04
最近、遊部央はとても困っていた。
「ふあぁぁ。ねみぃ」
央の隣を占領してそうのたまうのは最近よく昼ご飯を食べるようになり、告白もされた相手。
彼はそう言って目を瞑っていた。
「あ、の、外は、まだ、ちょっと寒いから……」
「風邪ひいたら、看病させるのもいいな」
うんうんとか唸りながらそう言う彼に、央はため息をつきたくなった。
ついたら、きっとあれこれ詮索されるだろうからしないけれど。
彼は由月 茅という、このあたりの暴力団の総元締めの息子だ。
鏡ヶ丘高校では一番関わってはいけない人に指定されている。
一方の央もこの学校では関わってはいけないと言われている人の一人。
暴力団と絶対に関係している、というか親が暴力団長なんだ、しかも、ほかの暴力団の愛人らしい。
そんな噂が彼女に流れてはいるのだが、実際は気弱な小市民である。
暴力団と話したこととはつまり茅と話していること。
暴力団と話したのは茅とが初めてだし、両親は普通のサラリーマンである。
弱視とまではいかないが、ほとんど見えていないので、目つきもだいぶ悪いこともその噂のおひれとなって付いていた。
「若、そこは看病してくださいって言うんですよ」
言葉を発したのは、最近央の弁当を毎日食べだした東澤 飛竜だ。
むぐむぐと無言で食べていた彼は、茅のお付きであり、彼も極道である。
主を不快にさせたら、彼が出てきて暗殺されるともっぱらの噂。
まぁ、実際にちょっとやったことがあるらしいので、噂でなく真実らしいが。
本人いわく、「お仕置きしてあげただけですよ」だ。
優しく甘い外見で、言うことは痛烈毒舌、その上暴力的な愉快犯。
茅と央の様子を見て、かなり楽しんでいる節がある。
「あ?俺がなんで頼まなきゃいけねぇんだ」
「あはは、さすが若だ。唯我独尊傍若無人」
主相手でも容赦なく毒舌ぶりを発揮する飛竜。
最近、よく3人で屋上で食べるようになったから、屋上には誰も寄り付かなくなった。
この校内で関わってはいけない人3人が集まっているのだから当然ともいえるだろう。
「あ、の、熱は、しんどい、から」
「なんだ、お前、俺のこと心配してんの?」
にやりと茅が笑う。俺様自分勝手自分本位天上天下唯我独尊傍若無人。
そんな彼の言葉に央がビクリと肩を震わせる。
「若、そこは俺を心配してくれてありがとう。でも大丈夫、俺一回も熱出したことのない(なんとかは風邪をひかない)丈夫すぎる男だからって言えばいいんですって」
「おい、お前今何か言葉に含んだだろ」
茅が睨みつけても、慣れている飛竜にはどうでもいいことらしい。
まだもぐもぐとご飯を食べている。
「あ、そうだ。ジュース買ってこねぇと」
昼休みが始まってすぐのころは、学食も売店も混む。
それが嫌なので、茅は昼休みになって15分してから飲み物を買うようにしていた。
じゃぁと言って、そのまま歩いて行く。
央はこの時間も苦手であった。
飛竜と何を話せばいいか、わからないのだ。
「あ、の」
「なんです?」
「ついて、いかない、ん、ですか?」
「別に、この校内で逆らおうって人はいないでしょう」
別に暴力団が攻めてきたとして、茅なら飛竜がつく前までに終わらせているか、てこずっても、負けてはいないだろう。
実は飛竜より、茅の方が強かったりするのだから。
「で、も」
「心配してくださってありがとうございます。でも、若は一人が好きな所もありますから」
御気にせずに。
飛竜は央が本当に茅を心配して声をかけているのではないと知っている。
自分と会話がないから、困っているのだということぐらいわかっていた。
だが、茅に央を見張っておけと言われているので、ここを動くことはないのだ。
茅は自分の危険性を知っている。
自分がどういう位置に立ち、そしてどのような状況に立たされているかもきちんとわかっていた。
だからこそ、飛竜は最近ここで一緒に食べているのだ。
どうしても、飲みもの(という名の弁当のお礼)は買いたいらしいので。
「それに、いつもお弁当をありがとうございます」
「いえ、そ、れ、は」
「うちは姐が組員のご飯を作るというのが習わしなんですが、どうも5代目の姐さんは料理が独創的で。料理が黒いんです」
「黒……」
それは、真っ黒焦げだと言いたいのだろうか。
それとも、黒の食材しか使わないと言っているのだろうか。
わからないが、嫌そうに顔をしかめたことからいい、よく思っていないのは本当だろう。
「そんなものばかり食べていたから、正直、助かってます」
「そ、うです、か」
「あなたが姐さんなら、みんな喜びますね」
ぶッと央が口に入っていたものを吹き出す。
汚いという非難は、飛竜からでなかった。
「あ、姐、さん、って」
「若の奥さんになったら、呼ばれる称号ですね」
「わ、か、の、奥、さん!!」
「若があなたのことが好きなことぐらい、俺だって知ってますよ」
央は開いた口がふさがらないようで、飛竜を凝視するしかできていなかった。
「好き、って」
「好きというより、愛してるって方だと思いますがね。英語で言うとI love you.で中国語では我愛你、ドイツ語では……」
「い、いい、です!」
真っ赤になった央がそういう。
それを見て、飛竜はふわりとほほ笑んだ。
微笑めば、結構な男前だと言えるのに。悲しいかな、央はこの微笑みの裏で飛竜がただひたすら自分で遊んでいるだけなのだとわかっている。
「あなたはどうなんですか?若のこと、どう思ってます」
ほほ笑みをにやりに変えて。
飛竜はその言葉を央に問いかけた。