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はぁはぁと息を切らせながらリルが走る。
早く動きたいのに、足が遅い。
走っているのに、歩いている人よりも遅い気がする。
早く早くと心だけが進んで、足はそれに伴ってくれない。
今初めて、自分の足が遅いことを呪った。
きっと、今タイムを取れば自己内最高記録だろう。
だがそう思ってももっと早くなりたかった。
はぁはぁと、もう息は切れているのに。
それでもリルは走らなければならなかった。
自分では、きっと手に負えないとリルはきちんと知っていたから。
これは、茅や飛竜の分野であると知っていたから。
できれば、できるなら自分がやりたいけれど、それが無理だと知っている。
だから、リルは走る。
走って、走って、時頼何かに躓いてこけそうになって。
けれど、そんなもの気にしていられない。
いつもは近いその道のりが、今日は何倍にも感じられる。
早く、早く、
そう焦って走っていると、やっとその門が見えた。
門番が驚いたようにこちらを見ている。
リルは本来ならば央か飛竜がいないとは入れない。
茅と一緒でも入れるが、茅と一緒に入ったことはない。
「どうしたんです?」
「早く、開けて!今すぐに!早く!」
門番がちょっと戸惑って門を開けた。
いつもならありがとうと笑顔で言うところだ。
それに本来なら開けてなんてもらえない。
だけれど、門番は何かを察してくれたらしい。
門を開けて、飛竜と茅は会議中だと言ってくれた。
目指すべき場所は、わかった。
後、少しだ。
「と、いう事でよろしいですかな?」
本家の幹部のみでの会議中。
茅はふむと頷いた。
今日は朝から会議で、学校には行けなかった。
一応、学校には茅の配下もいるし、信頼のおける人もいるので、そいつらに央とリルをまかせて、茅と飛竜は学校を休んでいた。
最近、やっと会議に入れるようになった飛竜は、自分は学校に行くと言ったのだが、央とリルによって止められたのだ。
「そういう事でいいんじゃないか?ややこしくする必要もない」
5代目がそう言っているのに、茅も肯定した。
会議の議題は、最近敵対している小さな極道にけんかを売られているというものであったが、小さなところ相手に別に特に何も思わない。
どうせ、自分の組に勝てるわけがないから。
会議を開いていても、実はあまり何も決まっていない。
「なんだ?外が騒がしいですね」
「見てきましょうか」
5代目付がそう言って、飛竜が腰を上げた。
5代目も外のほうへと目を向ける。
外からは、「今は会議中です!」という組員の声が聞こえる。
「さて、これがそいつらの襲撃だったらどうする?」
「それは、もちろん俺の出番っすよね!」
「飛竜、落ち着けよ」
きらきらとした表情で本当に楽しそうに飛竜がそういうのを、茅が止める。
まぁ、飛竜ならば言うと思っていたけれど。
でも、今状況はきっと違う。
何故だか、茅から冷や汗が出た。何か、よくないものが起きている。
それを、直感で思ってしまった。
騒ぎはだんだんこちらへとやってきて、そして迷わずにこの部屋の扉の前で止まり、間髪入れずに扉が開いた。
「リル?」
そこに立っていたのは、ぜぇぜぇと息を切らしながら、こちらにすがった目を向けてくる、6代目付の恋人(仮)のリルだった。
リルはぜぇぜぇと肩で息しながら、何かを訴えようとしている。
それは切れ切れでもう一度と5代目に言われていた。
彼女は茅を見つけて、そして、言った。
「央ちゃんが、誘拐された!」
ザワッと周りがうるさくなる。
それは、会議室の内でも外でも起こった。
「なん、だと?」
「央ちゃん、が、女の、人に、連れて、行かれたの!」
そう言ってリルが茅の所まで歩いてくる。
茅の前に来た途端、ふらりと倒れそうになるところを、飛竜が助けた。
「央が、誘拐された?」
「そう!学校が終わって、ここに来ようと思ったら、門に車が止まってて、それで央ちゃんに話しかけてくる女の人が……」
「女?」
「そう、央ちゃんはママって、言ってた!」
その言葉に、茅は我に返った。
央がママというのは、一人だけ――――実母だけだ。
「飛竜!」
「了解してます」
そう言って、飛竜が会議室から出ていく。
その動作は素早く、そしてすぐにどこかへ行ってしまった。
「茅、君。央ちゃんを、助けて」
「わかってる。お前は少し休め。必ず、見つけ出してやるから」
そう言って茅が言うが、リルは顔を横に振るだけ。
一緒に行きたいとそういう彼女に、茅は何も言えなかった。
守るって言ったのに。―――役立たず。




