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「香絵さん、これはどうですか?」
茅が香絵に婚約破棄を言い渡してから、いろいろとあった。
まずは、香絵が六木組から勘当されて行方不明になった。
そして、5代目がそれを聞いて意気揚々と香絵を自分の娘にすると宣言した。
これで、事実上香絵は茅の姉となったのだ。
5代目は六木組に香絵への干渉を一切やめることを六木組の頭に宣言。
つながりがなければ、もはや香絵は六木組とは関係ない。
飛竜にしたことと同じこと、でも飛竜とは違う形で5代目は香絵を手に入れた。
全くもって、あっぱれだ。
普通、本家に入るということは分家にとっては名誉ことである。
特に頭の息子や娘が入ることはすなわち、大きな権力が動くことだ。
だから、六木組の頭は香絵をすんなりと5代目に差し出した。
これで、香絵を使って何かできると踏んでいたのだろう。
だが、後で5代目に香絵との干渉を一切受け付けないと言われたら、話は逆だ。
干渉できないのなら、香絵を使って何もできないから。
六木組の頭の思惑は、すべて外れる。
いまだに、六木組の頭はそれで悔しがっているらしい。
バカな奴だ。
「えぇ、いいわ。それをこっちに持ってきて」
その後、香絵は行方不明となり、いろいろとあって、正式に5代目の養女となった。
堅気と結婚することも、もう決まっている。
その前に、することをしなければという理由で、香絵は婚約者と会えない日々が続いていた。
だが、実は央はそれが嬉しかったのだ。
「あなたは、不思議な人ね」
帰ってきて、少ししてから会った時。
香絵は央にそう言った。央は、笑うだけだった。
「いつから、私の計画を知っていたの?」
「たぶん、初めからだと思います」
計画自体は知らなかったが、おそらく最初からこの人は敵ではないとわかっていた。
それがなぜかも央はきちんとわかっている。
「香絵さんの言葉には、なんていうか芯がなかった」
「芯?」
「はい、私昔から目がすごく悪くて、コンタクトもつけていなかった時期はすべて聴覚で情報を取っていたんです」
それは、茅から聞いていた。
5代目の養女になった際、央の身の上はすべて聞かされていたから。
そこにはリルも座っていたし、飛竜も央も座っていた。
「だから、声の感情がなんとなくわかるんです。それで、香絵さんの言葉に傷つかない自分がいて、それが何でかわからなくてずっと考えていたんです」
答えは、真殿が来たおかげですぐにわかった。
真殿は、本当に央が邪魔で排除したいと考えていた。
そして惜しげなくひどい言葉ばかりを投げつけ、それは真殿の中にはそういう芯があった。
でも、香絵は違う。
「香絵さんの言葉は、ドーナツみたいだった。周りにはいっぱい何かがあってそれによって香絵さんは思ってもいないことを言っていた。けど、本心、真ん中では何もない」
「あなたは、賢いのね」
「だから、真殿さんに言われたら傷ついて、香絵さんが来ると安心したんですよ」
真殿を絶対に止めてくれると思っていたから。
香絵は自分を傷つけない。それを、央は感じ取っていた。
「ふふ、私の負けだわ」
香絵はとても楽しそうにそう言った。
時間は戻って、今は組員たちの布団のシーツを変えている最中だった。
「あの時、負けたわって言ってたけれど。あなたに茅が似合わないと思ったのは本当だったのよね」
「え?」
央が動きを止めた。
何故だろうと一生懸命考えているらしい。その態度を見て、香絵はクスリと笑った。
「まぁ、正しくは茅にはあなたはもったいないというんでしょうけどね。本当にあの子でいいの?あいつ、最悪な物件だと確信しているんだけど」
「香絵さんには最悪でも、私には最高ですよ?」
「あらあら、リルちゃんもそうだけれど、あなたもたいそう理想が低いわ」
クスクスと笑う香絵は、本当にお姉ちゃんだった。リルも和解してすぐになついたぐらいだ。
そして、そのリルだが。
いまだに飛竜と恋仲にはなっていないが、おそらくお互いがお互いの気持ちを知っているだろう。
飛竜は隠していないし、リルは隠してはいるがバレバレだ。
「リルも素直になればいいのになぁ」
「まぁ、誰もがあなたたちのように素直な人たちではないからね…」
央を目の前にすると、すぐに素直になる茅と根っから素直な央。
素直同士が惹かれあうのもすごいことだと思う。
「香絵さんももう少しで彼氏に会えますね」
「そうね。すっごく楽しみにしているの」
「彼氏さんに会いたいです」
「そのうち会えるわよ」
クスクスととても幸せそうに微笑む。
それが微笑ましくて、央も笑った。
香絵は一つやり残したことのためにここにいる。
それが終わったら、行方不明の時にかくまってくれた今の彼氏と結婚するのだ。
そしてここを出て行ってしまう。
「寂しくなるな」
「あら嬉しいことを。大丈夫よ、私はちょくちょくこっちに来るだろうから」
「本当ですか?」
「もちろん」
にこっとまた笑う。
そう、この笑顔に弱いんだ。
央はそう思った。
どうやら、香絵は央の好みに度ストライクだったらしい。
最初に見た笑顔があまりにも好みだったから、だから強烈に覚えていたのだ。
「おい、央。っと、香絵いたのか」
「いましたよ。本当にこの子は」
「なんだよ、っていうか子っていうな!」
そう言って茅が香絵にかみついている。
それは、本当は茅も嬉しくて仕方ないのだろう。
またほほえましい光景を見て、央が笑う。
姉弟になって、茅は絶対に嬉しかったはずだ。
そして、それは飛竜も一緒だった。
その後、香絵は5代目の養女‐後月会の最高位の女性‐として、茅と央の仲を認める。
これにより、分家もその取り決めを認めずにはいられなくなった。
こうして、分家の半分が認めないと心に決めている中で2人は認められたのだ。
幸せだね。
央がそういう。
茅もそう笑い返した。
その幸せが、すぐに消えてしまうことを。
彼らは知らない。




