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あなたは私を愛してくれますか?
ねぇ、どうしてそこにこだわっているの?
どうして私はそこで止まっているの?
声が聞こえるじゃない。
心配してくれる声が、安心させてくれる声が。
聞こえるのに、それを聞かないふりなんてもうできないのに。
ねぇ、いつまで昔を怖がっているの?
ねぇ、いつまで?
パチリ。央は目を覚ました。
天井は真っ白。
その真っ白がまぶしすぎて、また一度目を瞑る。
「央ちゃん!起きた?」
そう言ってくれる優しい声は、央の今の母親だった。
まぶしいのが納まったころ、央はもう一度目を開ける。
涙目の母親が、そこにいた。
「お母さん」
「な、かば、ちゃ。よかった。よかった」
そう言ってぎゅっと抱きしめてくれる。
久しぶりに母親に抱擁されたなと、央はどこか違うことを考えて。
そして母親の後ろに父親がいるのが見えた。
「お父さん」
「央、大丈夫か?」
仕事を休んできてくれたのだろうか。
スーツは少し寄れていて、仕事帰りのようだ。
「うん、大丈夫」
「そうか、よかった」
そう言って、今度は父親が抱きしめてくれた。
父親が抱きしめてくれるなんて、それこそ小学校以来だ。
なんだか、くすぐったい。
「よかったわ。無事で」
そう言う母親の言葉に、今まであったことを思い出す。
そうだ、自分は実母の所で暴力を受けていたのだと。
思い出して、少しだけ震えたのをわかったらしい父親が、安心させるためにもう一度抱きしめてくれた。
昔、うなされた時にしてくれた抱き方と一緒だ。
それに、央は少し笑ってしまった。
「央ちゃん!!」
そう言って央の病室に入ってきたのは、リルと飛竜だった。
父親が央から離れ、そしてリルが次に抱き着く。
もちろん、飛竜は抱き着くことを少ししか考えていなかったので、抱きつきはしない。
茅の目の前でやったら、少し楽しそうだとは思うが、今はそれで遊べる段階ではなかった。
「リルちゃん。あれ?手、どうしたの?」
「ちょっと飛竜をひっぱたいたら」
えへっと笑うリルはそのあとは何も聞くなと語っていて、央は何も聞けなかった。
後ろで、飛竜が不満そうにしていたのは見えたが。
「飛竜君」
「大丈夫ですか?若姐」
最近、央は飛竜にそう呼ばれる。
飛竜がそう呼ぶから、本家では央はそう呼ばれることが増えた。
「あ、の。茅は」
「若はちょっと、珍しく落ち込んでて。今は会いたくないそうなんですが」
どうして?
央の頭にクエスチョンマークが乱舞する。
どうして、茅は落ち込んでいるのだろう。
そう考えると、いてもたってもいられなくなって、央は病院のベッドを抜けようとした。
が、体が動かない。
「まぁ、今日中には来ると思います」
「今、呼んで」
そうしないと、自分で結論を出してしまいそうな気がした。
その結論を出してからでは、きっと遅い。
「了解しました。少々お待ちください」
聞き分けがいいということは、おそらく飛竜もそう思っていたのだろう。
父親と母親、そしてリルが同じように病室を出ていく。
どうやら、気を使ってくれたらしい。
「央、大丈夫か?」
いつも通り。
そう見えないこともなく、茅は央の前に姿を現した。
でも、央にはわかる。本当に、茅は落ち込んでいる。
「茅、ありがとう。助けに来てくれたよね」
「俺は。俺は、何も、してない」
あぁ、やはりそのことだったのだ。
茅は自尊心もプライドもとても高くて、だからよく過信する。
それに落ち込んだのは、きっと初めてだ。
「何もしてないこと、ないよ」
「いや、俺は何もしなかった!俺はただ、お前が傷つくのを、見ていただけだ…」
どうやら、相当根深いらしい。
たぶん、茅をこんなに落ち込ませるのは央だけだろう。
「俺は、お前を守るって決めたのに。誓ったのに。なのに、俺は自分の姐さえ自分で守れなかった」
「守ってくれたよ?茅は十分私を守ってくれた」
「そんなことない。実際、あの女を止めたのはリルだ」
何もしていない。
本当は、守りたかった。
あんな掟があっても、殴ってやりたかった。
そうしてやりたかったのに。
「俺は、最後に自分のメンツを取ったんだ」
「それって、そんなにひどいことかな」
え?と茅が顔を上げた。
そうだ、先ほど落ち込んでいると思ったのは、茅の顔が若干下を向いていたからだ。
「私ね、あの人に会ってやっぱりあの人の思い通りに体は動いちゃって。でもね、前より怖くなかった」
にこりとあの人形のような瞳とは違う笑顔で央が笑う。
「茅が助けに来てくれるって、わかってたからだよ」
「でも」
「絶対に助けに来てくれるって信じてた。だから、来てくれた時は嬉しかった」
「でも、お前に傷を」
「私の心の中をきちんと茅は守ってくれたじゃない。確かに、傷はいっぱいついちゃったけど。そのときだって、ずっと思ってたよ?痛いのは今だけで、絶対に茅が来てくれるから大丈夫だって」
実際、昔は絶望しか感じなかったのに。
だけれど今回は違った。
絶望の中に、希望がきちんとあることを央は知っていた。
それだけで、自分がどんなに救われたか、茅は絶対にわかっていない。
「ねぇ、茅。こんな傷、すぐに治っちゃうよ。でも、心の傷って治りにくいの。でもね、今回は心の傷なんて全くないんだ。むしろ、すがすがしいぐらいなの」
「俺は、すべて守りたかったんだ」
「ありがとう。そう言ってくれるから、私は茅を信じて待てるんだよ」
本当にお人よしだ。
自分は怒られても当然だと思うのに。
そんなことを言われたら、嬉しいと思ってしまうではないか。
茅は央を抱きしめた。
さきほど、3人にも抱きしめられたのに、どうしてか安心感が違う。
やっと、あれから抜け出せたのだという安心感が央にもたらされる。
茅は気付いていないだろう。
央がどれだけ茅に救われているか、なんて。
「ありがとう、茅」
「次は、絶対に守ってやるから」
「うん、よろしくね」
守ってくれると信じている。
彼は有言実行だから、きっと一生守ってくれるだろう。
少し浮上したらしい茅に央は抱きしめられたまま笑った。
ねぇ、ありがとう。
守ってくれてありがとう。
だからね、守ってくれたから次は私の番だよね?




