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「なぜ!強い奴らを連れてきたのに!」
女が焦ったようにそう喚く。
茅と飛竜はけがをしたが、央の比ではなかった。
ところどころから、血が出ている。
きっと服を脱いだら、あざが全体にできているのだろう。
そんな痛々しい姿を見て、耐えられるわけがなかった。
ツカツカと茅がそちらの方へと歩いていく。
女は、央をつれて一歩一歩下がっていく。
ついに、壁に行き当たってしまい、次は央を楯にしだした。
「てめぇ」
「こ、これ以上近づいたら、この子に刺すわよ」
女が持っていたのは、小型のナイフ。
新品なのか、刃先は鋭そうだった。
が、茅はそんなものどうでもいいとばかりに歩いてくる。
「さ、刺すわよ!」
「刺してみろ、てめぇに地獄を味あわせてやるよ」
茅がまたキレている。
だが、今回は飛竜は怖がりなんてしなかった。
なぜなら、飛竜すらもキレていたからだ。
「あなたたちは私に手を出せないでしょう!!」
「あぁ?」
いきなり自信満々にそう言いだす女に、茅は眉を吊り上げる。
女はひぃっと小さい声で言ったが、この声は大きかった。
「だって、私は堅気ですもの!後月会は堅気への暴力はご法度でしょう!」
「おまえのどこが堅気じゃないって?」
これだけ、極道を使っておきながらよく言う。
茅はそう言ってにらんだ。
もちろん、その睨みは女に恐怖を味あわせた。
「私はここの頭の愛人であって、それだけだもの!その人に使ってもいいって言われているのよ!だから、私は堅気よ」
そう言われて、茅は止まってしまう。
確かに、情報では愛人はいるがその愛人は堅気であると書かれていた。
それが、この女か。
おそらく、間違いではない。
そこに書いてあった特徴とよく似ている。
「後月会は、堅気への暴力はご法度だ」
それは組の決まりごとであり、絶対に覆してはいけない決まりだ。
茅は次期6代目として、それは死んでも守らないといけない。
なぜなら、一度でも違えてしまった場合、もう茅にそれを云う効力がなくなる。
そうなってしまえば、自分の面目も丸つぶれだ。
「若、ここは俺が!」
そう言って飛竜が前に出ようとする。
茅がそれを止めた。
飛竜はお付として茅を守らなければいけない。
彼の6代目の地位を守るのだって、彼の仕事。
だから、茅を守るために自分が犠牲になってもいい。
そういう思いが、飛竜の中にあることを茅は知っている。
だが、それではだめだ。
それでも、堅気への暴力をすればきっと自分の地位は危なくなるだろう。
飛竜も思い当ったのか、茅が止めた時にきちんと止まった。
どうすればいい?
やっぱり、自分に央は守れないのだろうか。
守ると誓ったのに。
誓ったくせに、何もできなかった。
央がさらわれる可能性は、想像していたくせに。
央がいいと言ったからといって、飛竜をつけておかなかった。
自分が央の傍にいられないとき、守ってくれる人を他人任せにした。
彼らも万全は期してくれただろう。それはわかるが、やはり飛竜にはかなわない。
央がさらわれたとき、自分はキレていた。
それはそうなってしまったことへの憤りと、そうした女への憎悪だと思っていた。
だが、本当は違う。
茅は、自分にキレていたのだ。
守ると言ったのに、誓ったのに。
それでも守れなかったことへ。
茅は自分に失望し、そして情けなくなった。
守るといったのに。
目の前の愛しい人は、自分が動く間に――――。
情けなかった。悔しかった。
やっと見つけて、極道の連中も数分は起きられない程度に痛めつけたのに。
最後、この女は自分ができないことを知っていて、それをついてくる。
―――自分は堅気を殴れない。
央を助けたいのに、自分はそこに行くことすらできない。
―――情けない。
守ると言ったのに、一番守れない。
そんな、役立たず。
それが自分だったなんて。
「若……」
飛竜が茅を伺ってくる。
茅は先程から顔をまったく変えず、女をにらみつけている。
こうしていて、状況がよくなるものでもないのに。
そんな時だった。
「へぇ、お姉さん堅気なんだぁ」
そう間延びした声が聞こえて、飛竜はそちらを向く。
そこにはとても笑顔な1人の女がいた。




