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「央」
目の前の光景が信じられなくて、茅は呆然と立ちつくす。
同じく、飛竜も信じられずに立ち尽くした。
目の前に笑っている女、そしてその女に殴られているのは。
「な、かば」
茅がよろっとよろめいてそちらへと歩いて行こうとする。
それを、飛竜が止めた。
その声が聞こえたのか、女は嗤うのをやめてこちらを見る。
「誰?」
面白そうに殴るその女にどこか寒いものを覚えた。
「その人を、放していただきましょうか」
言葉は丁寧でも、冷たい声。
それが、飛竜から発せられているのだと、茅は少しの間気付かなかった。
はっと我に返った瞬間、横から手が入ってくる。
どうやら、殴られる直前だったらしい。
すぐにひらりとかわして、相手の腹に一発入れておく。
相手は飛竜よりも地面を滑って行った。
「あら、早かったのね」
きちんと暗号にしておいたのに。
そういう女は、もはや狂気におぼれていて。
周りの人たちもどうやらそうらしい。
「あんな簡単な暗号が解けないと思われていたとは。なめられたもんだな」
飛竜がそう言って、暗号が書かれた紙をその場に捨てた。
昔住んでいたところにいると踏んで、そこに行ってみたらそこは人っ子一人いなくて。
ただ、リビングのテーブルの上に置かれていた紙にここにいるという文字と暗号が書いてあった。
それを解いてようやく廃倉庫のようなところまで来たのだ。
「ふふっ。だって、この子を姐にするぐらいの組織なんて、たいしたことないわ?」
「てめぇは、ケンカ売ってんのか?」
「あら、だったらどうだっていうの?」
女は一歩も引かない。
それは、2人なら勝てるという自負だった。
ただの、驕りだ。
「央を帰してもらおう」
「あら、こんな子、本当に欲しいの?」
央は気を失っているわけではなかった。
ただ、失ってはいなくても、目は人形のように何も感情を表していない。
いつもなら自分を見て笑ってくれる顔も、何もうつさない鏡のようだ。
こんな顔を、させたくなどなかったのに。
「もう一度言う。央を帰せ」
「私に命令しないでちょうだい!」
女がヒステリックにそう叫んだ瞬間、そこには数十人の男が出てきた。
見たことがある。
全員、今自分たちに喧嘩を売ってくる極道たちだ。
この女と、どうやらつながっていたらしい。まぁ、予想はしていたが。
「俺たち相手にこの人数で勝てるとでも?」
「こっちにはこの子がいるのよ?」
わかっているの?
クスクスと笑うその女が、心底憎い。
なめられたものだ。
央に手を出されたくなかったら、何もするなと脅迫されるなんて。
―――なめられたものだ。
「飛竜」
「わかってますよ」
にやりと飛竜が笑った。
その笑顔は本気で楽しいというかのようで、思わずその場にいた男たちが恐怖した。
「逃げられると思うなよ?俺は今、機嫌が悪いんだ」
そう言って、2人が動き出した。
それに合わせて、極道たちも動き出す。
女はその様子を愉しそうに見ていた。
「あんたのせいで、あの2人も終りね」
クスリと笑う女の言葉に、今まで反応しなかった央が少しだけ反応する。
女はそれには気づかない。
「あんたが関わってせいで、後月会は潰れるのよ」
男たちは次々に茅と飛竜に襲い掛かる。
先ほどから、人数は増えているようだった。
「ほんと、あんたっていらない子よね。だってあんたが生まれなければ、あの2人はこんなことで怪我したり、倒されたりすることもなかったんだから」
クスクス、アハハハ。
また、女が笑う。
だが、その笑いはすぐに止んだ。
「な、なぜ…」
男たちが倒れている。
その中で立っているのは2人だけ。
「あ?俺たちにこの程度のやつらしかぶつけねえで何言ってんだ」
茅と、飛竜だけであった。




