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「あなたには、姐は無理だ」
「あなたは愛人ぐらいにしておきなさい」
「今すぐ、出て行った方がいいのでは?」
「本家はともかく、分家にあなたの味方は一人もいない」
Etc.
最近、毎日のように香絵が来ては央に言っていく言葉。
何故だか、言われた央よりもよほど周りのほうが憤慨している。
央はそれが嬉しくもあり、複雑ではあった。
自分でも、なぜだかわからない。
香絵に言われた言葉はいつも辛辣で、本当なら傷ついてもいいはずの言葉なのに。
なぜか、央はまったく傷つかなかった。
どうしてだろう。
香絵に会うたびにそれがいつも疑問に思っていた。
しかし、その疑問はすべて晴れた。
そう、この日を境に。
「わたくし、後月会風月組頭の娘、豊田 真殿と言いますわ」
クスリとこちらを見下すように笑う女性。
おそらく香絵よりも少し下で、自分たちよりは上の歳だろう。
なぜかきらきらじゃらじゃらといろんなものをつけたうえで、派手な服装をしていた。
「あ、遊部 央と……」
「わたくし、次期6代目の婚約者ですの。早くお返しなさいな、泥棒猫」
言われている意味が、一瞬わからなかった。
何をこの人は言っているのだろう。
茅の部屋で、今は茅と飛竜が組員と何か話し合いでもあるらしく部屋の外に出ている。
また、リルも何か飲み物をもらってくると部屋の外に出ていた。
ふすまが開いて帰って来たのかと思ったら、ド派手な女がいた。
「泥棒、猫」
「猫なんてかわいい形容詞ではありませんわね。けれど、わたくしが言いたいのはそこではありませんわ。早く、次期6代目をわたくしにお返しなさい」
「返すって」
茅に香絵以外の婚約者はいないと言われている。
香絵は後月会で一番身分の高い女であるから、それ以下は手出しができないようだ。
が、彼女は茅の婚約者だと言った。
「いいですこと。これからは風月組が六木組を追い抜かすのです。だから、最高位はこのわたくし。次期6代目と付き合えるのも、結婚できるのもわたくし一人でしてよ」
「え、っと」
「物わかりの悪いバカ。本当に信じられないわ。察しなさいよ。わたくしと次期6代目は昔から好きあっているの。あなたが入る余地なんてどこにもないのよ」
うん、この人が言っているのは100%嘘だろう。央はそう感じた。
茅がこの女の人を好きなはずがない。
だが、なぜか彼女の言葉は心に刺さる。
「本当に信じられない。あなたが次期6代目と釣り合うなんて、考えるだけでも恥ずかしいこと。本当に、堅気の頭の構造はどうなっているのかしら」
なんだろう、すっごくムカッと来た。
香絵には一度もそんなことを思ったこともなかったのに。
「分からず屋で、偏屈で、本当に堅気は」
「じゃぁ、あなたは高飛車で話を勝手に作る極道ですか」
思わず、央が反論した。
それに、真殿がすぐさま反論してくる。
「まぁ、なんてこと!堅気と思って許していたらなんなの。わたくしを侮辱する気?いいわ、次期6代目に言ってあなたなんてこの敷地から放り出して」
「それ以上言ったら、放り出されるのはお前だぞ。真殿」
バンッと先ほどよりすごい音がして、茅がやってきた。
後ろには飛竜とリルがいる。
「央、大丈夫か?」
「え、う、うん」
「あら若頭。お久しぶりでございます」
そう言って、真殿が央を心配して部屋の中に入ってきた茅の腕をつかむ。
茅はすぐに振り払ったが、残念ながらすぐにまた掴まれてしまった。
「あなたにお会いしとうございました」
「俺の姐に何してやがんだ」
「あら、あなたの姐はここにいるではありませんかぁ」
先ほど半ばに出したきつい声ではなく、作り甘え声で茅の腕に絡みつく。
茅が何度か引きはがそうとするが、しつこく絡めてくる。
「いい加減にしろ、真殿」
「ふふ、久しぶりでさびしい思いをさせてしまいましたね。さびしいからって、こんな堅気に手を出さなくてもよろしいのに」
「真殿、俺を怒らせたいのか?央は俺の姐にする女だ。いいから離れろ」
「あら、私の事をさしおいて、この女と?本当にさびしかったようですわねぇ」
「だから、俺はお前とそうなる気はないと言ってるだろう!」
何度も言わせるな。
茅が怒鳴る。
おそらく、この女には何も通じない。
自分に都合のいいことしか、耳に入らない女だと茅は知っている。
「でもぉ、私以上にあなたのことを好きな人はいないと思いますの」
甘ったれた声で、そう寄りかかってくる女。
しがみついたら離れない、蛇のようにしつこい。
「お前が俺のことが好きだ?笑わせるな」
どうせ、彼女が好きなのは茅の肩書のみ。
権力とお金に弱い。この女の本性など、知っている。
央の傍に行きたいのに、この女のせいでいけない。
見ると、リルと飛竜がすでに部屋に入ってくれていた。
リルは完璧に真殿をにらんでいた。
「私が長い間放っておいたらこれなんですからぁ。だめな人」
「勝手に障るな」
「私がいい思いをさせてあげますぅ」
「あら、久しぶりじゃないの。真殿」
その声を聞いた途端、真殿はびくりと肩を震わせた。
そしてなぜか央は安堵した。
「私の婚約者に、何をしているのかしら?」
「香絵!」
茅が叫ぶが、2人に黙殺された。
「まぁ、いつあなたの婚約者に決まっていたのかしら、香絵さん?」
真殿では香絵に勝てるはずがない。
なぜなら、真殿は2番目なのだ。
「私を差し置いて、いい度胸ですこと。あなたの頭に言っておかなければいけないわね?」
そう言うと、すぐに真殿は去って行ってしまった。
まさに鶴の一声。
「香絵」
「お久しぶりです。5代目、姐さん」
どうやら、騒ぎを聞きつけて5代目と姐がやってきたようだ。
行き過ぎたら、止めようとでもしていたのであろう。
香絵は5代目たちに挨拶をして、それから茅に目を向ける。
「あなたは、まだ抗い続けますか?」
「あたりまえだ」
「そう、では私も次の手を考えなくてはいけなせんね」
くすっと笑う。
そして今度は5代目に目を向けた。
「5代目、今日は私も泊まってもよろしゅうございますか?」
「あ、あぁ、香絵?」
戸惑っているが、否定はしない。
5代目は香絵に甘い。
それを知っていて、彼女はそう言ったのだ。
「央ちゃんも、リルちゃんも。今日は泊まっていきなさい」
5代目はそう言って、姐と一緒に去って行った。
「あ」
「どうしたの?央ちゃん」
いきなり声を出した央に、リルが声をかけた。
が、央はなんだか納得がいった顔をして、それきり黙ってしまった。




