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現代ファンタジア 第1章  作者: 草野 雅
現代ファンタジア
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「央が消えた?」

次の日、病院に行くと央がいなかった。

『ちょっと、ケリをつけてきます』

そう書かれた、紙を残して。

その紙を読んだ瞬間、茅は走り去ってしまった。



「お久しぶりです」

そう言って、央はその女の前に立った。

「な、何よ!何の用よ!」

女とは昨日会ったばかりだったが、こうして会うのは実ははじめてなんではないだろうか。

書置きしてきたが、おそらく病院では大事になっているだろう。

そしてすぐに茅が飛んできてくれる。

それも央にはわかっていた。

だけど、これは自分がしなければいけないことだ。

「何の用よ。私に用はないわよ」

昔住んでいたアパートの一室。

女はまだそこに住んでいたらしい。

なんとなく懐かしい感じがするが、どこか小さく見えた。

それは、この女にも言えることだ。

昔はあれだけ大きくて怖かったのに。

今は自分の成長もあってか、小さい。

「あなたに用はなくても、私はあるんです」

バンッと後ろで音がした。

おそらく、茅が到着したのだろう。

こちらはけがをしていた関係もあって、ゆっくりと来たからすぐに追いつかれるとは思っていた。

茅がこちらにやってくる。

そして、央が無事なことを目で確かめて、ほっとしたようだった。


「今日は、あなたに話があって来たんです」

「は、なし、ですって?話すことなんてないわよ!」

「私にはあります」

央は女の目を見て、そう言った。

今日こそ、この顔の使い時だろう。

一般人に怖がられる、この顔の。

「私は、あなたに愛されたかった。ずっと、ずっと、愛されたかったんです」

央の言葉に、女は嗤った。

いつまでそんな幻想を抱いているのだろう。

「でも、小さい私にはどうすればいいのかわからなくて、あなたが楽しそうに私を殴りつけから、痛いけど、我慢していた。あなたが笑っているところを、私はそこでしか見たことがなかったから、だから私は怖かったけど、おとなしく殴られていた」

「央、帰るぞ」

そう言って、茅が央を連れて行こうとする。

一瞬傷に触って痛いという顔をしたら、茅はすぐに離してくれた。

それをいいことに、央は続ける。

「痛いと言ったら、あなたは喜んでいましたよね?あれしか、あなたの笑顔は見たことがなかった」

「何が言いたいのよ!」

「あなたに愛されたかった。けど、それ以上にあなたが怖かった、という話です」

「だから、何が!」

そう言って女が座っているところにあったものが飛んでくる。

おはし、箸置き、ティッシュ、等々。

茅がいちいちそれを叩き落としてくれた。

器用だ。


「私はずっとあなたが怖かった。怖くて怖くて仕方なくて。お父さんに連れ出された日からもずっとうなされたり、怖がったり。ずっと、ずっと怖かった。昨日までは」

ピクリと女と茅の耳が動いた。

茅は一瞬の事だったけれど、それでも動いた。

女は楽しそうに央を見て言う。

「それじゃぁ、今は怖くないっていうの?」

「全然、と言ったら嘘になる。小さい時からの洗脳はきっとなかなか取れないから。昔の私には誰もいなかった。あなた以外は、誰も」

だから愛されたかった。

父親はいたけれど、ほとんどあったことはなく。

女だけが央の世界だったから、愛されたかった。

愛されて、ぬくもりを分け与えてほしかった。

けれど。

「けど、今は違う。私には心配で駆けつけてくれる両親がいる。心配してあなたを殴ってくれる友人がいる」

茅が一瞬曇った顔をした。

どうしてそんな顔をするのだろう。

昨日の言い方だけでは足りなかっただろうか。

「それに、何より私の事を考えて、守ってくれる茅がいる」

きゅっと、央が茅の手を握る。

茅は驚いたように央を見て、そしてふっと笑って握り返してくれた。

それが、力になる。

「だから、私も茅とみんなを守る。茅が守るものを私も一緒に守る」

それが、昨日虐待を受けているときに思った央の思いだった。

茅の守っているもの、後月会を含めて、自分も守る。

自分が足かせになってはいけない。

そう思ったから。

だから、ケリをつけに来た。


「もう、二度とあなたの事をママとは呼ばない。だから、あなたも二度と私に接触しないで」

「そんなこと、言っていいと思っているの!!」

「私はもうあなたのおもちゃじゃない。おもちゃになる気もない」

「こ、の」

「今後、私や後月会に何かしたら、私が黙っていません。6代目の姐である私が」

央が女をにらみつける。

今まで、央にそんなことをされたことがない女は、その言葉と顔に何も言えなくなった。

「一人でケンカ売る気があるなら、別にいつでも売ってこいよ。ただし、その時はお前の命はないと思えよ」

彼女のバックについていた極道は、今日5代目が話をつけに行っているはず。

本来なら、後月会の敵ではないその極道が、5代目の申しつけを断るということはない。

なぜなら、その時が彼らの最後だからだ。

何があっても5代目は、そこをつぶしにかかるだろう。

だから、この女にもはやバックなどない。

「だいたい、ケンカを売るんなら、自分のバックと俺たちの差をきちんとわかっておくんだったな」

茅がそう言う。

それぐらい、格が違うのだ。

つぶそうとすればいつでもつぶせる極道の組織と、極道の中でもトップ格の後月会。

最初から、勝負は決まっている。

「私の言いたいこと、わかっていただけますね?」

央はそう言って念を押した。

女は、コクコクと顔を縦に振り、降参の意思を告げる。

それが、央と実母の一生の別れだった。





ねぇ、もう愛してくれなくていい。

あなたの愛に期待はしていない。

だから、一生近づかないで。

それが、私があなたに最後にできる、あなたへの温情だから。

もし、次があればその時は。

あなたの最後の時だと後悔させてやる。

本気でそう持っているから。

だからどうか、一生近づかないで。


さようなら、一度も私を愛してくれなかった人。

これが、私ができる最後の温情。




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