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『ママって呼ばないで、吐き気がするでしょ』
『あぁ、どうしてあんたなんて産んじゃったのかしら』
『ちょっと、あんた本当に邪魔な子ね』
ねぇ、どうすればあなたは私を好きになってくれましたか?
あまりに小さい私は、あなたのご機嫌をいつも伺って生きていた。
機嫌の悪い日は、笑ってほしくて、暴力を振るうとおかしそうに笑う事をしていたから、だから怖かったけれど、あなたが笑ってくれるのならいいと、そう思って殴られた。
機嫌のいい日は、ルンルンと笑っていたから、邪魔をしないように隅っこで小さくなっていた。
けれど、どちらにしろ行き着く先はいっしょで。
ねぇ、あなたにとって私はなんでしたか?
あなたにとって、私はいらない子でしたか?
あなたにとって、私は邪魔でしかない子でしたか?
ねぇ、どうすればあなたは私の事を愛してくれたの?
小さすぎて、勉強で喜んでもらうことも、運動で喜んでくれることもできなかった。
ただ、そこにいては邪魔だと言われて突き飛ばされ、外に放り出され。
黙っているしかなかった。
泣けば、さらにお仕置きされることはわかっていたから。
ねぇ、どうすれば私を見てくれたの?
ねぇ、私は何を期待していたの?
ねぇ、あなたが愛していたのは、誰でしたか?
「あら、起きたの?寝てればいのに」
そう言って、その女は嗤う。
久しぶりに見たその人は、思っていたよりも年を取っていたらしい。
いまだにじゃらじゃらとつけているのは変わってはいないが、どうやら高くはなったようだった。
「ママ」
「ママって呼ばないでくれる?吐き気がするわ」
央は目を伏せた。
ここはどこだろう。
なんだか見たことがある気がするが、どこで見たのだろう。
そんなことを考えていて、そして急に思い出す。
自分はリルの目の前で誘拐された。
だとしたら、リルは――――。
「あの、一緒にいた、女の子は……」
「は?そんな子いた?連れてきたのはあんただけよ」
なら、一応リルは無事だろう。
そう思っておくことにした。
「それにしても、あんたがあの後月会の次期6代目の婚約者になるとはねぇ」
ビクリ。
央の肩が跳ね上がる。
それを一体この人はどこで聞いたのだろう。
央の反応が楽しかったのか、女は嗤いながら言った。
「極道の中では有名だそうよ?聞いた時はビックリした。けど、使えるってそう思ったの」
遊部 央という堅気が後月会6代目の姐になる。
それは、極道にはすぐに伝わった。
小さいも大きいも関係なく、すぐに。
「私、とある極道の頭とお付き合いしているんだけれど、その人が教えてくれたのよ」
愉快そうにそう言ってくる。
この人はこんな声を出す人だっただろうか。
「なんて顔、してるの?」
高いヒールをコツコツと言わせて、その人は央が倒れている方に歩いてくる。
央は、手と足が動かないようになっていて身動きが取れない。
だから、本能で逃げなければと思っても逃げられず、女が目の前まで来るのを見ていなければならなかった。
いやな予感は、きっと当たる。
その、恐怖が女が一歩進むたびに倍になっていく。
そして、女は央をベッドに固定していたものをはずし、央を起き上がらせる。
央の目には恐怖が浮かんでいた。
それに、女は大層満足したらしい。
にやりと怪しく微笑んで、央にこう言った。
「なぁに?やられるのを期待しているの?」
「ち、が……」
「なら、お望みどおりにしてあげるわよ。今、私むしゃくしゃしているからね」
そう言って、一発目が央のほほにヒットする。
そこは、すぐ赤くなり、ジリジリと痛んだ。
「私ね、あんたがいなくなってから、あんたのことを無性に思い出す日もあったのよ?」
バシバシと痛そうな音がする。
女の顔がだんだんと狂気に満ちていく。
「だって、私あんたをこうすることでストレス発散していたんですもの。ストレスがたまったら、あんたを殴ればよかったのにって、そう思っていつでも思い出してたのよ」
クスクスから、アハハハハに笑い声が変わる。
それは、央にとっては恐怖の笑い声。
何も、できなくなる。そんな、笑い声だった。
「ねぇ、あんた今幸せなんですってね。そんなの、許した覚えないんだけどね」
アハハハハハ。
笑いながら、その女は央を恐怖へと突き落す。
恐怖と戦いながら央が思い出すのは、たった一人だった。




