育をさぼることも多いのだが。
今日はなぜか出てきている。
「ありゃ、珍しいじゃないですか。若」
「仕方ねぇだろ。出席日数足りねぇって言うんだから」
ぶすっとしたまま茅が話す。いつもなら、出席日数など気にしない彼だが、央に何か言われたのだろうか。
「おい、央は?」
今日は男女ともに陸上競技らしい。
トラックの中で男子が、外を女子が使うらしいが、その中に央がいなかった。
「彼女なら体育は休んでいますよ」
「なにぃ!俺に出ろとか言っといて!!」
やっぱり央に言われたのか。教師に言われても特に反応を示さないくせに、面白い。
「彼女は目が見えないから体育はできないだろうと校長から言い渡されていますから」
「何でお前がそういうこと知ってんだ」
「調べましたから」
もちろん、主に危害が及ばない人であることはきちんと調べる。
飛竜は楽しくないことは全て嫌いだ。
だから、主を守れなくて嫌みを言われるのも嫌だった。
大切にしているし、自分の面白くないことをされても嫌なので、会って少ししてからすぐに調べたのだ。
「でも、情報によると屋上で見ているらしいですけど」
「見えないくせに……」
ちろっと茅が上を向くと、確かに央は屋上にいるらしい。
背中を屋上の網に預けて、こちらには顔は見えなかった。
「あいつ、ほんとに寂しがり屋だな」
ため息をつきながら、茅は集合の合図を聞いていた。
もちろん、集合する気などさらさらない。
来て、見学でもしているかと思っただけなのだ。
「あれ?誰かと一緒みたいですね」
言われて、茅ももう一度上を見る。そして、顔を険しくした。
「あいつら!」
「そう言えば、今日の昼に言われましたよ。彼女のことで」
そういうなり、茅は走っていた。
仕方ない。自分の主が危険に身を投じようとしているなら、自分もいかなければ。
そう思って飛竜も走りだす。
目的は2つ。
ひとつは彼女の眼を茅に向けること。
そしてもう一つは。
「目障りな奴らは、お仕置きしないとな」
クスッと笑いながら、飛竜は茅の後を追った。